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ギュンターの回想 ジョアンそしてローランデ

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 ギュンターは自室へ戻る道すがら、改めてオーガスタスとディングレーとの体格差を思い知って、秘かに決意する。

“あれに負けない体になる”

けれど質素な部屋へ戻ると、寝台に倒れ込み…昼間の疲れも手伝って、意識が薄れて行く。
脳裏に…なぜか酒場で寝た女性達が浮かんだ。

“あの中でオーガスタスと寝た女は…自分の事を“背だけ高い、ひょろひょろの体”のように思ってないかな?”

ちょっと、切なかった。
けれど女達の中で、一際気の強そうな。
ツンとした黒髪の美女、ジョアナの顔が大きく、くっきりと脳裏に浮かび上がる。

“ジョアナは最初、俺のことなんて鼻にも引っかけなかったな…”

酒場で取り囲む女達は誰もが、『教練キャゼ』のオーガスタスの悪友らと、懇意な女ばかり。
新顔で顔が綺麗と、興味本位で寄って来る。

“それでも良かった。
つれなくされるより”

ギュンターはほぼ眠りに就きながら、つらつらとオーガスタスに初めて連れられて酒場に足を踏み入れた、その後の記憶を蘇らせる。

たくさんの女に取り囲まれるのは…正直楽しかった。
しかも、オーガスタスの連れだったから。
やっかむ男にいちゃもん付けられ、喧嘩売られることも無い。

それでつい…どの女にも愛想良く接していたら、どんどん数が増えて行くのに気づく。
酒場に行くと、必ず複数の女達に、誘われるようになっていた。

殆どの女はその場で、酒場の上。
寝台のある個室に誘って来る。
情事目当てで。

けれどタマに
「昼間、外で会えない?」
と言われ、二・三度講義を抜けて出かけた。

彼女の手料理を持って、ピクニック。
野原で彼女が花を編んでた時、髪に飾られそうになった時は…流石に拒否した。
一度なんかは
『子守がいなくて』
と、小さな弟を連れて来られ…けれど相手の女が困っていたから。
小さな弟を肩車して担ぎ、遊んでやった。
弟が二人居たから、どうすれば喜ぶか分かってたし、別に苦も無かった。

親密には成れたし、もっと相手のことが分かった。
けれど結局…酒場で誰に誘われても断らなかったから。
次第に…外での誘いは減り…俺と二人きりで真剣に付き合いたい女は、引いて行った。

仕方無かった。
断るなんて、出来ない。
選択として、始めから無かった。
地元で妻をめとるためには。

…地元の女達は手強い。
『気の強い美女なら、ナレス地方の女が一番。
情事は情熱的で、惚れた男の為に一生を捧げる』

そう、他の土地では評判だが…地元の男達は、そんな女達に惚れられるには、どれだけ敷居が高いか、思い知っていた。

『惚れられるためには、見目より情事。
どれだけ身分の高い男だろうが。
情事がヘタなら、木こりより劣る』

だから地元の男達は“成人の旅”と称し、少年から青年へと成長するその時期、外に出て情事の腕を磨く。
その後地元に戻り、気高く美しく、強く愛情深い女の愛を、勝ち取る事に挑むか。
それとも…もっと簡単に手に入る旅先の女と、よその土地で暮らすか。
男達にとっては将来を決める、大切な旅。

だが旅を終えても殆どの男は、地元へ戻る。
例え情事の腕が磨けなくとも。

アースルーリンドを取り巻く巨大な崖に最も近く、真っ先に盗賊の襲撃を受ける、過酷な土地。
…けれどどの土地より、住民の結束力は強い。
どんな身分の者だろうが。
誰もが大切な仲間として扱う。

見捨てることなど、決してしない。
誰もが命の重さを思い知っていたから、どんな命だろうが護ろうと、懸命になる。
例え小さな子供だろうと、仲間を護るために戦う。

仲間の為に生き、仲間のために死ぬ。
それが当たり前で、誰一人疑問を抱かない…。

ギュンターは叔父と旅をし、他の土地では身分の高い者や金持ちが丁寧な扱いを受け、貧しい者は邪険にされるのを知って、驚いた。

更に自分の顔が特別で、盗賊にとっては高価な宝石程の価値があると思い知ったのも、この時だった。
最初はなぜ追われるのか分からず、けれど直ぐ慣れ、酒場で盗賊を見かけた叔父が合図を寄越すと、直ぐ逃げまくるのが常となった。

あんまり逃げてばっかいたから、叔父に聞いた。
「他の奴らも“成人の旅”はこんなか?」
叔父は即答した。
「馬鹿言え!
他のヤツはゆっくり女を見つけ、口説いてる暇がたっぷりある!
こんなじゃ、ロクに情事の腕を磨く暇もないから、地元で嫁貰うのは諦めるしか無い。
…お前、いっそ男に走れ!
女役やってりゃ、かなり楽だぞ?」

けどギュンターは歯を食い縛って盗賊から逃げながらも、分かってた。
“…だから。
女役は無理だ。
まどろっこしくてやってられない。
攻める方が好きだし、性に合ってる”

…だから酒場でいっぱい女達に寄って来られた時。
正直
“『教練キャゼ』に入って良かった”
そう思えた。
旅先でろくすっぽ情事の腕を磨く暇の無かった、ハンデを埋められる。

女達はみんな綺麗で、いい匂いがして、まろやかで柔らかだった。
だから、思った。
“この中の誰かに惚れたら。
そしたら『教練キャゼ』を卒業し、近衛に進んで地元を離れて所帯が持てる”

どの女との情事も、最高だった。
なのに…どうしてこの中の、誰か一人に心を奪われないんだろう?

