上 下
133 / 307

ギュンターの生い立ち

しおりを挟む
 大勢が寝椅子やソファに寝入ってる、見窄みすぼらしい大広間に。
叔父の一人が入って来るなり、ギュンターに気づき告げる。
「熱が下がり始めた。
どうする?見舞うか?
がうつってもまずいな。
成人はそれ程熱は出ないものの、一両日は寝込む」

もう一人の叔父が言う。
「ゆっくりするのは次回に延ばし、家族に挨拶してさっさとて」

ギュンターは頷き、さっとその広間を後にした。

石作りで色味がほぼグレーな、高い天井の下。
大階段を降りて行く。

教練キャゼ』に入る前、領地恒例の、年頃になった少年が進路を決めるために出る『成人の旅』の真っ最中で。
大勢居る叔父の一人に付き添われ、旅に出ていた。

旅の途中、盗賊に囲まれたとき助けてくれた騎士が、あんまり格好良くて。
「どうしたらああなれる?」
と叔父に聞いたら
「王立騎士養成学校『教練キャゼ』に行けば、多分成れる」
と言われ、『教練キャゼ』の試験を受けた。
合格した後、直ぐ荷造りして『教練キャゼ』へ。

…『教練キャゼ』の合否が決定する数日しか、実家に戻ってなかったから、本当に久しぶり。

良くも悪くも真っ先に思い浮かぶのは、一番苦手な長男シュティツェ。
栗色巻き毛で空色の瞳の、体が大きくやたら前向きに突き進む、喧嘩自慢の乱暴者。

次に大好きな、次男アルンデルが思い浮かび、ギュンターは少し微笑んだ。
癖のあまり無い栗毛で、ヘイゼルの瞳で細身で、ぶっきらぼうだけど繊細。

下に、弟が二人。
やはり栗毛でアルンデル似の、細身の四男リンデル。
長男同様父親似で、体が大きく栗色巻き毛で空色の瞳の、末っ子ラッツェ。

未婚で身籠もった実母が、ギュンターを産んで間もなく。
義母が言う所の『限りなく自殺に近い事故』で亡くなり、実母の姉である義母に、ギュンターは引き取られたから…。

義父とは全く血の繋がり無く、兄弟達は正式には従兄弟いとこに当たる。

が、男ばかりの五人兄弟。
更に義父の兄弟達。
数居る叔父らも男ばかりの、男系家族。

ギュンターは、どこを見てもムサい野郎だらけ。
の実家の光景を改めて実感し、ため息が出た。

産んでくれた実母の思い出は、ほぼ、無い。
二歳の誕生日直前に、足を滑らせ川で溺れて亡くなったから。

母は唯一、珍しい紫の瞳が自慢の…栗毛の大人しい、夢見がちな少女だったと聞く。
ギュンターの父親と出会い、恋をして…。
けれど別の女と婚約していた父と、一夜を過ごし。
ギュンターを身ごもったが、知らせず…。

ギュンターの父親は産まれたばかりの息子の存在も知らないまま、いい家柄の婚約者の家へと、結婚して引っ越して行き、この領地を離れ消息を絶った。

なかなか複雑な生い立ちだったけど…乱暴で粗野な男らに囲まれ。
更にひっきり無しに盗賊の襲来を受け、義父や叔父らは剣を取り。
義母や女達も、時には色仕掛けで盗賊を仕留め。

ギュンターは弟二人を連れて、隠れ、逃げ回り…。

だから悲惨な生い立ちに、ゆっくり思い悩む間も無かった。
時折、鏡に映る紫の瞳が唯一、母から譲り受けた血のあかし

他の女を愛してる父に、愛されることの無い絶望で、産まれたばかりの子を残し、自殺を考えるほど繊細。
…次男アルンデル、四男リンネルのように。

だからか、ギュンターはずっと身近で面倒見てくれた、次男アルンデルに母の面影を求めた。

義母に言わせるとアルンデルは、亡くなった実母に面立ちも雰囲気も、似てるそうだ。
がアルンデルは言った。

「どうして俺だ。
ギュンターは実子じっしなんだぞ?
奴の方が、似てるに決まってる!」

…がどうやらギュンターは瞳の色しか母に似ていず、まるっと父親似。
事実、旅の途中にたまたま出会った父親は確かにそっくりで、誰が見ても親子に見えた。

ギュンターは次々蘇る思い出にため息吐くと、挨拶しようと義母の姿を探し、一階廊下に入った。

角を曲がった途端、短剣が真っ直ぐ飛んで来、その殺気に身がぞくり…!と戦慄わなな咄嗟とっさ屈む。

ぐさっ!
短剣は、自分が立っていた頭近くの壁に、深々と突き刺さっていた。
短剣の向かい来た方向に振り向くが、もう次が飛んで来る。

ギュンターは頭に来て、腰に付けていた剣を半身抜き、腹に潜り込む短剣を素早く弾く。

かんっ!
「…いい加減…!」

怒鳴りかけて顔を振った途端。
頬ぎりぎりに掠り飛ぶ短剣を喰らい、ギュンターはぎくっ!として一気にカンを、研ぎ澄ます。
次が、来るかどうかを知る為に。

が短剣が尽きたのか。
突然扉の影からガタイいい男が、拳握って飛び出して来る。
最初の一発目を避ける。

その間に腹に、思い切り二発目をがっ!と食らい、ギュンターは食べたばかりの芋を、戻すまい。とこらえながら相手の腹へお返しの拳を振る。
だが後ろに一瞬で引かれ、次に踏み込まれて顔に拳が
がつん…!
と降って来る。

