9 / 27
第九話 正調、武辺1
しおりを挟む
「ラピスを渡しなさい」
「……え?」
それは突然のことだった。
いつも通りラピスの気配を探るべく一日中歩き回り、成果を得られず棒のようになった足を休めるため人気のない公園のベンチに座った夕暮れ時のこと。
夕日を背にして、一人の少女が楓の前に立ったのだ。
その姿を見て、楓は驚いた。少女は三角帽子を被り、楓とは少し違う意匠の青を基調とした魔女服を纏っていたのだ。
魔女だ。そう楓が思った時には、目の前の少女は手に刀を持ち楓に一刀をくわえようと振りかぶっていた。
ベンチに座って弛緩していた体に鞭を打って、楓は大きく横に転がる様に体を投げ出した。ベンチから転げ落ち砂利の上を数度回った後、跳ねるように立ち上がる。
立ち上がって少女の姿を改めてみると、彼女はすでに楓に向かって踏み込んでいた。左脇構えから切り上げようとしていると見て取り、楓は自分も刀を顕現させ打ち合わせた。
夕日を照返しながら打ち合った刀と刀は一瞬火花を飛ばして弾かれ合った。弾かれた衝撃を逃がすように足を踏みかえた楓は、このまま魔女服を纏うべきか逡巡する。
「はあぁっ!」
少女の猛攻は止むことがない。弾かれた刀の勢いを利するように器用に刀を取り回し、また楓に一刀を斬り下げていた。
ラピスを刀へと顕現する魔術。これは慣れた者なら一秒の半以下、瞬き一つの間に刀を顕現できる。しかし、魔女服を纏う魔術は熟練した者でも一秒近くの時間が必要だった。楓の実力では、どうしても二秒程はかかってしまうだろう。
少女の切れ目ない火のような打ち込みを前にして、二秒も隙を晒すことは出来ない。攻め込まれる楓は自然と防戦に追い込まれていた。
魔女服は纏った者の治癒力を強化するだけではなく、身体能力を上げたり、高い防刃性を持ち敵の剣撃からある程度身を守ることができる、魔女にとって必要不可欠な魔術だった。
ラピスの修練、維持に至ったものはマナを体に維持して身体能力を強化することができるが、魔女服を纏う魔術と併用することで更に効果が上がるとされていた。
つまり、今魔女服を纏えずにいる楓は、目の前の少女……魔女よりも大きく力を減じているのだ。
「くぅっ!」
素早い打ち込みを何とか撥ね上げ、楓は仕切り直そうと大きく後ろへ飛び下がった。しかし目の前の魔女は楓に追いすがってきて、また強烈な打ち込みをしてきた。八双からの袈裟斬りだ。
楓は意を決して、魔女の打ち込みに合わせて素早く左転した。相手の右側に回り込むようにして紙一重の差で袈裟斬りを躱し、素早く距離を取った。練達者ならば相手の剣を左転で躱した瞬間に隙だらけの脇腹を斬っただろうが、とにかく相手の斬撃から逃れようと考えていた楓には斬る余裕がなかった。
だがとにもかくにも、これである程度の距離がとれた。側面に逃げた楓を追うように体を入れ替えた魔女は、警戒するように剣先を楓に向けていた。
先ほどの猛攻が突如としてなりを潜めたが、それは先ほど楓に側面を取られてしまったがゆえのことだろう。
楓は側面を取った瞬間に斬れる程の実力が無かったが、あれは致命的な交錯だった。側面を取られた瞬間に対面の魔女は死をも覚悟したはずだ。
火のような剣気に死を感じさせる冷水を浴びせられたのだから、慎重にこちらの出方を探るようになるのも無理はない。
楓にとって、それは好都合だった。剣と剣の勝負は先手を取った者が遥かに有利であるのは間違いなく、このまま猛攻を続けられていれば楓は押し切られていただろう。
楓も対面の魔女も、慎重に間合いをとっていた。一足一刀にはやや遠いその間合いは、楓にとって願ってもない距離だ。
楓は静かに呼吸を整え、刀へと変じているラピスに意気を込めた。すると楓の足元から黒い闇が一筋吹き上がり、それが楓の矮躯を静かに包み込んだ。
その次の瞬間には、楓の体は魔女服に包まれていた。先ほどまでよりもマナが肌に馴染むようで、体が軽くなったように感じられる。
――これで仕切り直しだ。
魔女服を纏った楓は、鋭く正眼に構えた。あまりにも突然のことで先手を取られたが、次はこうはいかない。
魔女がなぜ楓に斬りかかってきたのか。理由は分からないが、斬り合いの最中に問いただす余裕はなかった。今は命を守るために剣を振るわなければいけない。
そう強く決意して敵を威嚇するように剣先を突きつけていた楓は、対面の魔女の表情を見て呆気にとられた。
「あ、あれ……?」
魔女は、大きく口を開いて不思議そうに楓を見ていたのだ。
「え、えっと、あれ……嘘、嘘でしょ……? ま、魔女? あなた魔女だったの?」
