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王族をかなぐり捨て、野生に戻りローランデと対戦するディングレー

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 大喝采が収まると、皆が一斉に講堂中央。
今だ剣を下げ、そこに立つ…本来そこにるはずの者よりうんと小柄に見える、優しげな外観の…しかし凜とし、今だ戦う気構えを静かに湛えたローランデに注目する。

彼は静かで、澄み切っていた。
がその静かな迫力に、講堂の皆が飲まれた。

まるで巨大な湖水がたたずみ、自然の圧倒的な大きさに口をつぐむように誰もが。
そんな彼をただ、見つめる。

そして講師が声を上げるその前に、視線は一斉に、三年席ディングレーに向けられる。

三年達の中でも一際目立つ、風格と気品ある堂とした男前。

「三年、ディングレー!」

講師がその名を呼ぶと、ディングレーは静かに剣をたずさえ、歩を踏み出した。
一歩目は自然。

が彼の瞳が自分を試合場中央で待つローランデに向けられた時、その並々ならぬ気概と迫力籠もる青の瞳に、皆の背筋が一瞬、ぞくっ!と戦慄く。

その瞳は凄まじい気迫でローランデに、注がれていた。

…が、対するローランデは静か、そのもの。
ディングレーと相対した剣士達は皆、自問した。

ディングレーの…あの気概と迫力は並じゃない。
それにされず自分の戦いをするのでさえ、一苦労。
なのにどうして。
あんな…優しげで体格の劣る二年生が。

シェイルもヤッケルも、ローランデを見つめごくり。と喉を鳴らす。
去年は…誰もが彼が、勝ち上がるだなんて思わなかった。

二年だったディングレーでさえ…今年の一年はゴツくも険しくも無いな。
そんな、微笑混じりで剣を交えていた。

…ディングレーが剣を折られ、弾き飛ばされた時…。
講堂の皆は勿論もちろん、当のディングレーでさえ、何が起こったのか解らない。と言った表情かおをした。

三年だったオーガスタスの剣を折り、ローランデが勝った時ですら…。
ラッキーな勝ちだ。
運命が奴に味方した。
…そんな嘲笑混じりで最高峰ディアヴォロスとの対戦を迎え…。

そして、ディアス相手にローランデが本気で牙を剥いた時。
講堂中は初めて、ローランデの実力を認めた。

ディアヴォロスが相手なら、運も尽きてたったの一秒で勝敗が決する。

誰もがそう思った。
ローランデはだが、ディアス相手に喰い下がった。
流麗な足運び。

荒削りさは少しもなく、ディアス相手に三度も剣を止め、二度身を振って外す。

そして果敢に攻めるその姿。

講堂中の誰もが、一分以上ディアスが相手と剣を交える姿を、見た事の無い中、それは衝撃的だった…。

ローランデがディアスからの勝敗を決する一撃をとどめ、避ける度。
講堂中がどよめいた。

そのどよめきは、ローランデがディアスのとどめの一撃を避ける度大きく成り…。
そして感激が入り交じり、異様な興奮に講堂は包まれ…。

そしてとうとう最後、ディ アスがローランデの剣を折り飛ばした時…それでも戦う瞳を、ディアヴォロス相手に向け続けた一年に、講堂中が割れんばかりの歓声と喝采を送った。

そしてそれから一年。
合同訓練で多くの者がローランデと実際、剣を交えた。

最早もはや上級生達は知っていた。
いや、思い知っていた。

ローランデが、本物だと。

ディングレーは静かに歩を、迎えるように立つ、ローランデの前に進める。
その気迫は「始め」の言葉が待ちきれないほど膨らみ、今にも爆発しそうで。
皆が、そんな“闘牙”に包まれたディングレーに息を飲む。

