上 下
184 / 307

二日目の合同補習

しおりを挟む
 スフォルツァはやっと合同補習の時間に辿り着き、ほっとした。
グーデン配下の男達は講義の移動中、木陰や茂み、建物の陰。
そこらかしこで常に目を光らせていて、奪還の機会を伺い続け、気が抜けなかったから。

だが…。
今日も乗馬だった為か、ミシュランは不機嫌そのもの。 

集合場所のうまや前広場で固まってるグループ生の前に立つと、ジロリ…とアスランを睨み付ける。
アスランはいっぺんで、顔を下げて体を縮こめた。
スフォルツァは横に立って、腕を握り励まし、一気に駆け出すグループ生徒らと共に厩に入ると、馬のくつわを掴んで厩から引き出す。

そのままくつわを掴んで馬を固定し、アスランに顎をしゃくる。
あぶみに足先を入れたアスランは、反対側の足を持ち上げ…またがれず下ろし…。
を繰り返し、何とか三度目で、無事馬に跨がる。
スフォルツァはアスランが足先を抜いたあぶみにつま先入れると、一またぎでアスランの背後に騎乗した。

スフォルツァが後ろから手綱を取り、馬の向きを変える。
ミシュランがきついグレーの目で睨みながら、一斉に駆け出す他のグループ生らに続き、馬の腹を蹴って駆け出し、グループの先頭を走る。

スフォルツァは斜め前に馬に跨がる、シェイルとシュルツが振り向き、頷くのを見た。

アスランに屈み、耳元で囁く。
「鞍に、しがみついてろ」
かっ!
腹を蹴って、一気に駆け出す。
アスランはぐん!と体が前に引っ張られ、慌てて鞍を掴む手に力を込めて、しがみつく。
幸い背後は、包むようにスフォルツァの体に護られ、落ちる心配は無かった。
けど口を開けると、舌を噛みそうで。
慌てて閉じる。

ぐんっ!ぐんっ!
馬が前足を蹴立て、前進する度。
アスランはその力強い揺れに体を持って行かれ、バランスを崩した。
スフォルツァはアスランの両脇から腕を突き出して手綱を握っていたけど。
揺れる度、派手に真っ直ぐな黒髪を散らす小柄なアスランの、脇を腕でしっかり締め、落ちるのを防いだ。

内心
「(…一人で乗馬なんて…絶対無理で、どっかで落ちる…)」
と、絶望的な気分に襲われたが、何とか踏みとどまり、集合場所へ駆け込んで、手綱を引いて馬を止める。

シュルツもシェイルもが。
前にアスランを乗せながらもなスフォルツァのそのたくみな乗馬に、つい微笑を送った。

かなり前に一列に立ち並ぶ、背の高い立木の間を右に左に。
蛇行して抜けて行く。

四本の立木の間を前のグループから次々、あまり間隔を開けず左右に蛇行して駆け抜けて行く。

アスランは目を見開く。
皆があまりにも自然に、木の右側を抜け、次の木の左側を回って、抜けて行くのを見て。
背後のスフォルツァにすら、緊張は全く見られない。

ハウリィが斜め前、フィンスに導かれるように、少しぎこちなく。
けれどちゃんと左右に蛇行して馬を走らせるのを見て、アスランはため息を吐いた。

自分のグループの番で、ミシュランが肩までの明るい栗色短髪を散らし、ごつい頬と顎の顔を後ろに振り向けて、鋭く叫ぶ。
「いくぞ!」
だが、乗馬は巧み。
するりと右側を抜けると、左側へと一気に、突っ込んで行った。

先にシェイルが馬を走らせる。
長い銀髪を散らし、騎乗し馬を操る姿も、妖精のように軽やか。
シュルツも次に続き、振り向くから。
スフォルツァも、馬の腹を蹴った。

アスランは…スフォルツァが少しも動じず、右に曲がる時手綱をって、立木の左側へ駆け込むのを見た。
背後で、スフォルツァが囁く。
「次は右に、体を倒せ。
俺が腕で防いでるから、落ちない。
安心して倒せ」

アスランは、こくん。と頷く。
左を曲がりきって、次は右へと一気に馬を導くスフォルツァ。
曲がる時、アスランは右へと、体を傾けた。
「…もっとだ!」
スフォルツァに言われ、もっと右に傾けようとした時。
「ここで戻す!」
と言われ、慌てて傾けるのを止める。

無事木を曲がりきり、今度は少し前にそびえ立つ木の、右側へと突っ走って行く。
「今度は…」
スフォルツァが言いかけると、アスランが尋ねる。
「左?」
「そうだ!」
スフォルツァの声が陽気で、アスランはチラ…と振り向く。
笑顔だった。
少し明るい艶やかな栗毛が風でなびき、グリーンの勝つヘイゼルの切れ長の瞳が、優しく瞬いていた。

アスランは、ついその整いきった美男に見惚れ、顔を前に戻した。
「(きっと、どんな女の子もみんな、彼に憧れるんだろうな…)」

頼もしくて優しくて、少し強引でちゃんと男らしくて…。
そして品がある…。

アスランは男として比べたら、自分とのあまりの違いに、ため息を吐いた。

が、そこから一気に全部のグループが、『教練キャゼ』の校門目指し駆け出すと。
馬を止めていた講師が、グループの先頭を走るミシュランに、馬を寄せて叫ぶ。
「今日は大目に見る!
が、アスランを一人で騎乗出来るようにしろ!」

ミシュランは言われ、肩までの明るい栗色短髪を振って、スフォルツァの前に乗るアスランに振り向く。
小柄で真っ直ぐな黒髪を胸に流し、色白で俯く小柄な美少年。
どう見てもお人形さんで、でくの坊。

