文字の大きさ
大
中
小
165 / 325
交通事故が治った、その後のリハビリ計画
右のお尻の引きつり、亡き弟に治して貰った時、右のお尻が左より明らかに小さく
ぺこん。
と真っ平ら。
になってたことに気づいた時もショックだったけど。
(痛む箇所だったので、庇うのが日常で気づかなかった…)
右背仲が鉄板
が治った時も、縮んでいた右の筋が伸び、右足が異常に長くなってて
ひぇーーー。
だったけど。
今回、右肩が内側にねじれてた
そのねじれが治ると。
右肩が左肩に比べ、異常に下がってる…。
五㎝ぐらい下がってるので、めちゃ分かりやすい。
この間、ずっと
「奇跡とか起きてなくて、気のせいじゃね?」
と毎度自問するけど。
いつもなら、くっ!と“気”を入れると、ひっかかって止めてるような
右肩のねじれ部分が…確かに消えていて。
なんか体に力はいらないし、まるで交通事故で圧がかかり
その後無理矢理縮んだ肩に馴染むまで痛んでいて
やっと痛み無く、縮んだ状態でずっとやって来ていたのが。
縮みが治ったので、交通事故の逆回しみたいに
あちこち痛い。
耐えられない程の痛みじゃないんだけど。
ついていけないのは、脳みその方で。
通常なら、これしても痛まないはずの部分が痛むと
混乱するんである。
まるでトゲが刺さった程度の痛みなんだけど。
痛む度
あれ?
これして、大丈夫?
と、通常じゃ痛まなかったので
変に慎重になってる。
まあ背仲が治った後。
普通に動かして、右腕の筋痛めて麻痺し、洋服着脱ですら苦労した経緯があるので
ムリ無いけど。
だから右お尻の時は、立つ時も歩く時も、治り立てほやほやで柔な右お尻に
負担がかからないよう
重心が右お尻に行かないように苦労した。
そう。
治り立てほやほや
って、めっちゃヤワなんですね。
今まで支えてた筋肉が、今はもう役立たずになって
新たな位置に、支える筋肉、付け直さなきゃならないので。
なので、痛めない程度に軽い運動は必須。
けど日常生活で、以前のようにうっかり動くと…筋を痛めかねない。
私の脳みそは単純に出来てるので
日常のように動けないと
どう動けばいいのか分かんなくなっちゃう。
で、動けなくて困っていると
“体は動こうとすれば動けるんだけど。
今まで、歪んだ状態で
それでも頑張ってきたので。
治った今、気が抜けまくってる”
そうで…。
確かに。
これ、しよう。しなくちゃ。
って気合いが、入らないのは確か。
いつもなら、することの順番が直ぐ頭に浮かぶのに。
今は、どれからしよう。
どれなら出来る?
で脳みそがパニクリまくり、結果、ここに書いてたりする………。
治る過程で、頭がボーーーーっとし、雲の上歩いてるみたいにふわふわで、なんか全然体に力が入らなかった二日ほどがあったけど。
あれも突如、くにゃん。
ってカンジで、体に力が入らなくなってた。
で、歩くと足元ふわんふわん…。
もう役立たずここに極まれり。
の状態で、お手上げ。
簡単な、コップ洗いすら面倒でしんどい。
だって物質に焦点、合わないんだもん。
で、お達しで
「この日までにはその状態は脱します」
ホントかな?
と思いつつ、その日をカウントダウンして待つ。
すると…当日になると、ボケてた焦点が、鮮明に。
けど、なんか変。
そしたら…右の肩のねじれが、無くなっていた事に気づく………。
ええと…。
誰かこういう状態に詳しい人いたら、教えてください。
毎度こういう事が起きるので。
パニクりながら、お知らせしてくれる上のナビゲーター頼りに
乗り切るしかない。
ただ。
自分でも、このねじれたまんまだと
いずれ大病を発症するかも。
な危険を感じていただけに。
めっちゃ、ありがたいんだけど…。
現状に対応出来ず。
神様は
「今までねじれた状態で、無理しながらも、一生懸命頑張ってたから。
しばらく気が抜けても、無理ナイから。
あまり悩まず、過ごしなさい」
と、優しいお言葉を頂いた………。
ええと…。
とりあえず…どうしよう。
ずっとしたかった、ミシン出すか?
ああ、何からすれば良いんだろう。
洗濯か?
と思ったら…晴れてるのに雨降るし。
動き出すと、早いんだけど。
“出来ない”
と思うと焦るから。
いつか出来る時に、あっという間に片付く。
と思っていれば、その時出来るそうだ。
台所の片付け。
確かに一日半
気になって、でも出来なくて。
ある意味、できないストレスに入ってたけど。
けど夕べ。
一時間半で片付いたわ………。
持病持ちだと。
シェディングで絶対大病引き起こしそうなので。
多分、そうならないよう治してくださったんだろうな。
でも今のご時世
「先に亡くなった者勝ち」
みたいな部分も出てきてるから。
しょっちゅう
「さっさと逝っちゃった方がいいのかな」
と愚痴る度
亡き父と弟が毎度
「ガンバレ」
と言うので、頑張ってる。
ともかく護る者があるので。
最期の最期迄、出来うる限り生き抜きます。
ぺこん。
と真っ平ら。
になってたことに気づいた時もショックだったけど。
(痛む箇所だったので、庇うのが日常で気づかなかった…)
右背仲が鉄板
が治った時も、縮んでいた右の筋が伸び、右足が異常に長くなってて
ひぇーーー。
だったけど。
今回、右肩が内側にねじれてた
そのねじれが治ると。
右肩が左肩に比べ、異常に下がってる…。
五㎝ぐらい下がってるので、めちゃ分かりやすい。
この間、ずっと
「奇跡とか起きてなくて、気のせいじゃね?」
と毎度自問するけど。
いつもなら、くっ!と“気”を入れると、ひっかかって止めてるような
右肩のねじれ部分が…確かに消えていて。
なんか体に力はいらないし、まるで交通事故で圧がかかり
その後無理矢理縮んだ肩に馴染むまで痛んでいて
やっと痛み無く、縮んだ状態でずっとやって来ていたのが。
縮みが治ったので、交通事故の逆回しみたいに
あちこち痛い。
耐えられない程の痛みじゃないんだけど。
ついていけないのは、脳みその方で。
通常なら、これしても痛まないはずの部分が痛むと
混乱するんである。
まるでトゲが刺さった程度の痛みなんだけど。
痛む度
あれ?
これして、大丈夫?
と、通常じゃ痛まなかったので
変に慎重になってる。
まあ背仲が治った後。
普通に動かして、右腕の筋痛めて麻痺し、洋服着脱ですら苦労した経緯があるので
ムリ無いけど。
だから右お尻の時は、立つ時も歩く時も、治り立てほやほやで柔な右お尻に
負担がかからないよう
重心が右お尻に行かないように苦労した。
そう。
治り立てほやほや
って、めっちゃヤワなんですね。
今まで支えてた筋肉が、今はもう役立たずになって
新たな位置に、支える筋肉、付け直さなきゃならないので。
なので、痛めない程度に軽い運動は必須。
けど日常生活で、以前のようにうっかり動くと…筋を痛めかねない。
私の脳みそは単純に出来てるので
日常のように動けないと
どう動けばいいのか分かんなくなっちゃう。
で、動けなくて困っていると
“体は動こうとすれば動けるんだけど。
今まで、歪んだ状態で
それでも頑張ってきたので。
治った今、気が抜けまくってる”
そうで…。
確かに。
これ、しよう。しなくちゃ。
って気合いが、入らないのは確か。
いつもなら、することの順番が直ぐ頭に浮かぶのに。
今は、どれからしよう。
どれなら出来る?
で脳みそがパニクリまくり、結果、ここに書いてたりする………。
治る過程で、頭がボーーーーっとし、雲の上歩いてるみたいにふわふわで、なんか全然体に力が入らなかった二日ほどがあったけど。
あれも突如、くにゃん。
ってカンジで、体に力が入らなくなってた。
で、歩くと足元ふわんふわん…。
もう役立たずここに極まれり。
の状態で、お手上げ。
簡単な、コップ洗いすら面倒でしんどい。
だって物質に焦点、合わないんだもん。
で、お達しで
「この日までにはその状態は脱します」
ホントかな?
と思いつつ、その日をカウントダウンして待つ。
すると…当日になると、ボケてた焦点が、鮮明に。
けど、なんか変。
そしたら…右の肩のねじれが、無くなっていた事に気づく………。
ええと…。
誰かこういう状態に詳しい人いたら、教えてください。
毎度こういう事が起きるので。
パニクりながら、お知らせしてくれる上のナビゲーター頼りに
乗り切るしかない。
ただ。
自分でも、このねじれたまんまだと
いずれ大病を発症するかも。
な危険を感じていただけに。
めっちゃ、ありがたいんだけど…。
現状に対応出来ず。
神様は
「今までねじれた状態で、無理しながらも、一生懸命頑張ってたから。
しばらく気が抜けても、無理ナイから。
あまり悩まず、過ごしなさい」
と、優しいお言葉を頂いた………。
ええと…。
とりあえず…どうしよう。
ずっとしたかった、ミシン出すか?
ああ、何からすれば良いんだろう。
洗濯か?
と思ったら…晴れてるのに雨降るし。
動き出すと、早いんだけど。
“出来ない”
と思うと焦るから。
いつか出来る時に、あっという間に片付く。
と思っていれば、その時出来るそうだ。
台所の片付け。
確かに一日半
気になって、でも出来なくて。
ある意味、できないストレスに入ってたけど。
けど夕べ。
一時間半で片付いたわ………。
持病持ちだと。
シェディングで絶対大病引き起こしそうなので。
多分、そうならないよう治してくださったんだろうな。
でも今のご時世
「先に亡くなった者勝ち」
みたいな部分も出てきてるから。
しょっちゅう
「さっさと逝っちゃった方がいいのかな」
と愚痴る度
亡き父と弟が毎度
「ガンバレ」
と言うので、頑張ってる。
ともかく護る者があるので。
最期の最期迄、出来うる限り生き抜きます。
感想 38
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
上司、快楽に沈むまで
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。