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ごった返すローフィスの部屋

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 寝台横の二人かけソファに、ギュンターと隣り合って座ってたディングレーは。
部屋の真ん中の広いテーブルに座るフィンスやヤッケルが、チラチラと視線を送り、こちらを覗ってるのに気づく。
つい『何見てんだ?』的に見つめ返すと、二人はすっ。と顔を下げた。

横でギュンターが
「なあこれ…、どう言い直せばいい?」
と顔を寄せて来るので、凄く読みにくいギュンターの文字を解読し、手本の羊皮紙を見たあと、つぶやく。
「本文は“しかし”だろ?
“だが”に直せば?」

ギュンターが、頷く。
途端ローフィスが顔を上げて怒鳴る。
「それだけ解読不能な文字だと!
手本とほぼ同じでも講師は解読に苦労するから、変えるのは出来る範囲でいい!」

が言った後顔を下げてペンを走らすギュンターに怒鳴る。
「まるっきり変えないのは、ダメだぞ!」

顔下げたギュンターが、ぎくっ!と顔を揺らすのをディングレーは横で見て
「(全然変えず、丸写しする気だったんだな…)」
とため息吐いた後、それを見抜いたローフィスに感服した。

間もなくリーラスがやって来て、室内を見てぎょっ!とする。
「…なんでこんな居る!
俺が確保したメシは、たったの二人分だぞ?!」

ギュンターが顔を上げ、情けない顔で呻く。
「…そう言えば、腹が減った」

ディングレーはため息吐くと
「ギュンター連れて俺の自室でメシを食わせる」
と言って立ち上がると、ギュンターを促す。

ギュンターは凄く嬉しそうに笑い、部屋を出て行くディングレーの後に、まるで尻尾振った犬のように笑顔で付いて行く。
けどディングレーは戸口で一度姿を消した後、ひょい!と顔出して
「食い物、ギュンターと抱え込んで、戻って来る」
と告げるので、ローフィスは頷いてディングレーに『行け!』と手で振り払った。

リーラスは二人分の皿をどこに置こうか困り、結局空いてる寝台の上に乗せ、自分は皿の横に腰掛けた。
「…大して広く無いのに、ぎゅう詰めだな…」

フィンスが顔を上げ、ふと気づくと。
ローランデとマレーだけは、脇目も振らず凄く集中してペンを走らせていて。
つい二人の手元覗き込み、二人が必死でギュンターの悪筆を、真似て書き込んでいるのを見た。

ヤッケルが横で頷きながら
「あいつら、凄く真面目」
と言うので、フィンスも頷く。
「…逆に手抜き出来て、楽だと思うんだけど」

シェイルが顔を上げてフィンスとヤッケルを睨み
「普段二人とも凄く字が綺麗で、それが当たり前だから、苦労してるんだ!」
と、ローランデとマレーを庇った。
が、ローフィスが視線送ると、二人は庇われてる事すら、聞こえてない様子。

その時ローフィスは、自分が二人にどれだけの無茶を突きつけたかが分かって、顔を下げて呻く。
「ローランデ、マレー。
無理に手伝わなくていいぞ…」

シェイルに小突かれ、やっとローランデは気づいて
「え?!」
と聞くから。
ローフィスはまた、言った。
「悪筆書くのが辛いなら。
手伝わなくて良いって、そう言ったんだ」

ヤッケルも大いに頷く。
「俺とフィンスぐらい、楽しんで字を崩せなきゃ。
手伝いは無理だぞ?」

けれど言われた途端、ローランデだけで無くマレーまでしゅん…とするので、リーラスは目を見開き、二人が気の毒になって、ぼそりとつぶやく。
「別に手伝いたいって言ってるんだから、いいだろう?
手伝ったって」

