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ローフィス私室にて、オーガスタス立ち会いの下、ギュンターの訪問

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 ローフィスはシェイルが。
いつも一人では来られない四年宿舎に一人でやって来て、頬を紅潮させて報告するのを聞いていた。

「サリアス、いつも手首痛そうなのに。
ずっとじっと我慢してたみたいだったのに、ギュンターが気づいて“治るまで剣握るな”って!
他の子も、はらはらする剣振ってて、怪我しそうだったけど。
今日ギュンターが全部注意してくれた!」
「…そうか…で、スフォルツァとかシュルツはどう言ってる?」
「シュルツはね、ギュンターがグループの事情を気軽に聞いて来るから
『顔が凄く綺麗で、寄って来られると綺麗すぎて一瞬引くけど。
話すと凄く気さくで、話しやすい』
ってにこにこ笑ってた。
スフォルツァも
『ギュンターが側に来ると、ミシュランと違って構えなくて良くて、逆になんか安心するから不思議だ』
って!」
「…良かったな」

シェイルがグリーンの大きな瞳をキラキラさせ、頬を薔薇色に染めて嬉しそうなので、ローフィスも微笑む。

「…あいつあれで結構、面倒見がいいから」

突然の戸口からの声に、ローフィスもシェイルもびっくりして振り向く。
オーガスタスが戸口にもたれかかり、腕組みして立っていた。

「…来てたの、気づかなかった」
ローフィスの言葉に、オーガスタスは頷く。
「…だろうな。
お前、シェイルしか視界に入ってないから。
で、話題のギュンターがお前に聞きたいと、そこに来てるんだが…」

と、廊下に顔を向けて、首を振る。

途端、噂話の当の本人、ギュンターがオーガスタスの横から顔を出すので。
シェイルは真っ赤になって
「あ…僕、アスランの様子見に戻らないと…!」
と慌てて腰を浮かす。

ギュンターは横を、顔を下げて駆け去って行くシェイルを見、室内へ歩を踏み入れるオーガスタスに続く。

「…お邪魔だったな…」
オーガスタスの言葉に、ローフィスは軽く睨み付け
「確信犯のくせに」
とぼやいた。

「…だがギュンターが、ディアヴォロスとシェイル、ついでにお前のいきさつについても知りたいと。
俺の部屋にやって来て」
オーガスタスの言葉を遮るように、ギュンターがつぶやく。
「いや昨夜、深酒して運んでくれた礼のついでに…疑問を解きたかった」

ローフィスが、ため息を吐く。
「その疑問って、ディアヴォロスの事か?」
ギュンターは頷く。
「噂でしか知らないが…超有名人らしいな?」

ローフィスは、机に腰寄せてもたれかかってる、オーガスタスを見上げ尋ねる。
「ディアヴォロスの説明も、俺か?」
オーガスタスは肩すくめた。
「俺より詳しい。
それに俺からいきさつ説明するより、お前の口から聞いた方がいいだろう?」
ローフィスは歯を剥いて笑った。
「内情知ってるお前だと、余分な事まで言いそうだから?」

オーガスタスはため息と共に頷く。
「どこまで話し、どこを伏せるのか、俺じゃ判断つかない」

ローフィスは頷く。
そして目前の、シェイルが座っていた椅子に座る、ギュンターを見た。
「さっきの、どこまで聞こえてた?」
ギュンターは顔下げる。
「…ほぼ、全部?」
ローフィスは頷くと聞く。
「嬉しかったか?」
ギュンターは顔を上げ、年上にしては卵形の顔立ちで、年より若く見えるローフィスの整った顔を見る。
青の真っ直ぐな瞳だけが、意志の強さを示してた。

「そりゃな!
初日だし…。
シュルツとスフォルツァに嫌われないのは嬉しいさ」
「昨日酒場でリーラスに、グループにローランデがいて楽できて、再び酒場に顔出せるようになった。
って聞いたらしく…。
シュルツかスフォルツァが、自分にとってのリーラスのローランデになれるかを、聞かれた」

