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16 ちえりの家で
ちえりの家で1
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「まったく、有梨香さんったら酷いわ。私だけ除け者にするなんて」
試着室から出るなり、麗華は切れ長の目をいっそう吊り上げて、わたしとちえりを睨め付けていた。おまけに、目ざとい彼女は、わたしもちえりもほのかに頬を赤らめているのに気づいて、何かあったと勘付いたらしい。
「ごめんなさい、麗華さん・・・別に麗華さんを仲間はずれにするつもりじゃ」
「そうですよ。それに、麗華さんだって先に有梨香と試着室に2人で入ったじゃないですか。だから、おあいこです」
わたしは何とか麗華を宥めようとするが、ちえりは相変わらず麗華に勝ち誇ったかのような顔で笑みを浮かべている。そんなちえりの顔を目にすると、余計に苛つきが増してしまい、わたしの謝罪も麗華の耳には入らないようだ。
「駄目よ。そう簡単には許せないわ・・・」
「そんなこと言われたって・・・」
わたしも気づいていなかった、麗華の意外な嫉妬深さに困惑した表情を浮かべると、麗華も少し怒りの表情を緩める。駄々っ子のように文句を言っても始まらないと気づいたらしい。
「・・・仕方ないわね。じゃあ、私もちえりさんの家にお邪魔させてちょうだい」
麗華の言葉にわたしは驚く。小声でちえりにだけ聞こえるように話したつもりだったのだが、扉の外の麗華にも聞こえていたらしい。
あるいは、麗華が扉の隙間から耳をそばだてて、中の様子を伺っていたのかもしれない。
「聞いてたんですか・・・!っていうか、なんで麗華さんまでついてくるんですか」
「あら、別に構わないでしょう?私たち、もう裸のお付き合いをするほどのお友達なんだもの・・・ねえ、有梨香さん」
そう言って微笑む麗華の表情は、まだ少し怒りに引き攣っている。もちろん、ちえりも不満げだ。せっかく愛しの美少女と自宅で甘い2人きりの時間を過ごせると思っていたのだから。
「あ、あの・・・2人とも、仲良く・・・ね?」
わたしは2人の顔を見比べて、苦笑いを浮かべて肩を落とすしかなかった。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
ちえりの自宅は、高級そうなマンションの高層階にあった。マンションの入口の自動ドアはキーロックになっていて、セキュリティも厳重そうだ。
「あ、上がって・・・今、飲み物持ってくるね」
ちえりの自宅に着くと、彼女は心臓の鼓動が収まらない様子で、わたしをリビングへ招き入れた。何しろ、大好きな少女を初めて自宅に招いたのだ。それに、セレクトショップの試着室での大胆な振る舞いの余熱も、彼女の頬を赤く染めているようだった。
わたしはソファに深く腰掛け、部屋を見渡した。整然としているけれど、どこか寂しい空気。それが、ちえりの抱える孤独を象徴しているようで、わたしの胸を微かに締め付ける。
「ちえり、わたしも手伝うよ」
ちえりと一緒にキッチンに向かうと、彼女が冷蔵庫からお茶の入ったペットボトルを取り出す間に、わたしは戸棚からグラスを取り出して並べた。お茶を注ごうとしたちえりの手に、わたしはわざと手のひらを重ねて、申し訳なさそうに微笑む。
「ごめんね、さっきの続き・・・したかったよね」
ペットボトルを持ってお茶を注ごうとしたちえりの手が、ぴたりと止まる。彼女の目が、まっすぐにわたしを見つめていた。
「有梨香・・・あたし、何度も言うけど、本当に有梨香が好きなの。麗華さんみたいに、大人の駆け引きなんてできないけど・・・」
ちえりは意を決したようにペットボトルを調理台の上に置くと、わたしの背に腕を回して、胸に顔を埋めるように抱きついてきた。柔らかな体の重みと、石鹸のような甘い香りが漂う。わたしは彼女を労るように、芝居ではなく、ひとりの当事者として受け止めようと目を閉じた。
その時だった。
「ああっ!また2人で楽しんでるじゃない」
リビングで待っていたはずの麗華が、キッチンとリビングを隔てる袖壁の陰で抱き合っているわたしたちの様子を訝しみ、顔を覗かせたのだ。
「もう、ちょっと目を離したら、すぐ2人でいちゃいちゃするんだから」
「ち、違うの。今のはちえりを慰めていただけで・・・」
わたしは慌ててちえりから離れ、必死に弁解するも、麗華は聞く耳を持たない様子で、まるで自分の家のようにずかずかとキッチンに足を踏み入れる。そして、わたしとちえりの間に割って入ろうとする。