身長差は歴然。
去年より更にその背を伸ばしたディングレーは、去年の対戦より圧倒的体格差を産みだした。

が、あのオーガスタス相手にすら、怯まなかった相手ローランデだ。

ごくり。と唾を飲み込む音がそこらかしこでする。

フィンスはローランデだけを、見つめていた。
焦りも…ディングレーの気に、圧される様子すら無い。
汗もかかずただ、静かだった。

凜。とした“気”を纏い、やはり大きな湖水の水面のように、時折吹き過ぎる風に僅かに、波紋を作るだけ………。

「始め!」
講師の叫びが飛ぶと同時、ディングレーが身を屈め突っ込んで行く。

オーガスタスは顔を、揺らした。
“攻めたいんだ”
それは、解ってる。

あの男の性格じゃ、防戦一方。なんてやってられないだろう。
………が。

ローランデが上がってくる前、一年。
そして二年と、ディアスと対戦した。

こちらが迂闊うかつに動けば数秒。
あっと言う間に斬って捨てられる。

ディアスの前で、攻める。では無く動く。と言う事はもうそれだけで隙を作る行為で、すなわちそれは…勝敗が決する。と言う事だ。

そして今まさにタイプは全く違うが、ローランデも同じ。
攻める。どころか動く。が隙に成る。

“気迫でそれを埋める気か?ディングレー”
が………。

ディングレーの激しい剣が飛ぶ。
ローランデはそれを見事に頭を振って避ける。

流麗で鮮やかな動き。
そして足を使い、横に流れるようになびき、流す。

皆の目にやはり、ディングレーが捕らえようのない風を、斬ったように目に映る。

もしくは、空気を。

そしてローランデは一瞬で二度、鋭い剣をディングレーに向かって振る。
一度目は殺気のみ。
二度目は剣で。

ディングレーはしなやかに横に身をずらし、素早く避ける。

ローランデはディングレーの隙を狙い周囲を移動し続ける。
その足音はほとんどしない。

走ってるのに、動く音は無音に近い。

一方のディングレーが動く度、髪が散り衣服を叩く音。
はためく衣服。
そして踏み出す足音が響き、ディングレーはローランデの振った剣を、首を捻り避けながらその消えて行こうとする姿を、追い続ける。

がっ!
二人が初めて剣を交えた時、激しい火花が散るように激突した。

無音の“風”が初めて、その気配を現す。
ディングレーの激しい“気”に十分、対応するだけの気迫でその一撃をとどめ。
が、あっという間に合わせた剣から自らの剣を滑り外しまた、ディングレーの前から一瞬で姿を消す。

あんまりなめらかな動きで、ヤッケルは唸る。
「あれを、止めるのも凄いがその後も凄い。
一瞬でその場から姿を移す。
自分を有利に導く為、次の攻撃の機会を作る。

あれが…ローランデの凄い所だ。
大抵ディングレーの一撃を止めるのが精一杯。
その場で次に繰り出すディングレーの豪速の剣を、必死で避けながら反撃の機会を伺う。
力と気迫でされたらそれまで。

…けどローランデは直ぐ外し、決められる一撃を放つ為に場を移す。

あれは誰にも真似出来ない」

シェイルが思いっきり、ため息を付いた。
「ディングレーの一撃をマトモに受けて、腕が痺れないだけでも大したものだ」
ヤッケルは無言で、親友の言葉に頷いた。

フィンスだけは喰い居るようにローランデの動きを、見つめていた。

また…。周囲に足を滑らせながら、剣を後ろに構えたまま殺気で攻撃を入れている。

ディングレーがそれに反応しかけ、ぴく。ぴくと剣を握る手を動かす。

ローランデの姿を追って、身を振り間を開けながら走り寄るディングレーの動きは野生の狼のように俊敏で、皆誰もがあれほどしなやかに動くディングレーを初めての当たりにし、目を見張る。

解き放たれた野生の狼。

まさしくそんな姿で“風”から決して目を背けず追いかけるディングレーはまた、剣を振った。

ローランデの走り行くその先に。

がローランデは一歩遠のき首を振っただけでそれを避け、走る歩を止めようともしない。

捕らえられない“風”にイラ立つ様子が、ディングレーからは伺えた。

激しい打ち合いにはどれだけでも、耐えられる男で、上級相手にもひけを取らない豪剣の持ち主だけに…。
いなされて避けられる事に、歯噛みしてる様子に見えた。

が、フィンスは別意見だった。
オーガスタスも。
ローフィスも。

「…剣も振らず“気”だけ飛ばして、空振りの剣を振らせようと幾度も誘いを掛けて来るのに、腹立ててるな」

オーガスタスが言うと、ローフィスは腕組みしたまま、大きく吐息を吐き出す。

「あいつ…馬鹿が付く程、正攻法だからな…」
言うと、オーガスタスがローフィスを盗み見る。

ローフィスはオーガスタスの言わんとする事が解って、上目使いで友を見た。
「まあそりゃ…。
王族だとか持ち上げられてても根は野生児だから。
カンだけで相手の裏を、平気でかくが」

オーガスタスはそうだろう。と腕組みする。
「正攻法しか出来ない、お坊ちゃんだとあいつを思った事は、一度も無いぞ」

リーラスがオーガスタスを、目を丸くして見る。
「…お前がめるなんざ、珍しいな!」

ローフィスは顔を下げた。
「オーガスタスに認められたって事は…。
強いが、マトモな奴じゃないって事だ」

リーラスは胸を反り返らせた。
「マトモじゃないってのは、いい事だろう?
グーデンとは違った意味で、王族らしからぬ面白い男だって事じゃないか」

オーガスタスが、振り向いた。
「それ、奴を崇拝してる三年の大貴族らにはらすなよ」

リーラスは異論を唱える。
「…つまり、俺達に気に入られるような男は!
尊敬出来ないってのか?」

オーガスタスとローフィスは顔を見合わせ、口を揃えた。
「尊敬出来ないだろう?」

リーラスはそれを聞くと、ぷんぷん怒った。

が、ローフィスとオーガスタスは揃って、肩を竦めた。
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