ずっと…自問自答し、だから…寄って来る女を断ったことは、一度も無い。

誰もが好きになれた。
なのに、惚れない。

“ジョアナはいつも、そんな俺をきつい目で見てたな”

黒髪に白い肌。
そして赤い唇に、青の瞳。
整いきった顔立ちで、高貴にすら見えた。
彼女自身もそれを知っていたから、酒場に来ては近衛で大出世しそうな大物を狙っていた。

だから…俺なんかを追いかける女達を、あざ笑ってた。

なのに、突然。
本当に突然、目の前に立って
「私を誘って、いいのよ?」
と言う。

正直、呆けた。
「いいのか?」
と聞くと
「いいわ」
と言うので…一緒に酒場の上に上がり、一時を過ごした。

確かに他の女と比べると、高級な感じがした。
品も良かった。

けれどサリーは愛嬌が有り、レナは愛情深い。
テッサはクールに見えて、寂しがり屋。
アイリーンは…好きな男に死なれて以来、男に惚れられなくて困ってる…。

それぞれが、愛しかった。

ジョアナと一度寝た後。
ジョアナは俺と寝る権利は自分にあると…他の女達を押し退けた。
だから…言った。

「悪いが、君と付き合って無い。
だから君じゃ無く、先に誘ってくれたリーナと上に上がる」

ジョアナはそう言った俺を、心底驚いたように目を見開いて見た。
どれだけの数の女がいようが、自分が優先されると思っていた、その思惑が裏切られ…。
女王のような扱いを求める彼女に、その後俺は、思いっきり恨まれると思ってた………。

けれどその後、順番を待つようになった。
取り巻く女の一人として。

ギュンターは不思議だった。
けれどある日、たまたま耳にした。

「誰がギュンターを惚れさせるか、競争よ?
けれど彼に惚れる女が出来たら。
潔く身を引くわ」

ジョアナが他の女にそう言ってた。
少し年上の、色っぽく気の良いアンナはしなを作ってつぶやく。
「気持ちは、分かるわ。
ギュンターって…愛してはくれないけど、本当に大切に、抱いてくれるのよね」

他の女達も頷いていて…そした誰かが言った。

「付き合って無いのに。
お姫様のように扱って、イかせてくれる男なんて、この酒場のどこを探したっていないもの」
「そう。
だから…“誰に誘われても断らない、都合の良い男"
って、軽蔑して切り捨てられないのよね…」
「明らかに、ヤりたいだけの男とは、全然違うわ」
「一度だって自分本位にコト進めたり、人を性奴隷のように扱ったりしないのよね…」

女達は皆、無言で同意し、頷いてた。
正直、それを聞いて項垂れた。

どこかで…誰かに、惚れると思ってた。
けれど、どうしても…。
どこかで止まって、それ以上心がついて行かない。
誰もが好きで…けれど
“惚れてるか?”
と聞かれても…多分、首を横に振る。

心のどこかが凍り付いていて…どうしても“好き”以上になれなかった………。

旅を共にした叔父貴に言われた。
“きっとお前の実母が、自殺に近い事故でお前を残し死んだことが、尾を引いてるんだ。
幼い頃だからと、忘れきってると思いたいだろうが。
心に深く、突き刺さってる。
だがいいか。
諦めるな。
真の愛を知らなければ、人は決して幸福には成れない。
そしてな…人は、幸福になるために産まれて来てる。
真の愛を知るまで、歯を食い縛ってでも生き続けろ。
幸福を知らずに、決して死ぬな。
分かったか?"

ギュンターはまた、ため息を吐く。

その時、ジョアナの顔が薄れ…突然。

なぜか突然、ローランデの姿が浮かび上がった。
北の生まれの、息を飲むほど白い肌。
高貴な“剣聖"と呼ばれる、常人とは違い汚れ無き聖者のような彼。
シェンダー・ラーデン北領地の守護神となるべく鍛えられた、人を超えた動きで繰り出される、殺気を帯びた剣。

湖水のように澄みきった…人であらざる高潔な青の瞳。

ギュンターはその時、あんまり驚いて目が覚めた。

室内は朝陽が差し込み、身を起こしたものの暫く、浮かんだ人物があんまり以外で。

どう考えて良いのか分からず、呆け続けた。
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