顔を思い切り庇って避けたから、側頭に拳が入る。
ほぼ避けたものの掠り、頭がブレてやはり目が、チカチカした。

続き飛んで来る拳にもう、きっちり腹が立ったから、肘を曲げて咄嗟にぶつけ止め、一瞬で足を後ろに引いて身を屈め、相手の腹に靴底を、叩きつけた。

が、すかしを食らう。

身を思い切り傾け、避けてる長男シュティツェを見、ギュンターは怒鳴る。
「いい加減…!」

が突然シュティツェは、微笑って剣を抜く。
「騎士はやっぱ、こっちか?」

ギュンターも歯ぎしりして剣を抜き返す。

かん…!かんかん…!
「俺は…!
呼び出されて休みも取らず駆け続けで、薬草届けに来たんだぞ?!」

が、返事無くシュティツェは問答無用で剣を降らせる。

かんかん!
かんかんかんっ!

けれど突然、びっ!
びゅんっ!

背後から別の剣を振る気配に振り向くと、13に成ったばかりの末っ子ラッツェが。
慣れない剣を大振りにぶん回していた。

「…おい…!
おい止めろ!」

がむしゃらに無茶苦茶振るので、対戦相手のはずの長男シュティツェですら、逃げ出す始末しまつ
「こら…!
お前誰に向かって振ってる!」

四男リンデルが、柱の後ろでリンゴ囓りながら呟く。
「そりゃ、どっちか倒せればいいんじゃないのか?
どっちも倒せれば最高なんだろう?」

ギュンターはリンデルよりガタイのいい、ラッツェを見る。
猪のように身を屈め、ぶんぶん剣を、ぶん回してる。

「誰が教えたんだ!あんな無茶振り!」
ギュンターは叫ぶが、一緒に逃げ始めたシュティツェは呻く。
「…俺じゃ無い!」

ぶん!と音立てる剣を、二人同時にアタマを引っ込め避ける。
「一緒の方向に逃げても、意味ないだろう?!」

ギュンターが叫ぶとようやく長男シュティツェは、飛んで来る剣に頭下げながら、ギュンターとは反対方向に飛んで行った。

左右に散った標的に、末っ子ラッツェは右に、左に剣を振る。
が、ギュンターもシュティツェもその長い廊下で、ラッツェからどんどん離れ距離を取る。

ラッツェはギュンターを追いかけ剣を振り、逃げられると今度は背後に振り向いてシュティツェに詰め寄り、剣を振る。

その背中を、ギュンターは咄嗟に駆け寄って思い切り蹴りつけ、ラッツェがヨロめきながらも振り向き、剣を振って追っかけてる間にシュティツェは、逃げるギュンターを追いかけるラッツェの足の前にさっ!と足を差し出し、引っかけて転ばす。

ギュンターは慌てて派手に前にすっ転ぶラッツェの、剣握る腕を掴んで倒れ込む寸前、助け起こした。

「…危ないだろう!
剣持ったまま倒れ込んだら!
自分の顔いたらどうする…!
こいつのおしめ替えたの、俺なんだぞ!」

背後の長男に噛みつくが、シュティツェは訳知り顔で腕組みして頷く。
「お前のおしめ替えたのは、俺だ」

「嘘付け!
俺のを替えたのはアルンデルだぞ!」
「奴も替えたが俺も!替えたんだ!!!」

リンデルは柱の背後で、ぼそっ…と囁く。
「悲しい過去の事実だな。
でもう、お終いか?」

ギュンターは怒鳴った。
「もっと見たいならお前が!こいつの相手してやれ!」

末っ子は身を起こしギュンターを見、呟く。
「リンネルとやるのに飽きたから!
兄貴達にかかってったんだ!
シュティツェは普段、斬りかかる隙が無いから。
兄貴ギュンターとやりあってる間がチャンスだったんだ!」

ギュンターはかんかんになってラッツェに怒鳴った。

「ならシュティツェだけに、向かって行け!」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

誰かこの暴走を止めてください

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:73

錬金術師の性奴隷 ──不老不死なのでハーレムを作って暇つぶしします──

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:411pt お気に入り:1,372

楽しい幼ちん園

BL / 連載中 24h.ポイント:546pt お気に入り:133

スパイだけが謎解きを知っている

ミステリー / 完結 24h.ポイント:383pt お気に入り:3

【BL】死んだ俺と、吸血鬼の嫌い!

BL / 完結 24h.ポイント:234pt お気に入り:240

進芸の巨人は逆境に勝ちます!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:156pt お気に入り:1

婚約破棄の翌日に謝罪されるも、再び婚約する気はありません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,199pt お気に入り:6,436

処理中です...