「いいわ、ちえりさん。よくもやってくれたわね・・・有梨香さんにキスしたり、抱き合ったり・・・ でもね、甘いわ。そんなのは、私に言わせればお遊戯会でしかないわ」
麗華はわたしの艶やかな黒髪を優しく撫で、そのまま指先をわたしの唇へと滑らせてくる。
「有梨香さんが求めているのは、そんなおままごとじゃない。もっと魂を削るような、激しい感情のはずよ。ねえ、有梨香さん? 私が、あなたが求めている心の痛みが何なのかを教えてあげるわ」
「麗華さん、勝手なこと言わないでください!」
ちえりが横から麗華の腕を掴んでくる。
「有梨香は、そんな怖いこと望んでません!あたしと一緒に、ゆっくり・・・本当の気持ちを見つけたいって、そう思ってくれてるんです!」
「あら、じゃあ訊いてみましょうか。有梨香さん、貴女はどっちが欲しいの? 私が与える陶酔か、この娘の与えるぬくもりか」
2人の視線が、わたしに突き刺さった。
麗華の瞳には、抗いがたい支配欲と、実の父へ向ける愛すらも投影したような、激しい情熱が浮かんでいる。
一方のちえりの瞳にも、震えながらも一歩も引かない、真っ直ぐで無垢な献身が浮かんでいる。
わたしはしばしの間迷い、沈黙した後、ゆっくりと手を伸ばし、2人の手をそれぞれ握りしめた。
「麗華さんの熱い指先も・・・ちえりの温かい鼓動も、わたし・・・今はどっちも捨てられないよ・・・」
少しの間を置き、わたしは口を開く。
「・・・わたし、たぶん空っぽの女の子なの。2人のことは好きだけど、それが本当の愛なのかは、自分でも分からないのよ。だから・・・」
わたしは2人に教えて欲しかったのだ。わたしの心が、何もない空っぽなら、その空っぽの場所に、2人の愛を届けてもらいたい。そうすれば、わたしにも、誰かを心から愛することができるかもしれない。
それは、性に奔放な美少女が見せた、初めての心からの渇望だったのかもしれない。わたしのその一言で、リビングの空気は一変したようだった。もはやデートの続きではなかった。2人の少女が、1人の少女の心を奪い合う、残酷で甘美な争奪戦が始まったのだ。
「分かったわ、有梨香さん・・・。そういうことなら、私とちえりさん、どちらが有梨香の心に愛を宿せるか、勝負ってことになるわね」
「望むところです! 有梨香に、絶対、あたしがいいって思わせてみせますから!」
静寂だったちえりの家は、今、3人の少女たちの熱い吐息と火花散る感情に満たされていた。
試着室から出るなり、麗華は切れ長の目をいっそう吊り上げて、わたしとちえりを睨め付けていた。おまけに、目ざとい彼女は、わたしもちえりもほのかに頬を赤らめているのに気づいて、何かあったと勘付いたらしい。
「ごめんなさい、麗華さん・・・別に麗華さんを仲間はずれにするつもりじゃ」
「そうですよ。それに、麗華さんだって先に有梨香と試着室に2人で入ったじゃないですか。だから、おあいこです」
わたしは何とか麗華を宥めようとするが、ちえりは相変わらず麗華に勝ち誇ったかのような顔で笑みを浮かべている。そんなちえりの顔を目にすると、余計に苛つきが増してしまい、わたしの謝罪も麗華の耳には入らないようだ。
「駄目よ。そう簡単には許せないわ・・・」
「そんなこと言われたって・・・」
わたしも気づいていなかった、麗華の意外な嫉妬深さに困惑した表情を浮かべると、麗華も少し怒りの表情を緩める。駄々っ子のように文句を言っても始まらないと気づいたらしい。
「・・・仕方ないわね。じゃあ、私もちえりさんの家にお邪魔させてちょうだい」
麗華の言葉にわたしは驚く。小声でちえりにだけ聞こえるように話したつもりだったのだが、扉の外の麗華にも聞こえていたらしい。
あるいは、麗華が扉の隙間から耳をそばだてて、中の様子を伺っていたのかもしれない。
「聞いてたんですか・・・!っていうか、なんで麗華さんまでついてくるんですか」
「あら、別に構わないでしょう?私たち、もう裸のお付き合いをするほどのお友達なんだもの・・・ねえ、有梨香さん」
そう言って微笑む麗華の表情は、まだ少し怒りに引き攣っている。もちろん、ちえりも不満げだ。せっかく愛しの美少女と自宅で甘い2人きりの時間を過ごせると思っていたのだから。
「あ、あの・・・2人とも、仲良く・・・ね?」
わたしは2人の顔を見比べて、苦笑いを浮かべて肩を落とすしかなかった。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