オーガスタスの説明に、ローフィスは呆れた。
「…あのな。
不祥事の後だ。
シュルツだってスフォルツァだって、ずっとミシュランに威張り倒されてる中、グループ生らを支えてきた。
しかもサリアスとアスランは信じられない程の落ちこぼれ。
手抜きしたいなら別にいい。
が、二人を皆に追いつけるようにするには、下級に押しつけ、楽して酒場に行こうなんて考えじゃ、絶対無理だ」

ギュンターは項垂れて、ため息吐いた。
「…だな。
それは感じた。
みんな、萎縮してる。
そうか…スフォルツァはほっとしてたか?」
ローフィスが頷いて、請け負った。
「お前、顔の割に親しみ易いしな」

けどギュンターは歯を剥いた。
「…顔の事は余計だ!」

ローフィスは腕組んで俯き、ため息を吐く。
「…で、ディアヴォロスか…。
ディングレーのいとこで、年若いのに「左の王家」の超大物。
「左の王家」に代々伝わる、伝説の光竜と通じてるから『千里眼』と呼ばれてる。
『光の国』の光竜の事、どれだけ知ってる?」

ギュンターは途切れ気味に言葉を吐いた。
「…『光の民』…で、すら…神と崇める…生き物?
確かめちゃくちゃデカくて、光を餌にして。
英知溢れて、人外の能力を使うと言われてる…」
「そうだ。
人外の力を使う『光の民』の、その神と回路が繋がってるから。
ディアヴォロスの目を通じて見た物を光竜が見、人では見抜けない物を見て、ディアヴォロスに知らせてる」
「…だから、千里眼?」

ギュンターの問いに、ローフィスは頷く。
「なので嘘を抱えてるヤツは、ディアヴォロスと会いたがらない」
「見抜かれるから?」
ローフィスは二度にたび頷く。

「…シェイルの生い立ちは複雑で、母の兄…つまり伯父がどうやら『影』に憑かれていたようで。
シェイルの父親を監禁し、幼いシェイルを道具にして、彼の父と母に言う事を聞かせていた。
父の葬式に、シェイルの母は幼いシェイルを連れ、シェイルの父の親友…つまり俺の父を頼って逃げ出して来た」
「亡くなったのか?シェイルの親父さん」

横からオーガスタスが、腕組みしたまま言う。
「待て」
「…死んでない?
だが葬式って…」

ギュンターはオーガスタスを見た後、ローフィスに振り向く。
見つめられてローフィスは、口を開く。
「…神聖神殿隊付き連隊騎士だった親父は、虫の息のシェイルの親父さんを、東の聖地へ連れて行き…。
数年、意識無くずっと眠っていた。
生き返る保証無いから、親父はシェイルも俺にも。
その事を伏せていた」

「…神聖神殿隊付き連隊騎士って…東の聖地に住む『光の民』の担当騎士だろう?
じゃ…そういうツテがあると、ほぼ死にかけでも、死なないのか?」

ギュンターの問いに、ローフィスは頷く。
「連中、光の結界内で怪我は治せる。
が、監禁してた妻の兄が瘴気に憑かれてたから。
精神的に酷く疲弊ひへいして、目覚めなかったらしい。
ともかく、幼いシェイルが俺の所に来た時。
俺の父ですら、巧妙に隠れてた瘴気に気づけず…。
結局ごろつき雇って襲わせる、シェイルの伯父から。
俺と幼いシェイル連れて逃亡の旅に出た。
…『教練キャゼ』でディアヴォロスに出会い、その時初めて。
シェイルの伯父に、『影の民』の大物が巣くっていたと分かった。
ディアヴォロスと彼と回路の繋がってる、光竜ワーキュラスの千里眼のお陰で。
毒草が分かれば、処方薬も分かる。
ディアヴォロスは神聖騎士を召喚し、伯父を操ってシェイルを我が物にしようとした『闇の第二』を。
憑かれてた伯父から払った」