ローフィスが気づいて顔上げると、ローランデとマレーはそれを聞いて嬉しそう。

ローフィスはまた、顔を下げ、ぼそりと言葉を付け足した。
「いや別に、手伝いが要らないと言ったんじゃ無く。
苦行を無理して、しなくていいって意味で…」

そして顔を上げ
「手伝いたいなら、勿論歓迎だ!」
そう笑顔で言い切ると、ローランデとマレーは顔を見合わせ、嬉しそうににっこり笑うもんだから、ローフィスはまた、顔を下げた。

「(要するに、する事がどれほど面倒で大変でも。
仲間でいたいんだな)」


暫くして、ギュンターとディングレーが片手に三つずつ。
両腕で6コ。
二人で合計12のバスケットを運んで来ると、ヤッケルが派手に拍手した。
ぱちぱちぱちっ!
「やったっ!メシだっ!」

ディングレーがバスケットを置きかけて、気づく。
リーラスの持って来た二人分の料理を、全員が分けて食べていて、リーラスは
「俺の分も、あるんだな?!」
と殺気立って怒鳴ってる事に。

ギュンターはバスケットの一つをリーラスに差し出す。
リーラスは嬉々として受け取り、さっさと蓋を開けて手を突っ込み、サンドイッチを持ち上げて口をあんぐり開けた。

「…そーいやあんたはみそぎ、行かなかったのか?」
ギュンターにそう聞かれ、リーラスはギュンターを見上げて言葉を返した。
「あいつらが、一晩で済むと思うか?
当然、明日の夜も出かけるだろうさ!
が、俺はメシをここに届けた後、奴らに合流する気でいた」

それを聞いて、マレーが顔を上げて尋ねる。
「ここに居る皆さんは、自宅に帰らないんですか?」

ヤッケルは口をもぐもぐさせながら説明を始める。
「ローランデの自宅はシェンダー・ラーデン北領地で遠すぎてとても帰れないし。
俺は二ヶ月に一回くらいと、決めてる。
じゃないとめちゃくちゃ多い姉弟に、みやげをたかられても。
何とか用意出来るから」

マレーは目をぱちくりさせた。
「…そんなに多いんですか?」
フィンスがヤッケルに振り向く。
「13人目が、産まれたばっかだっけ?」
ヤッケルは頷く。
「今ヘタに帰ると子守させられ、休むどころじゃないから。
フィンスんとこに押しかける気でいた。
コイツん家、いいぜ。
大貴族だけどやたら煌びやかじゃ無いし、堅苦しくも無い。
第一、食い物が美味い」

ディングレーはバスケットから取り出したサンドイッチを口に入れようと、口を開けた所で尋ねた。
「俺のコックと、どっちが美味い?」

ヤッケルは正直、ビシっと格好いい取り巻きいつも引き連れ、三年になって敷居の高くなったディングレーに突然話しかけられ、内心ビビったけど。
ついタメ口で言い返す。
「フィンスん家は、田舎料理で。
あんたんとこは、高級食材使った洒落た味だから。
それぞれ違って、比べられない」

ヤッケルは言った後、タメ口で睨まれないか、こっそり覗ったが、ディングレーは頷き
「なるほど」
と言って、サンドイッチにかじりついた。

リーラスは口にいっぱい詰め込んで、呻く。
「ら…しかに珍…らし…い具材の組み…合わせだが、やたら美味い…」

ギュンターもタルトを口に次々放り込むと、頷く。
「滅多に食べれない、高級料理ばかりだしな!」

ディングレーはギュンターが、両手でぽいぽいタルトを次々口に放り込むのを見て、呆れた。
「…山盛りの大皿で三皿、平らげてきた所だろう?
…まだ、入るのか?」

「ヤツのアバラを見ろ!
入学前の旅で、よほど食べられなくて飢えてたんだ!」

ギュンターは歯を剥くと、言った言葉の主に振り向く。
「確かに獲物が捕れない時は飢えたが!
いつもって訳じゃない!
どっちかってーと、食べる量より動く量が勝って、太れなかっただけだ!」