ちえりの自宅は、高級そうなマンションの高層階にあった。マンションの入口の自動ドアはキーロックになっていて、セキュリティも厳重そうだ。
「あ、上がって・・・今、飲み物持ってくるね」
ちえりの自宅に着くと、彼女は心臓の鼓動が収まらない様子で、わたしをリビングへ招き入れた。何しろ、大好きな少女を初めて自宅に招いたのだ。それに、セレクトショップの試着室での大胆な振る舞いの余熱も、彼女の頬を赤く染めているようだった。
わたしはソファに深く腰掛け、部屋を見渡した。整然としているけれど、どこか寂しい空気。それが、ちえりの抱える孤独を象徴しているようで、わたしの胸を微かに締め付ける。
「ちえり、わたしも手伝うよ」
ちえりと一緒にキッチンに向かうと、彼女が冷蔵庫からお茶の入ったペットボトルを取り出す間に、わたしは戸棚からグラスを取り出して並べた。お茶を注ごうとしたちえりの手に、わたしはわざと手のひらを重ねて、申し訳なさそうに微笑む。
「ごめんね、さっきの続き・・・したかったよね」
ペットボトルを持ってお茶を注ごうとしたちえりの手が、ぴたりと止まる。彼女の目が、まっすぐにわたしを見つめていた。
「有梨香・・・あたし、何度も言うけど、本当に有梨香が好きなの。麗華さんみたいに、大人の駆け引きなんてできないけど・・・」
ちえりは意を決したようにペットボトルを調理台の上に置くと、わたしの背に腕を回して、胸に顔を埋めるように抱きついてきた。柔らかな体の重みと、石鹸のような甘い香りが漂う。わたしは彼女を労るように、芝居ではなく、ひとりの当事者として受け止めようと目を閉じた。
その時だった。
「ああっ!また2人で楽しんでるじゃない」
リビングで待っていたはずの麗華が、キッチンとリビングを隔てる袖壁の陰で抱き合っているわたしたちの様子を訝しみ、顔を覗かせたのだ。
「もう、ちょっと目を離したら、すぐ2人でいちゃいちゃするんだから」
「ち、違うの。今のはちえりを慰めていただけで・・・」
わたしは慌ててちえりから離れ、必死に弁解するも、麗華は聞く耳を持たない様子で、まるで自分の家のようにずかずかとキッチンに足を踏み入れる。そして、わたしとちえりの間に割って入ろうとする。
「いいわ、ちえりさん。よくもやってくれたわね・・・有梨香さんにキスしたり、抱き合ったり・・・ でもね、甘いわ。そんなのは、私に言わせればお遊戯会でしかないわ」
麗華はわたしの艶やかな黒髪を優しく撫で、そのまま指先をわたしの唇へと滑らせてくる。
「有梨香さんが求めているのは、そんなおままごとじゃない。もっと魂を削るような、激しい感情のはずよ。ねえ、有梨香さん? 私が、あなたが求めている心の痛みが何なのかを教えてあげるわ」
「麗華さん、勝手なこと言わないでください!」
ちえりが横から麗華の腕を掴んでくる。
「有梨香は、そんな怖いこと望んでません!あたしと一緒に、ゆっくり・・・本当の気持ちを見つけたいって、そう思ってくれてるんです!」
「あら、じゃあ訊いてみましょうか。有梨香さん、貴女はどっちが欲しいの? 私が与える陶酔か、この娘の与えるぬくもりか」
2人の視線が、わたしに突き刺さった。
麗華の瞳には、抗いがたい支配欲と、実の父へ向ける愛すらも投影したような、激しい情熱が浮かんでいる。
一方のちえりの瞳にも、震えながらも一歩も引かない、真っ直ぐで無垢な献身が浮かんでいる。
わたしはしばしの間迷い、沈黙した後、ゆっくりと手を伸ばし、2人の手をそれぞれ握りしめた。
「麗華さんの熱い指先も・・・ちえりの温かい鼓動も、わたし・・・今はどっちも捨てられないよ・・・」
少しの間を置き、わたしは口を開く。
「・・・わたし、たぶん空っぽの女の子なの。2人のことは好きだけど、それが本当の愛なのかは、自分でも分からないのよ。だから・・・」
わたしは2人に教えて欲しかったのだ。わたしの心が、何もない空っぽなら、その空っぽの場所に、2人の愛を届けてもらいたい。そうすれば、わたしにも、誰かを心から愛することができるかもしれない。
それは、性に奔放な美少女が見せた、初めての心からの渇望だったのかもしれない。わたしのその一言で、リビングの空気は一変したようだった。もはやデートの続きではなかった。2人の少女が、1人の少女の心を奪い合う、残酷で甘美な争奪戦が始まったのだ。
「分かったわ、有梨香さん・・・。そういうことなら、私とちえりさん、どちらが有梨香の心に愛を宿せるか、勝負ってことになるわね」
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