不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸

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第6章

141.確信を得る少女

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「はえ~……そんな事があったんだぁ……」

 寒い公園のとあるベンチ。
 街頭に照らされてほんの少し頬を染めた彼女が感嘆の声を上げる。
 結局、出会った頃の話だったのに気づけば9月にあった掃除の日の件についてまで話してしまっていた。

「でも驚いたなぁ……アイさんってそこまで本気だったなんて」

 「それからそれから!?」「そのあとどうなったの!?」と楽しそうに続きをねだる彼女によって全てを話してしまった。
 退屈しなかったかなと思いもしたが、どうやら興味津々の様子。一番気になる対象は出会いよりもあの事件に移っているようだった。

 一応、小北さんにはリオと友達になった直後に概要だけは伝えてある。その時は半信半疑といった様子だったけが、詳細を聞かされると印象も変わるだろう。
 ただでさえアイさんとはあまり相性良くないみたいだし、これ以上悪印象を持ってほしくは無いのだが……。

「やっぱり、アイさんとはあわなさそう?」
「え?」
「ほら、なんだか顔を合わせたらちょっとした言い合いしてるからさ」

 彼女たちがたまに小競り合いをしていることについては少しだけ憂慮していた。
 雰囲気的にじゃれ合っているとも取れるが、その開口の理由がアイさんの甘やかしスタイルだからさすがに気にする。元を考えれば俺が原因なのだから。

 そんな気の迷いを汲み取ってか彼女は「あぁ」と納得の声を上げてつつ視線を自らの膝へと落とす。

「ううん、あれは違うの。アイさんのこと、前坂君への思いが本気なんだなぁって、凄いなぁって見直しちゃったの」
「見直す?」
「うん。 私、最初はよくわからなかったからさ。みんな前坂君のこと好……良く思ってるってことは知ってたけど、アイドルなのに恋愛なんて~とか思っちゃって……。『"ストロベリーリキッド"はこんなことしない!』って勝手にイメージ押し付けて、ちょっとムキになっちゃってた」

 ポツリ、ポツリと。
 向き合うように自らの心情を語っていく。
 アイドルとしての彼女をずっと見てきた以上、自分の中で積み上げられた彼女たちの像があったのだろう。
 会ったことのない人物というものは大抵何処か現実と乖離がある。そのギャップが大きければ大きいほど戸惑い、そしてムキになっていたのかもしれない。

「でもさ。 会ってみんなで遊んで……あぁ、みんな私たちと変わらない女の子なんだなぁって思ったの。それでこうやって前坂君から今までの話を聞いてさ、みんな目の前のことに一直線で頑張ってるのに私なんかが一人ムキになっちゃって……何してるんだろうなぁって」

 足を伸ばしてバタバタと上下に動かしながら天を仰ぐ。
 これまでのことを後悔しているのだろうか。「あ~」とか「う~」とかうめき声を上げている。

「三人とも原動力を見つけたんだなぁ……だからずっと輝いているんだろうなぁ」
「原動力?」
「うん。ほら、前坂君も見た?最近公開されたCM。ラブレターを渡すやつ!」

 最近始まった……ラブレター……。
 しばらく考えた後、「あれか」と心当たりに思い至る。
 暑い夏の日に俺も参加して撮ったやつだ。ネットで流れているのを何度か見たことがある。

 彼女らが手紙を片手に走り出すところから始まって、バッタリ出会ってからは競い合うように同時に手紙を出すCM。
 手紙の結果は明示されなかったものの、シーンが変わって何処かの屋上で3人仲良くお菓子を食べて終わる。それだけのもの。
 俺の顔はもちろんのこと背中のごく一部しか映されなかった。その背中ごしに見えた彼女たちの顔は――――本当に輝いていた。

「あれ、俺も受け取る役でCMに出てたよ」
「えぇぇぇぇ!?あれって前坂君だったの!?」
「ほら、夏休みに小北さんが写真を撮ったあの日。あの後誘われて……」
「言ってよぉ~!CM見た以前の問題じゃん~!」

 正直俺もすっかり忘れていたから仕方ない。
 頬に空気を膨らませながら抗議する彼女の姿を横目に白い息を吐く。

「ゴメンゴメン、すっかり忘れてて」
「む~。色々と羨ましくて言いたいことはたくさんあるけど、私は三人にとっての前坂君みたいな心の支えを原動力って言ってるんだ。奏代香さんにそう教わって」

 奏代香さん……運転手さんのことか。
 そういえば昔の知り合いだと聞いた覚えがある。
 そして原動力の理屈についてもなんとなく理解はできた。

 原動力……俺の支えはなんだろうか。
 紗也?いや、確かに支えではあるがちょっと違う気がする。ならばエレナ?それとも他の二人のどちらか?……どうにもパッと来ない。

「前坂君も難しいみたいね。私も二年くらい探してるもん、そういうものだよ。……そうかもしれないってものは見つけたけど」

 そう言ってチラリとこちらに視線を移す小北さん。
 どうやら苦労した結果、彼女なりの原動力らしきものを見つけたらしい。羨ましい限りだ。俺にはまだ見つけられそうもない。

