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デルアンダー私室の客室にたたずみ思いを馳せるセシャル

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 シャクナッセルはデルアンダーに宛がわれた部屋に閉じこもり、チラ…と扉の向こうを見やる。

若草色に金の縦筋模様の入った、落ち着いて洒落た壁紙。
クリーム色のカーテンの下がる、天蓋付きの寝台。
テーブル等、木の装飾は全て柔らかな色相の白木。
寝台横にはソファが置かれ、クリーム色の暖炉があり、鏡も置かれていた。
ソファも寝台にも、金刺繍の入った若草色の、ふかふかなクッションが幾つも置かれ、若草色とクリーム色が基調の、明るく優しい部屋だった。

さっき…ディングレーの部屋からデルアンダーの私室に通され、恥ずかしさに顔が上げられなかったけど。
デルアンダーはあくまで紳士的に、この部屋に案内し
「好きに使ってくれていい。
ガウンはあるけど、着替えが必要だな…。
食事は?
夕食はまだだろう?
…多分まだ、用意は出来てないから。
軽食を届けさせるけど…お菓子でも構わないかな?」
と尋ねてくれた。

シャクナッセルはグーデン私室の幾つかある部屋の一室に、私物を置いてきた事を思い返す。
けれど胸に下げたロケットの中の、ミニチュアの母の肖像画さえあれば…それで満足だった。

「ええ…お菓子を頂きます」
顔を上げ、何とかシャクナッセルがそう返答を返すと、デルアンダーはやっと顔を上げてくれたと安心し、シャクナッセルと目を合わせて微笑み…。
そして頷いて、部屋を出て行った。

シャクナッセルは、赤らむ頬に手を当て、どうしてこんなに、顔に出してしまうのか…。
そんな自分に、戸惑っていた。

二年の時。
タマの講義に出た際、シーネスデスに絡まれ、強引に腕を引かれ
「予定は開いてるんだろう?
グーデンのお気に入りは、今やラナーン。
お前は暇なはずだ」
シャクナッセルはそう言われて、人気の無い倉庫に連れ込まれそうになった。
血走った目は“奉仕しろ”と告げていて、殆ど講義に出る機会が得られないシャクナッセルは、拒絶し、講義に出たくて、抗った。

『そんな時。
デルアンダーは、来てくれた』

「嫌がってるだろう?!」
現れて直ぐ、シャクナッセルを背に庇い、きっぱり言い切る。
シーネスデスは、突然現れた邪魔者に、異論を唱えようとする。

が、相手が悪すぎる。
ディングレー取り巻き大貴族の一人を敵に回すと、連中は連んで後日、報復に出る。
誰もが腕に覚えのある強者ばかり。
しかも仲間の一人に手出ししたとあらば、容赦無し。

シーネスデスは結果、デルアンダーに睨み付けられ、黙り込む。

平貴族では一番威張ってるシーネスデスですら。
ディングレー取り巻き大貴族の筆頭デルアンダーは、良くて相打ち。
悪くすれば…徹底的にボコられる。
上手く相手を倒しても…後日報復を受け、寝込む羽目になる。

睨み返すものの、ディングレー取り巻き大貴族らの怖さを思い知っていたから、顔を背けて引いて行った。

シャクナッセルは思い返す。
『丁度…グーデンが一年のラナーンを引き入れ…自分は以前程、大切にされなくなった頃。
それはそれで…良かった。
グーデンの相手は本当に大変で…辱めないと気が済まず、彼の目前で当時の乱暴極まりない四年らに、寄ってたかって犯され…。
泣き叫び嫌がるのを、見るのがグーデンは大好きで興奮する…。

けれど自分は性技に慣れていたから…乱暴な時は痛みも感じたけど、相手を良くすると、乱暴な四年らも大人しくされるがままに、なってくれた…。

正直、自分はグーデンを気持ち良くはさせられる。
けれど彼の嗜虐嗜好しぎゃくしこうは満足させられず…それは全て、セシャルに割り振られた。
彼の悲鳴は耳を覆いたくなるほどで…。
彼が引き出され、四年の獣らに引き裂かれる様は…見ていて心が引き裂かれた。

けれどセシャルをグーデンに紹介したコルスティンが…。
自分のせいだと、責任を感じたのか。
セシャルのあまりに酷い、打ちのめされた姿を見かね、大金を払いグーデンの嗜虐趣味に合う美少年らを、娼館で見つけ…案内し。
代わりにセシャルを自分専用の相手として、これ以上四年らの好きにさせない約束を取り付けた時。
正直、コルスティンに感謝したほど。