『闇の第二』と聞いた時。
ギュンターが顔を揺らす。
「…それ、疎い俺ですら知ってる、『影の民』の凄くヤバいヤツだろう…?
巧妙に心の中に忍び寄って…心を読んで操るから、操られててもほとんど気づかない…って、一番物騒な」

ローフィスが、大きく頷く。
「…ディアヴォロスはシェイルに本気で。
…けどシェイルは、子供の頃からずっと居た、俺しか視界に入ってない」
「あんたの、一人勝ちだな」
ギュンターの呟きに、オーガスタスがため息と共に告げる。
「ローフィスに、ソノ気がありゃな。
こいつ、シェイルに惚れてるくせに。
兄貴で居る、なんてのたまってずっと自分、殺してるから」

ローフィスに睨まれ、オーガスタスは肩を竦める。
「兄貴だから。
シェイルが真っ当な青年に育って、妻を迎え子供を作って家族を持ち、幸せに暮らす日を夢見てる。
だから…シェイルを自分のものにするなんて邪道は、出来ないそうだ」
ギュンターはそれ聞いて、頷いて言った。
「…まあそうだろうな…。
兄貴なら。
けどディアヴォロスと三関係で。
『よくディアヴォロスなんて強敵、恋敵にするよな』
って確か誰かが、言ってたのを聞いた」

ローフィスはため息吐く。
「…俺だって『闇の第二』が敵なんて、気づきもしなかったから。
追っ手の伯父さえなんとかすれば、シェイルは真っ当に育つと楽観視してた。
けど俺が思ってるよりシェイルはもっと、絶望していて…」

ギュンターは、大きく頷く。
「『闇の第二』が敵じゃ、無理無いよな…。
アースルーリンドの最高能力者、神聖騎士らですら手こずる相手だろ?
一介の人間じゃ、手も足も出なくて怖がるのは当然だ」

ローフィスも項垂れる。
「…つまり、ディアヴォロスが居なければ。
シェイルは救えなかった。
普通、助けた男がこの世でも最高ランクのいい男なら。
そっちに飛び込むよな?」

けどオーガスタスは、にっこり笑って言った。
「だがシェイルは。
一介の人間なのに気迫で『闇の第二』を遠ざけ、シェイルを護り続けた、ローフィスを選んだ。
物の分かった、いい子だよ、ホント」

「…つまりディアヴォロスは振られて…けどシェイルの為には、いつでも力を貸すと?」
「そこだよな。
こいつ…未だに“兄貴”捨てられず。
かと言って惚れ込みすぎたシェイルと二人きりだと、自制がまるで出来ないと…ディアヴォロスに助けを頼んだ」

「助けって…」

ギュンターのつぶやきを聞き、オーガスタスはローフィスを見た。
が、ローフィスが項垂れたままなので、口開く。
「シェイルが自分を求める半分を。
ディアヴォロスに代わって抱いて欲しいと」

ギュンターは呆れ果てて言った。
「あんたそれ、気が狂ってる」

ローフィスは項垂れたまま、つぶやく。
「…みんな、そう言う」

オーガスタスも頷きながら、けれど言葉を足す。
「俺も見てるが。
シェイルが危機になるとローフィスは理性が完全に飛び、危ないったら無い。
ディアヴォロスも、シェイルが絡むとローフィスは理性無くして突っ走り、早々に命を落としかねず。
シェイルはローフィスを失ったら、嘆き悲しんで到底生きて行けず、自ら命を断ちかねないと判断し…。
それで三人で絶妙なバランス取って、付き合ってる」

「……………………………………」

ギュンターの沈黙が長くて、オーガスタスは尋ねる。
「意見はナシか?」

「いやその…」
ギュンターが言い淀み、顔を下げるので。
オーガスタスも、ローフィスですら、俯くギュンターを覗き込んだ。

「…聞いたこと無い関係で、想像も付かない。
第一あんたが理性無くすなんて…」
と、ローフィスを見る。

オーガスタスは笑った。
「よっぽど…だろう?」
聞かれたギュンターは、頷いた。

「って事で、ローフィスもシェイルも、ディアヴォロスとは親しい」

ギュンターは横の、オーガスタスを見て聞く。
「つまりディアヴォロスは。
シェイルだけで無く、ローフィスも守ってる?」
ローフィスが、訂正する。
「頼むと、力を貸してくれるんだ!」