ミシュランは苦々しいグレーの瞳を向け、まるで馬に乗れなさそうなアスランを、一睨ひとにらみした。

教練キャゼ』敷地に戻る頃。
陽日が傾き、周囲をオレンジに染めていた。

厩に戻るとミシュランは、アスランの背後より、すらりと馬から飛び降りるスフォルツァを見つけ、怒鳴る。

「次までに、奴が一人で騎乗出来るよう、お前が教えろ!」

それを聞いた途端、シュルツが目を見開き、喰ってかかる。
「一年のスフォルツァに、そこまで押しつける気か?!
それは監督生の役目のはずだ!
第一…あの騎乗ぶりで、次までなんて絶対無理だと、貴方あなたにだって解るはずだ!」

がミシュランは、言った生意気な二年大貴族のえり首掴み、締め上げ、顔を寄せて唸る。
「誰に口聞いてる!」

意見した二年を、締め上げる監督生を目に、グループの全員が押し黙る。
スフォルツァは自分を庇ってくれたシュルツが、襟を掴まれ、首を絞められてるのを見て、歯を食い縛った。

「…どうした?」
ミシュランの背後にやって来て、声かけるディングレーの頼もしい姿を見て。
グループの皆は一斉に、安堵する。

が、ミシュランは振り向き、長い黒髪を胸に流す、尊大で鋭い青い瞳の、体格の勝る王族にうそぶく。
「…あんまり生意気な口きくんで、つい…!」

ディングレーは頷き、が、言った。
「苦しがってる。
せいぜい掴むのは、衣服だけにとどめて意見しろ」

ミシュランはきつく襟を掴まれ、息が詰まり顔を歪めるシュルツを見、少し笑って言った。
「気づきませんでしたよ。
次からは気をつけます」

ディングレーは頷き、ジロリ…!とミシュランを見、が背を向け去って行く。
ミシュランは襟首をまだ、掴んだまま。
シュルツに顔を寄せ、素早く釘指す。
「…奴に告げ口なんてしてみろ!
お礼にお前を思い切り、可愛がってやるからな!」

言って、襟を放し突き飛ばす。
シュルツはヨロめき、喉元に手を当て、歯噛みしてミシュランを睨みつけた。
スフォルツァは咄嗟に駆け寄ると、小声で謝る。
「すみません。私のために」

シュルツは寄るスフォルツァに、少し顔を下げた後、顔を上げて振り向くと
「大丈夫だ」
と笑った。

シェイルは…意見しただけで乱暴な態度で口を塞ぐ、背を向ける冷酷で容赦無いミシュランを不安そうに見つめた。

グループの…他の二年、一年らも同様。
不安げな表情で、これからの日々を思いわずらった。

そしてグループの、誰もが思った。

“大ハズレに、当たった”と………。


 ローランデはディングレーが一人で一手に、一年グーデン配下ら。
特にドラーケンを引き受け、睨みを利かす様子を横目に。
自分は他の、つたない下級らに目を配って、手を貸したり忠告したりした。

ドラーケンは常にディングレーが近くに居て、顔を上げると鋭い青の眼差しで見つめられ、顔を下げる。
近くであの鋭い青の瞳で見つめられると。
凶暴で獰猛な、大きな狼に睨まれ、いつ食いかかられるか。
恐怖に襲われ、ぞくりと身震いする…。

「(…グーデンは権威を振り回し、単に偉そうなだけの軟弱男だが…。
ディングレーは迫力あって、めちゃ怖い…。
本当に、血の繋がってる兄弟か…?)」

ディングレーが馬を横に付けると、ビクつきたくなくても自然に、びくっ!と条件反射で身が竦む。

殆ど部下扱いしてる、他のグーデン配下の仲間らも同様だった。
ディングレーに睨まれ、竦み上がってる。

チラ…!と、脳裏に
「合同補習はチャンスだ。
何が何でも隙を見つけ、アスランを群れから引き剥がせ。
そうすれば…補習に出てない三年が、グーデン様の元へ運ぶ」
と偉そうに告げた、二年の『歯抜け』の間抜け顔、モレッティを覗う。

だがそう言った彼ですら、明るい栗毛の癖毛に囲まれた、一見顔は綺麗でも中身は獰猛な、ディングレー取り巻き大貴族の監督生、モーリアスに睨まれまくっていて、ぴったり横に付かれ、縮こまってる。

その向こうの、やはり二年のグーデン配下で偉そうな乱暴者。
さらりとした金髪直毛のローズベルタですら。
ディングレー取り巻きでも、長身で体格良い剛の者。
毛先だけに少し癖のある、ほぼ真っ直ぐの黒っぽい栗毛を胸に流すオルスリードに横に付かれ、顔を下げていた。

ローズベルタやモレッティの部下扱いされてる他の二年、グーデン配下らも。
アスラン、マレー、ハウリィとは別のグループに配置され、近づく隙なんてまるでナイ。

「(…どこがチャンスだ…)」
ドラーケンはまた、横にディングレーの野生の鋭い気配を感じ、顔を上げられないまま、馬をった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

誰かこの暴走を止めてください

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:73

錬金術師の性奴隷 ──不老不死なのでハーレムを作って暇つぶしします──

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:149pt お気に入り:1,372

楽しい幼ちん園

BL / 連載中 24h.ポイント:262pt お気に入り:133

スパイだけが謎解きを知っている

ミステリー / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:3

【BL】死んだ俺と、吸血鬼の嫌い!

BL / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:240

進芸の巨人は逆境に勝ちます!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:1

婚約破棄の翌日に謝罪されるも、再び婚約する気はありません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,155pt お気に入り:6,434

処理中です...