けれど皆、戸口から突然口挟む声の主に振り向くと、揃って目を、まんまるに見開いた。

乱れた赤毛を肩に垂らし、鳶色の瞳をキラリと光らせ、オーガスタスが右手を戸に。
左手を腰に当て、少し息を切らし、立っていたから。

「…なんで戻ってる?
アスランはどうなった?」

代表で聞くローフィスに、オーガスタスはぼそりと言いながら室内へと入り、リーラスの横に陣取ると、バスケットの中身を物色し始める。

「詐欺師を連行しようとしたら、玄関で護衛連隊の騎士と鉢合わせ。
結局詐欺師を、その場で引き渡した。
ディアヴォロスのいとこの宮廷警護の長、アドラフレンの指示だそうだ。
…お前、ディアヴォロスに連絡入れたろう?」

ローフィスは目を見開いたまま、言葉を返す。
「…入れたけど。
まさかそれ言うため・だけに、わざわざ帰ってきたのか?」

オーガスタスは美味そうなローストビーフがたっぷり挟まったバンズを取り上げ、口へ持っていきながら言い返す。
「アスランは仲の良い義母と、やっと二人っきりで過ごせるんだ。
遠慮してやるのが正解だろう?」

ギュンターが、顔を上げる。
「…義母と、そういう仲だったのか?」
オーガスタスが即座に言い返す。
「勘ぐるな。
幾ら義理とは言え、親子というより姉弟。
お邪魔虫の詐欺師が仲の良い二人の間に割って入っては、義母を恋人扱いし、アスランに対しては丁重な態度だが、完全に邪魔物扱いしてたからな。
だが二人とも、亡き旦那で父親の知り合いだと、ずっと我慢してたから。
ヤツが屋敷から出て行って、まるで宴会。
二人はずっとひっついて喋り同士で、女同士が喋ってるみたいで俺は居心地悪いし」

ローフィスはつい、尋ねる。
「…それでお前…着いた今日のウチに屋敷に入り込んだ男を、詐欺師だと暴いたのか?」
オーガスタスは食べながら肩を竦める。
「俺は、この体格だ。
亡き旦那と知り合いだという証拠を見せろと持ちかけたら。
持って来るとか言って、部屋に戻り。
ノックせず扉を開けてみたら、ビビって金と宝石鞄に詰め込んで、逃げ出そうと準備してやがったから、逮捕は簡単」

ローフィスは大きなため息吐き、背を背もたれにもたせかけて言う。
「…俺じゃ、よっぽど用意周到にビビらせないと、怖がって夜逃げの準備なんて、して貰えない」

けれどオーガスタスは、ジロリとローフィスに視線を送り、呻く。
「その代わりどんな相手でも、直ぐ心を開いて親しく接しられるじゃないか。
俺は努めてにこにこしてないと、大抵の相手に怖がられる」

突然現れた『教練キャゼ』のボスの迫力に皆が黙り込む中。
ヤッケルだけが、軽口叩く。

「どっちもそれぞれ、利点があるから良いじゃないか」

皆が御大とローフィスの会話に平気で口挟む、ヤッケルの度胸にぎょっ!とした。

けれどオーガスタスは
「違いない」
と言って、バンズにかじりつく。

ギュンターだけは、オーガスタスの姿に皆言葉を控えてるのを見て
「?」
と首捻ってた。

けれどその時、空いてた扉から突然、アイリスまでもが姿を見せる。

流石にその時、オーガスタスもローフィスも。
口に入れた食べ物を飲み込まず、目を見開き、濃い栗毛を乱して真っ赤な唇で軽く息切れしてる、アイリスを凝視する。

「けほっ!
どうし…ごほっ」

皆、咽せるローフィスの発言を、手に食べ物持ったまま待った。
シェイルが背をさすり、コップを差し出す。
ローフィスは飲み干すと、やっと言った。

「…緊急事態か?!」

アイリスは一瞬ぶすっ垂れると、室内は人でびっしりすし詰め。
隙間は食べ物の入ったバスケットで埋まってるのを見て、諦めの吐息と共に、戸口にもたれかかる。

「…冗談でしょう。
叔父が既に管理者を送り込んでいたので。
義父も義兄も別宅に追い払われ、ハウリィは最愛の母親と水入らず。
…もう少し居ても良かったんですが。
…でもハウリィが母親と、心置きなく過ごせるのって…何年ぶりかでしょう?
それと…」