ギュンターが、素直に頷いた。
そして聞く。
「ディングレーとも、親しいのか?」

ローフィスが、ぼそり…と呟いた。
「いとこで、兄貴のグーデンより頼りにしてる。
だがディアヴォロスは光竜と繋がってて、王家の人間に頼りにされる大物で。
いつも忙しい身だから、迂闊に相談も出来ず。
それで身近な兄貴として、俺に良く、くっついてるんだ」

ギュンターは意外そうにローフィスを、マジマジと見た。
「ディングレーがあんたに惚れてるんじゃ無くて?」

ローフィスが、きっ!と睨むので、オーガスタスは苦笑し、代わって言った。
「兄貴として、惚れ込んでる。
お前、俺に惚れてるか?」

オーガスタスに聞かれ、ギュンターは顔下げて考え込む。

ローフィスはオーガスタスの目が、見開かれるのを見た。
組んだ両腕振り解き、慌てて叫んでる。
「即答しろ!
してくれ!!!」

そのひきつった声を聞き、ギュンターは俯いたまま囁く。
「まあ…あんたぐらいいい男なら、男でも惚れる。
別に女で間に合ってるから、抱き合いたいとは思ってない」

ローフィスはそれを聞いて、オーガスタスが心からほっとしてる姿を呆れて見た。

「お前、ディングレーに
『手でも口でもシてやる』
と、のたまったろう?」
ローフィスがそう聞くと。
オーガスタスは途端、ぎょっ!としてギュンターを凝視するのを、ローフィスはまたまた、目撃した。

「手はまだしも…口でも出来るのか?」
ローフィスのその質問に、ギュンターは顔を上げる。
「あんた、手が限界か?」

聞かれてローフィスは、俯いて答えた。
「…シェイルならまだしも、相手がディングレーなら。
手でも躊躇ためらうし、女がいたらそっちに頼む」

ギュンターはじっ…と、ローフィスを見た。
「…そんな、敷居高いか?
困ってたら口だろうが…どって事無いだろう?」
「じゃ、ケツはどうだ?」
オーガスタスに聞かれ、ギュンターは振り向く。
「そこまで出す気は無い。
口が限界だ」

ローフィスは複雑な表情の、オーガスタスを見つつ、尋ねる。
「それ、どういう基準で?」

ギュンターは聞かれて…手を振り上げ、説明しづらそうに口開く。
「別に、女にはいつもするし…。
ディングレーは親切にしてくれて好意もあるから、別にさほど抵抗はない」

オーガスタスが、腕組みして睨む。
「じゃもし俺相手でも!
口で出来るのか?」
今度、ギュンターは即答した。
「困ってる時で、頼まれりゃな。
看病の範囲だろう?」

その言葉に、オーガスタスもローフィスも顔下げ、暫し固まった。

「…つまり…性技でなく…看病?」
ローフィスの質問に、ギュンターは頷く。
「一番上の兄貴が、直ぐ下の兄貴に、怪我して動けない時頼んだが。
『吐き気がするから無理』と断られ、俺も試してみたが。
吐き気がこみ上げ、やっぱり無理だった」

それを聞いた途端、オーガスタスが笑顔で、ほっとしたように告げる。
「じゃ、ディングレーも俺も。
やってみたら無理かもな!」

が、ギュンターは顔色変えずに言い放つ。
「兄貴の時は餓鬼だったが。
今はかなり経験積んだから、多分イケる」

オーガスタスが、言葉を詰まらせるのを見て、ローフィスが畳みかける。
「相手が男でもか!」
「別に。
多分、平気だ」

その返答に、途端オーガスタスもローフィスも、思いっきり顔下げて沈黙した。
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