「小北さんは見つけたんだね。俺は何も思い浮かばないや」
「…………」
「子北さん?」

 彼女の視線に笑顔で応えると、スッと笑顔が睨みに変貌した。
 一瞬の早業。どうしてそんな目を向けるのか疑問の声を上げるとフイッと目を逸らされる。

「なんでもなーい! さっ、面白いお話も聞けたし寒くなってきちゃった。そろそろお部屋にもどらない?」
「……気になるなぁ」

 まるで質問をシャットアウトするように、彼女は問いに答えること無く話の軌道を修正させていく。
 気になるはするが寒くなってきたのも同意見。随分と長居してしまったと思いながら頷くと、彼女はピョンと飛び上がるように地面に足をつける。

「ささ、風邪引かないうちに前坂君も立って立っ――――きゃっ…………!!」
「――――!! 危ない…………!!」

 彼女が勢いよく立ち上がって着地したタイミングで、その身体が大きく揺れた。
 もしかしたらこの寒空の下、どこか凍って滑りやすくなっていたのかもしれない。

 脚を前に突き出し、その反動で身体が後方へと倒れていく小北さん。
 下手をすればそのまま頭がベンチにぶつかって大惨事になりかねない。俺は最悪の状況を考えつつ、勝手に動き出した身体が倒れる彼女とベンチの間に割り込むようにして――――。



 ズドン!
 と頭の中で衝撃音が聞こえてきた。
 決して彼女が倒れてきた衝撃ではない。俺が飛び込んだ自重のせいだ。

「びっくりしたぁ…………。 あれ、痛く……ない?」

 何とか……すんでのところで俺は庇うことに成功した。
 飛び込んで割り込んだ俺はその小さな体躯を抱きしめて二人揃って地面へ落下。
 随分と昔にレンガを使って組み上げられたのだろう。今となっては揃っていたレンガが緩んで少しだけデコボコしている。
 突き出した部分に腰が当たって痛いが、それでも彼女が無事なことに安堵しつつ互いに目を合わせる。

「あれ……あれれれれ!? なんで前坂君がこんな近く!? どうして!?」
「大丈夫?急に滑って転けるからビックリしたよ、怪我はない?」

 真正面で目を丸くする彼女。
 ようやく抱きしめられていることに気がついたのだろう。その顔は一気に紅潮して慌てだす。
 しかし、自らが危険な状況だったことはわかっていたはず。その言葉を聞いてからは頬は赤くなりつつも自らの身体を触って問題がないか確かめはじめる。

「うん……うん!大丈夫!ありがとう。助かっちゃった」
「よかった。その……通報しないでね?」

 俺は抱いていた腕を解いて、倒れながらその両手を頭にやる。
 最近はちょっとしたことで不審者扱いされるらしいからね。いくら友達で危険だったとはいえ抱きしめたんだ。通報されないことを祈りたい。

「そ、そんなことしないよ! むしろごめんね?前坂君こそ怪我はない?」
「問題ないよ。 小北さんが軽かったからかな?」
「……もうっ!」

 汚れも気にせず地面に女の子座りをする小北さん。
 俺も胡座をかくようにその場で座るも、少し腰が痛むだけで後はなにもない。一晩寝れば治るだろう。

「でも本当に?本当にどこもケガしてない?」
「全然どこも。むしろ名誉の負傷ができなくって残念なくらいだよ」
「もうっ、前坂君ったら…………。 それと――――ごめんね」
「えっ――――」

 その冗談を微笑むだけに留めた彼女は何を考えたのか、一つ謝罪をして胡座をかいている上に座ってきた。
 背を向けて前を向くように、俺の身体に収まる小さな体。
 ふわりと、頭が直ぐ側にあるせいでシャンプーのせいか、甘い仄かな香りが漂ってくる。

「えっ……と……?」
「うん……やっぱり安心するなぁ……やっぱり……そうなのかなぁ…………」
「小北さん…………?」

 何か呟いているようだが同じ方向を向いているためこちらまで届かない。
 それ以上なにも言わなくなった彼女にどうしようか困惑していると、「よしっ!」と一声上げて立ち上がった。

「ごめんね!いきなり。驚いたでしょ?助けてくれたお礼ってことで、抱きしめてあげようかと思ったんだけどリオちゃんたちに悪いかなぁって」
「いきなり座ってきたからピックリしたよ、もう」

 なんだ。お礼か。
 小北みたいな可愛い少女が上に乗ってくるなんてお礼にしても過剰、むしろお釣りがくるレベル。
 俺は突然の密着にドギマギしつつ差し出される手を取って立ち上がる。

「今は……ね」
「えっ?」
「何でもない! さ、そろそろ戻ろうよ!」
「ちょっ!そっちは逆……!……しかたないなぁ」

 そう言って顔を真っ赤にしながらマンションと正反対の出口に向かっていく小北さん。
 俺は一つ笑いながら息を吐いて、天から降り注ぐ白い結晶を背に、彼女を追いかけていった。
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