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アンガスを連れて出立するオーガスタスとギュンター

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 今度はスープに軽い睡眠薬を盛ってアンガスに差し出したローフィスは、食後間もなくぐったりするアンガスを見て振り向き、オーガスタスに頷く。

オーガスタスは屈むと一気に肩の上に担ぎ上げ、横で見ているディングレーに聞く。
「もう次の講義、始まってないか?」
ディングレーは腕組みして、不満そうにぶすっ垂れた。
「…見送りぐらい、いいだろう?」

ギュンターは準備室の戸に手をかけ、口を開きかけた。
が、王族のディングレーがいちいち残って見送るぐらい、同行する事に未練たらたらなのに呆れ、言いそびれた。
オーガスタスは気づき、ギュンターに
「そっちか?
正面か?」
と聞く。
ギュンターは即座に
「そっちの部屋の扉前だ」
と返答した。

オーガスタスが促す前に、ローフィスはさっと扉に寄ると、鍵かけてた部屋の扉を開け放つ。

薄暗い室内から外へ出る瞬間、オーガスタスは目を細める。
出て数段の階段を降りた先には、愛馬ザハンベクタがいた。

ギュンターが駆け寄って直ぐオーガスタスの背後に続く。
戸口に立つローフィスはその時、馬が二頭しかいないのにようやく気づき、ぼやく。
「…俺の…馬は?」

オーガスタスは愛馬の鞍に、ほぼ気絶したアンガスをくの字に乗せると、振り向く。
「俺とギュンターで事足りる。
こいつ、いざアンガスが排泄しても、尻が拭けるから」

ギュンターはもう騎乗し、手綱を握りオーガスタスを睨む。
「…尻拭きにローフィスが必要で、俺が出来るからもうらないのか?」

ローフィスは呆れて馬に乗り込むオーガスタスを見上げた。
「だが、こいつの家人に…」

オーガスタスは手綱を握ると、ローフィスを見下ろす。
奔放にくねる赤毛と鳶色の瞳の、誰よりも長身の馬に跨がるオーガスタスは、迫力満点に見えた。

けれど卵形の整った顔立ちがたいそう粋に見え、横で騎乗してたギュンターは改めて
「(『教練キャゼ』を仕切るはずだ…)」
と納得した。

「それくらい、俺でも対応出来る」
「女中のウネッタに…」
「俺が聞いとく」

素っ気無くオーガスタスに“必要無い”と却下され、ローフィスはもう馬を出しかけるオーガスタスとギュンターにそれ以上何も言えず、口を閉じた。

オーガスタスは残るローフィスに笑顔を見せる。
「ゆっくり休め!
目の下にくま作ってると!
横の王族が心配するぞ?!
第一、参加者と約束した課題の用意。
まだこれから、めちゃくちゃ大変だろう?!」

そうローフィスに言い残すと、両足横に持ち上げ、馬の腹を軽く蹴る。
ギュンターも馬を走らせ始めてその時、ローフィスの横に並ぶディングレーが、にこにこ笑うのを見た。

「(…つまり、一緒に出かけたかったんじゃ無く…。
単にローフィスと、少しでも長く居たかったのか?)」
と呆れた。

オーガスタスは鞍の上にアンガスの胴を括り付けていたから、一気に速度を上げた。
ギュンターは一気にかっ飛んで行く斜め前のオーガスタスに、思わず叫ぶ。

「そんなに飛ばして、平気か?!」

オーガスタスは少しも速度落とさず、言葉を返す。
「下はもう出たから、今度は吐くかもな!」

が、ギュンターはオーガスタスが、裏門に向かうのを見て、慌てて馬の首を戻した。
「…なんで、裏だ?!」

オーガスタスは斜め後ろに馬を付ける、金髪美貌のギュンターに振り向き、ジロリ。と見る。
「(…お前と一緒のとこ見られ、これ以上噂に火を注ぐのは嫌だ。
…と本音言って、コイツ理解するかな?)」
思った途端、口にしたらギュンターに質問攻めにされる事が予想出来たオーガスタスは。
面倒にならない答えを口にした。

