不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸

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第6章

163.貴方だけの

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 最後まで圧倒された一日だった。

 アンコールも終わり、照明が上がって人々が少しづつ帰りゆく中で俺はボーッと彼女たちが居たステージを眺めていた。
 もうすべてが終わった祭りの後。その余韻に浸るように。

 終わってしまったのだ。アイドルとしての彼女たちが。
 俺がその存在を知ったのは前の夏頃。その頃からと考えてもファン歴としては新参もいいとこだろう。
 それでも彼女たちのパフォーマンスの凄さはこれまでの映像からわかっていた。けれどこうして目の前にしてみると、これまでの感心をたやすく越えるほどの圧倒感だった。
 歌、ダンス、トークのどれを持っても他のものと一線を画すものだった。自ら異端と名乗り、それでも売れる異様さが嫌でもわかった。

 格が違ったのだ。
 アイドルとして観客を楽しませるのはもちろんのこと、パフォーマンスや実力だけでも他の声を黙らせるほどの力を持っていたのだ。

 しかしそれも今日までのこと。
 宣言した日からわかっていたことだが、明日からはそんな彼女たちは居ない。
 初めてこの目で見たのが最後にして居なくなる。そんな現実に今更ながらほんの少しの後悔が浮かんできて自らその思考を振り払った。
 彼女たちは夢がかなったから、そして俺や自分たちの為にマイクを置いたのだ。これはステップアップのための引退だ。
 何人をも魅了する彼女たちに想われるその光栄さとプレッシャーに、一度深呼吸してから俺を待ってくれている紗也たちに目を向けた。

「もういいの?」

 そんな身を案じてくれる声が妹から聞こえてくる。
 こちらの考えなんてお見通しなんだろう。俺はその頭を撫でて両足で立ち上がる。

「うん。行こっか」

 まだまだこの空気に浸っていたいが俺はまっすぐ前を見る。
 これが終わっても俺たちのライブはまだ終わっちゃいない。
 今日が終わっても彼女たちとの日常はまだまだ続く。アイドルとして終わってもこれが最後ではない。

 そう気持ちを切り替えて荷物をまとめると、ふと会場脇から一人の人物がこちらに駆け寄ってくる姿が目に入った。

「あっ!よかったまだ居てくれた!! 慎也君!先輩!!」
「神鳥さん?」

 手を振りながらパイプ椅子の間を縫って近づいてくるのは神鳥さんだった。
 彼女は額に汗を垂らして疲労困憊の表情を浮かべながらも慌てたように駆け寄ってくる。

「お疲れさまです神鳥さん。 どうしました?」
「ホント疲れたよ~! 裏では色々とトラブルの嵐で対処の山だったし……ってそうじゃなかった。 今日打ち上げあるって言ってたじゃん? ごめん!アレ無しで!!」
「……何かあったんですか?」

 ふとイヤな予感が頭をよぎる。
 ライブのあとの打ち上げ。ちょっとした食事を囲むだけの時間だが、それに俺達も招待されていたのだ。
 だからこそ前を向いていたのだがナシの方向に舵を切ったことに嫌な想像をしてしまう。
 ここからじゃわからないところで怪我をしたのだろうか。なにか重大なことが起こったのではないかと焦燥感を醸し出すと、彼女は「ううん!」と否定するように首を振る。

「全然大したことじゃないんだの。ただ最初から全力出したトリオがもう一歩も動けない状態で……」
「あぁ、そういうことでしたか」
 
 何事かと思ったが重大な危機ではないことにホッと胸を撫で下ろす。
 もはや全力全開で全てを出し切ったのだろう。思い返せば去り際の彼女たちは額の汗さえも抑えられていなかった。

「俺達もヘルプに行ったほうがいいですか?」
「ううん、大丈夫!ウチの従業員が責任持って部屋に押し込んでくるからさ。先に帰ってと言いに来ただけだから。それじゃっ!」
「あ、あのっ!!」

 『片付けも忙しくなるぞ~!』と、ウンと伸びをしながら背を向ける彼女を呼び止める。

「どうしたんだい?」
「やっぱり、俺達も片付け参加できませんか?こんないい席でいいライブ見せてもらって何もしないで帰るのは……」

 過去最高の倍率のライブ。人気絶頂で解散するアイドルのライブで最もいい席を取ってもらったのは彼女のお陰だ。何もせず帰るのはいくらなんでも申し訳がない。そう呼びかけたものの、神鳥さんは優しい目をして俺のお願いを否定した。

「気持ちだけもらっておくよ。今日はお客さんとして来てほしいってあの子達も私達も、みんなの総意だから」
「でもっ……!」
「ほら、そんなこと言っている間に先輩も紗也ちゃんも帰ろうとしてるよ。……それに、スマホも鳴ってるしね」
「えっ?」

 ふと彼女が示したのは俺のポケットだった。
 特徴的な四角の膨らみからスマホだと予測したのだろう。気づけばポケットからは着信を知らせる光が漏れ出ていて、数度に渡って振動している。

「助けになりたいなら動けなくなった明日のトリオを助けてあげて。もちろん、つきっきりでね」
「はい……」

 今度こそと言わんばかりに後ろ手を振りながら去っていく神鳥さんを俺は呆然と見送っていく。
 彼女の姿が扉の奥に消えてからさっきまで震えていたスマホを手に取ると、そこには一通のメッセージが届けられていた。
 それは彼女三人が入ったルームで、三人からお疲れ様スタンプと、代表してリオから短い一文が。

『これからは、貴方だけのアイドルだよ!!』

 たった十数文字の短文だが、その言葉に思いの強さがヒシヒシと伝わってきた。
 動けないほどしんどいだろうに、今すぐにも寝てしまいたいだろうに。それでもこうして送って、ストレートな言葉をぶつけて来てくれて、どうしようもないほど嬉しかった。
 同様に、お礼の文章とお疲れと返事をする。気の利いた言葉なんぞ一つたりとも出てこないが、せめてそれくらいは。
 俺はさっき彼女が送ってくれたメッセージをもう一度目を通し、ツゥと指でなぞる。

「な~に見てんのっ」
「わっ!」

 メッセージ画面で一人口角が緩んでいたからだろうか。
 気づけば横に立って画面を覗き込んでくる紗也の姿があった。
 突然の出現に想わず声を上げてスマホを隠すも既にメッセージは見られていて、紗也はニヤリと口を歪めて口元を隠す。

「ふ~ん……璃穏ちゃんって好きな人の前だと積極的になるタイプだね~。 流されっぱなしのお兄ちゃんにとっては逆にタイプなんじゃない?」
「そ、それは……まぁ……」
「あ~あっ、璃穏ちゃんが義姉になるのかなぁ。 今のうちからそう呼んだほうが良いかな?どう思う?お兄ちゃん」
「しっ……知らないから!! ほら、母さんが待ってるよ!!」

 ニヤニヤと訪れるかもしれない未来を夢想する紗也の背中を押し、先で待ってくれている母さんの元へと一緒に向かう。

 俺は今日のライブを一生忘れないだろう。
 でもこれは終わりではない、俺達の始まりなのだ。
 そんなこれからの日々を夢想して、紗也と同じく頬が緩んでしまうのであった。
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