言いかけて、室内のメンバーの顔を見回し、ぼそりと尋ねる。
「…ここで報告しても、構わないんですか?」

途端オーガスタスが察し
「ディングレー、ギュンター、バスケット持って俺の部屋に来い。
ローフィス、お前もだ」
と立ち上がる。

リーラスだけが、立つと見上げる程長身の悪友を見上げ、サンドイッチを食べようと口開くので。
オーガスタスは振り向いて言った。
「この後、みんなと合流するんだろう?
お前も聞いといて、連中に報告してやれ」

リーラスは無言で頷き一口囓って、一斉に場を移す為戸口に向かう面々の、後に急いで続いた。

一斉に出て行く上級を、呆けて見守る二年とマレーを。
まだ戸口にもたれかかってたアイリスは見つめ、にっこり笑って言った。
「ここで、時間の遅いピクニックですか?」

が、言った途端オーガスタスの長い手が戸口から伸び、アイリスの襟首掴んで戸の外へと引っ張り出す。
「お前が来なけりゃ、話しにならんだろう?!」
の言葉と共に。

アイリスは襟首引っ張られながらも目を見開き見つめる皆に、笑顔で手を振り…。
そして戸口の外に、姿を消した。

途端、ヤッケルが大きな吐息と共に言葉を吐き出す。
「ああ、びっくりした!」
「気まずかったよね…」
珍しくローランデが、ヤッケルに振り向いてそう言う。

シェイルだけが
「なんで?」
と聞く中、フィンスとヤッケルとローランデは固まって頭を寄せ合い、身を屈めて口々に言い合った。
「…やっぱりディングレーとギュンターって、まだ…?」
フィンスの問いかけに、ヤッケルが頷く。
「…ぽいな」
ローランデが、気まずい理由を口にした。
「でもオーガスタスまで来て。
ディングレーといさかう様子も見せないって…」

ヤッケルが即座に振り向く。
「…だよな!
俺もう、気まず過ぎで。
どうフォローするのか、ずっとローフィスの手腕しゅわん、覗っちまった」
「ギュンターが、どっちが好きか。
見てて分かった?」
ローランデに聞かれ、ヤッケルは首を横に振る。
「…あ、でもやっぱ、よりディングレーと親しい感じ?」

フィンスも小声で言う。
「…それに…、どっか不機嫌じゃ無かったですか?
オーガスタスの態度って…」

ローランデは黙り込むと、無言のまま頷いた。
ヤッケルが、ぼそり…と言う。
「って事はやっぱり、通説では切れたはずのディングレーと、復活で…」
フィンスがうんと小声で、尋ねる。
「オーガスタスが、振られた…?」

その後、ヤッケルもローランデもフィンスも。
沈痛な面持ちで、顔を下げて黙り込んだ。

輪になって内緒話する三人に仲間外れにされたマレーは
「あの…」
と、横で食べてるシェイルに振り向く。

けれどシェイルはローフィスやオーガスタスに怒ってる風で、マレーに
「君だって、思うよね?!
そんな事より、一年のアイリスの報告。
なんで僕らがハバにされて、聞けないのかって!」
と語気荒く言い放つ。

けれど内緒話の三人は相変わらず、ギュンターを巡るディングレーとオーガスタスの心情についての憶測に夢中で、その問題は完全スルー。

マレーは両側に首振ると、どっちにも組せ無いので、諦めのため息と共に、高級食材の挟まれた極美味のサンドイッチに、かじりついた。 
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