「グーデン一味に俺の不在を、知られたくない」

ギュンターは納得して頷いた。


 ローフィスは二人を見送った後。
ディングレーがにこにこ自分を見るので、つい怒鳴りつけた。
「なんだあの、俺と“ヤッてもいい”発言は!」

ディングレーは首捻る。
「改めてあんたと…と、考えた時。
嫌悪感が沸かなかった」

が、ローフィスの方は。
自分で言った事を想像しちゃったのか。
青ざめて、思い切り俯いていた。
「…ローフィス?」
ディングレーが屈んで覗うと、ローフィスはディングレーの手を振り払い
「…俺は嫌悪感どころか、吐き気が止まらなくなる…」
と口に手を当てて、呻いた。

ディングレーはローフィスの背に手を当てさすり、疲労の色濃いローフィスの俯く顔を、心配げに覗き込んだ。


ローフィスの、さっさと四年宿舎に向かう背に、ディングレーが心配そうに声かける。
「本当に、一人で大丈夫か?」

ローフィスは振り向きもせず
「単なる睡眠不足だ。
気が張ってたからな。
…寝れば回復する。
お前は、さっさと講義に行け。
お前の姿が見えないと…」
と言って歩き続ける。

ディングレーはその場に歩を止めると、吐息と共につぶやいた。
「たいそう、目立つんだろ?」

ローフィスは振り向かないまま軽く右手を持ち上げ、手を振り別れの合図を送って歩き去るから。
ディングレーはため息と共に、講義室のある建物へと、歩き出した。

ディングレーが講義室の扉を開けると、中では自習の真っ最中。
講義室にいた全員が、ディングレーだけが姿を現すのを見て、一斉にこっそり、ざわめいた。

「…どうなってるんだ?」
「ギュンターに振られても、それほど不機嫌じゃ無いな」
「昨日のが最後の情事で、きっぱりオーガスタスに譲ったとかか?」
「…つまりギュンターは、オーガスタスを選んだ?!」
「良かった…俺のオーガスタスが、振られなくて」
「誰が“お前の”だ。
オーガスタスは皆の物だ!」

ディングレーは横のデルアンダーに、教科書代わりの本の一ページを指し示され
「これについて、意見か感想を書けと」
「…講師はまるっと、いないのか?」
「いえ。
暫く場を外すとだけ」

反対横の、テスアッソンも囁く。
「戻って来る言い方でした」

ディングレーは頷いて、自分の本は開かず、デルアンダーの本を見ながら、羊皮紙を広げて羽根ペンを持ち上げた。


 ギュンターはオーガスタスに顎しゃくられ、道案内するため前を駆ける。
が、背後のオーガスタスから
『もっと飛ばせ!』
の無言の圧力を感じ、追い立てられるように速度を上げ始める。

「…思いきり、トバしていいのか?!」
振り向き叫ぶと、鳶色の瞳を鋭く輝かせ、オーガスタスは怒鳴り返す。

「吐かれる前に、屋敷に着きたい!」

ギュンターは沈黙した。
“飛ばさず出来るだけ揺らさない方が。
吐くリスクは減るのに”
そう言いたかった。
が、オーガスタスのあまりの迫力に、意見を控えて速度を上げた。

オーガスタスは先を走るギュンターが、たいそうな乗り手だと気づく。
軽やかで慣れきっていて、本道から外れ、細い小道に入ったかと思うと、ゆるやかな坂の岩道を抜け、どうやら近道して最短を走ってる様子だった。
時折り、チラ…チラと、付いてきてるかを振り返り確認し、姿が見えると速度を更に上げる。

膝丈程度の小川に入ると多少速度は落とすものの。
岸に上がった途端、最速でかっ飛ばす。

オーガスタスは括り付けたアンガスの事も忘れ、久々に爽快な乗馬を楽しんだ。

やがて周囲が鬱蒼とした木々に囲まれた、小道を下る。
細い道で、向こうから馬が来ても、すれ違うのがやっと。

下り、登った先にようやく景色は開け、こざっぱりした建物の並ぶ、村が見え始めた。
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