明らかに戦意を無くしつつある相手を見て、楓は困惑する。先ほどはあれだけ意気揚々と剣を振るっていたというのに、今は困ったように剣先を下に下げていた。
今攻め込むべきか。そう迷っていた楓に、対面の魔女は唇をわななかせながら喋りかけてきた。
「ご、ごめ、ごめんなさい……勘違いでした……」
「は?」
言っている意味が分からず、楓は思わず強い口調で聞き返す。すると対面の魔女は刀をラピスに戻して、深々と頭を下げてまた口を開いた。
「勘違いなのっ! 本当に、本当にごめんなさいっ! この通りですから許してっ!」
「……はぁ?」
全く状況が理解できない楓は、頭を下げる魔女の姿をただ茫然と見ていた。
「……え?」
それは突然のことだった。
いつも通りラピスの気配を探るべく一日中歩き回り、成果を得られず棒のようになった足を休めるため人気のない公園のベンチに座った夕暮れ時のこと。
夕日を背にして、一人の少女が楓の前に立ったのだ。
その姿を見て、楓は驚いた。少女は三角帽子を被り、楓とは少し違う意匠の青を基調とした魔女服を纏っていたのだ。
魔女だ。そう楓が思った時には、目の前の少女は手に刀を持ち楓に一刀をくわえようと振りかぶっていた。
ベンチに座って弛緩していた体に鞭を打って、楓は大きく横に転がる様に体を投げ出した。ベンチから転げ落ち砂利の上を数度回った後、跳ねるように立ち上がる。
立ち上がって少女の姿を改めてみると、彼女はすでに楓に向かって踏み込んでいた。左脇構えから切り上げようとしていると見て取り、楓は自分も刀を顕現させ打ち合わせた。
夕日を照返しながら打ち合った刀と刀は一瞬火花を飛ばして弾かれ合った。弾かれた衝撃を逃がすように足を踏みかえた楓は、このまま魔女服を纏うべきか逡巡する。
「はあぁっ!」
少女の猛攻は止むことがない。弾かれた刀の勢いを利するように器用に刀を取り回し、また楓に一刀を斬り下げていた。
ラピスを刀へと顕現する魔術。これは慣れた者なら一秒の半以下、瞬き一つの間に刀を顕現できる。しかし、魔女服を纏う魔術は熟練した者でも一秒近くの時間が必要だった。楓の実力では、どうしても二秒程はかかってしまうだろう。
少女の切れ目ない火のような打ち込みを前にして、二秒も隙を晒すことは出来ない。攻め込まれる楓は自然と防戦に追い込まれていた。
魔女服は纏った者の治癒力を強化するだけではなく、身体能力を上げたり、高い防刃性を持ち敵の剣撃からある程度身を守ることができる、魔女にとって必要不可欠な魔術だった。
ラピスの修練、維持に至ったものはマナを体に維持して身体能力を強化することができるが、魔女服を纏う魔術と併用することで更に効果が上がるとされていた。
つまり、今魔女服を纏えずにいる楓は、目の前の少女……魔女よりも大きく力を減じているのだ。
「くぅっ!」
素早い打ち込みを何とか撥ね上げ、楓は仕切り直そうと大きく後ろへ飛び下がった。しかし目の前の魔女は楓に追いすがってきて、また強烈な打ち込みをしてきた。八双からの袈裟斬りだ。
楓は意を決して、魔女の打ち込みに合わせて素早く左転した。相手の右側に回り込むようにして紙一重の差で袈裟斬りを躱し、素早く距離を取った。練達者ならば相手の剣を左転で躱した瞬間に隙だらけの脇腹を斬っただろうが、とにかく相手の斬撃から逃れようと考えていた楓には斬る余裕がなかった。
だがとにもかくにも、これである程度の距離がとれた。側面に逃げた楓を追うように体を入れ替えた魔女は、警戒するように剣先を楓に向けていた。
先ほどの猛攻が突如としてなりを潜めたが、それは先ほど楓に側面を取られてしまったがゆえのことだろう。
楓は側面を取った瞬間に斬れる程の実力が無かったが、あれは致命的な交錯だった。側面を取られた瞬間に対面の魔女は死をも覚悟したはずだ。
火のような剣気に死を感じさせる冷水を浴びせられたのだから、慎重にこちらの出方を探るようになるのも無理はない。
楓にとって、それは好都合だった。剣と剣の勝負は先手を取った者が遥かに有利であるのは間違いなく、このまま猛攻を続けられていれば楓は押し切られていただろう。
楓も対面の魔女も、慎重に間合いをとっていた。一足一刀にはやや遠いその間合いは、楓にとって願ってもない距離だ。
楓は静かに呼吸を整え、刀へと変じているラピスに意気を込めた。すると楓の足元から黒い闇が一筋吹き上がり、それが楓の矮躯を静かに包み込んだ。
その次の瞬間には、楓の体は魔女服に包まれていた。先ほどまでよりもマナが肌に馴染むようで、体が軽くなったように感じられる。
――これで仕切り直しだ。