心から、ほっとした。

やがてラナーンが入って来て…。
グーデンは、経験の無いラナーンの処女性に夢中になって…。
それまでグーデン一番のお気に入りと呼ばれてた自分は、お払い箱。
けれどグーデンだって、時には気持ち良くなりたい時、自分を必要としたから。

それ程酷い扱いは、受けなかった。
むしろ…ラナーンがグーデンの酷いお遊びで、セシャルのように…廃人のように、なりはしないかと心配した。
けれどラナーンはセシャルほど純粋じゃ無く、やがてグーデン一番のお気に入りとして、女王のように君臨し始めた。
自分を始め、他の愛玩を見下し、配下らを部下のように使役しえきし…。

でも内心…ほっとした。
みんな…ラナーンを我が儘で威張ってると言うけど…。
本当にグーデンの嗜好に付き合わされるのは、辛い事だから…。
セシャルのように、自分を無くし…心が折れて打ちのめされる姿を見るくらいなら、グーデンにされた事を逆に利用し…生き抜く強さがあるのなら、それで良かった』

セシャルは再び、助けてくれたデルアンダーの事を思い返す。

『自分は愛玩達の中で、一番マシだと思っていたけど。
時折講義に出た際、ディングレーとその取り巻き大貴族らを見ると、思い知らされる。

彼らは別世界の…キラキラした場所にいる。
誰にも屈服させられず、運命さだめと諦める事もせず。
自分を誇りに思い、胸を張って生きている…。

そして…ディングレーにいつも、礼を尽くすデルアンダー…。

なんて素敵な人だろうと…いつも見とれてた。
笑顔が素敵で…優しく、穏やかなのに、非道に対しては決然とした態度を取り、男らしくて…。
年若いのに、騎士の風格持ち、気品もあって…。

いつも…盗み見ていた。
決して届かない、太陽に焦がれるように』

シャクナッセルはそんな過去の境涯を思い返し、自分がその、焦がれてやまなかったデルアンダーの客室にいる事が、今でも信じられずにいた。

ノックの後、扉が開く。
召使いがワゴンを押して、入って来る。

紅茶の、良い香り。
皿に盛られた、美味しそうなクリームたっぷりのケーキ…。
皿は二人分。
召使いの後から、デルアンダーが姿を見せる。

濃い栗色の、身分の高い者特有の長髪。
毛先がカールし、優しい雰囲気を作ってる。
けれどいつも背筋を伸ばし、前を見据える姿勢の良さ。
騎士然とした風格を醸し出し、近寄りがたく思えるのに…ふいにグリンの瞳を向け、優しく微笑む。

まるで…開いた距離を一気に縮めるみたいな、親密さを見せて。

シャクナッセルは自分の高鳴る心臓の音を、聞かれまいと自制を試みる…。

「良かったら少し、今後の事を話したい」
デルアンダーに勧められ、寝台横のソファに腰掛ける。
向かいに彼が座り、シャクナッセルは顔が上げられず
「遠慮無く、食べてくれ」
と勧められて、フォークを取り上げる…。

けれど味が、まるで分からなかった。

シャクナッセルは自分でも、憧れのデルアンダーを目前にすると、自分がこんなにも緊張するなんて、思わなくて戸惑った。

…やがて扉を蹴立てる音と共に、テスアッソンの叫ぶ声。
「デルアンダー!
二年宿舎にグーデン配下が押し入ってる!
シャクナッセルを取り戻しに、ここにも来るかもしれないと!
ディングレー殿の召使いに、警戒するよう言われた。
悪いがここの居間に、暫く待機させて貰う!」

シャクナッセルはデルアンダーが、向かいのソファから厳しい顔付きで、立ち上がるのを見る。
引き締まった…男らしい表情で、武人の顔。

そんなデルアンダーに見惚れ、自分に訪れる危機など気にもならない。

シャクナッセルは居間に続く扉を少し開ける。
テスアッソン始め、他の大貴族らも続々、集まって来る。
皆が自分を護るため、集ってくれてる。

物々しい雰囲気で、皆が厳しい表情をしていたけど。
顔を付き合わせた途端、話し始める。

「ここにも来そうか?」
「いや、二年宿舎に全員押しかけてるようだ」
「助っ人は要るか?」
「オーガスタスが行ってるとかで…」
「なら、要らないな」

“オーガスタス”の名が出ると、大貴族らは一斉に安堵し、次々長椅子に腰掛け始める。

そしてオルスリードが
「何人怪我人が出るか、賭けるか?」
と聞き、モーリアスに
「それより何人無事かを賭けた方が、早い」
と異論を唱えられてた。

皆はそれを聞いて、くつろいだように笑う。
デルアンダーもが。

シャクナッセルは扉を少し開けたまま。
ソファにかけ、冷めかけたお茶のカップを、口に運んだ。
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