魔女服を纏った楓は、鋭く正眼に構えた。あまりにも突然のことで先手を取られたが、次はこうはいかない。
魔女がなぜ楓に斬りかかってきたのか。理由は分からないが、斬り合いの最中に問いただす余裕はなかった。今は命を守るために剣を振るわなければいけない。
そう強く決意して敵を威嚇するように剣先を突きつけていた楓は、対面の魔女の表情を見て呆気にとられた。
「あ、あれ……?」
魔女は、大きく口を開いて不思議そうに楓を見ていたのだ。
「え、えっと、あれ……嘘、嘘でしょ……? ま、魔女? あなた魔女だったの?」
明らかに戦意を無くしつつある相手を見て、楓は困惑する。先ほどはあれだけ意気揚々と剣を振るっていたというのに、今は困ったように剣先を下に下げていた。
今攻め込むべきか。そう迷っていた楓に、対面の魔女は唇をわななかせながら喋りかけてきた。
「ご、ごめ、ごめんなさい……勘違いでした……」
「は?」
言っている意味が分からず、楓は思わず強い口調で聞き返す。すると対面の魔女は刀をラピスに戻して、深々と頭を下げてまた口を開いた。
「勘違いなのっ! 本当に、本当にごめんなさいっ! この通りですから許してっ!」
「……はぁ?」
全く状況が理解できない楓は、頭を下げる魔女の姿をただ茫然と見ていた。
0
あなたにおすすめの小説
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
「真白」〜〜雪と蛇の女〜〜
まへまへ
キャラ文芸
恋愛ファンタジー小説です。
本作品の画像は全て生成AIを使用しております。
信州の雪深い山中で、母とともに小さなロッジを営む青年・一朗。
父を雪崩で亡くし、幼なじみをかばって手に傷を負った過去を抱え、静かに、淡々と日々を生きていた。
そんな彼の前に、ある日“白い蛇”が現れる。
罠にかかっていたその蛇を助けた夜から、運命は静かに動き出した。
吹雪の晩、ロッジに現れた少女――名を「真白」。
彼女は、あの日の白蛇だった。
純粋で無垢、けれどどこか懐かしい。
人の姿を得た彼女は、初めて知る「世界」に心を震わせ、一朗のそばで少しずつ“人間”を学んでいく。
雪に閉ざされた山のロッジで生まれた、人と白蛇の奇跡の絆。
過去の痛みと孤独を包みこむように、真白は優しく一朗の心に灯をともしていく。
けれど、やがて訪れる春が二人に突きつける――「蛇としての運命」と「人としての願い」。
白い雪の中で出会い、心を通わせた一朗と真白の、静かで切ない恋の物語ですが、ラバーフェチ要素やちょっとR15な要素(まへまへらしさ)が中盤以降登場しますので、、、。笑
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話
yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。
知らない生物、知らない植物、知らない言語。
何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。
臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。
いや、変わらなければならない。
ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。
彼女は後にこう呼ばれることになる。
「ドラゴンの魔女」と。
※この物語はフィクションです。
実在の人物・団体とは一切関係ありません。
【完結】異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました
小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。
しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!?
助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、
「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。
幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。
ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく!
ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる