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二年ローランデの私室を訪れる講師と、三年大貴族宿舎の衣服提出の様子

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 翌朝、偶然シュルツは二年大貴族宿舎のローランデ私室を、講師がノックし、中へ入って行く姿を見かけた。
忍び足でフィンスの部屋の扉に寄ると、こっそりノックする。

扉が開き、フィンスが顔を出したので、シュルツは小声で、閉じかけるローランデの部屋の扉を目で指し示し、囁く。
「講師が来てる。
…こっちにも、来るのかな?」
聞かれてフィンスはシュルツに寄ると、開いた扉からこそっと、ローランデの部屋の扉を伺い見る。

もはや、閉まってた。

「…こちらから出向く?」

フィンスに問われ、シュルツは頷く。

二人がローランデの部屋の前に立ち、ノックすると。
扉が開いて召使いが顔を出し、扉を開けて二人を招き入れた。

客間のパール色のソファに、ローランデが扉を向いて座っていて、手前の長椅子に、座る講師の後ろ姿が見えた。

ローランデはフィンスとシュルツを見、目前の講師に告げる。
「レナルアンはフィンスの部屋に。
ラナーンはシュルツの部屋に居ます」

講師はそう言われてやっと、振り向く。

フィンスとシュルツは顔を見合わせ、おずおずと近寄った。
講師は色事関係にはとっても初心なローランデの事情を知っていたので、無言ながらも、率先して色事どっぷりのレナルアンとラナーンを引き受けた、フィンスとシュルツの気遣いに頷く。
顔をローランデの方へと戻し
「では、一時的なのか?」
と尋ねる。

フィンスとシュルツは、二人の間の一人掛け用ソファにそれぞれ腰掛け、会話を見守った。

ローランデは微笑んで頷く。
「暫くの間は、グーデン配下は怪我を負っているから、奪還は出来ないだろうと」

講師は頷く。
「確かに、かなりの怪我だったな。
ともかく、グーデンの方から正式な苦情は今のところ、出ていない。
だが問題は、シャクナッセルとレナルアンだ。
学費も生活費も、グーデンが全て支払ってる」

ローランデがフィンスに視線を送り、フィンスは直ぐ、口開いた。
「レナルアンの学費等は私が面倒見ると、約束したので」

講師はフィンスを、少し呆れたように見た。
「…彼は近衛に進む気があるのか?」
フィンスは頷く。
「近衛は給料がいいので。
出来れば、進みたいとの事です」

けれど講師は俯いた。
「向上心があるのは良い事だが。
問題は、卒業出来るかどうかだな。
それにグーデンとこの先ずっと、返せだの何だのと、いさかいは続くかもしれない」

フィンスとシュルツが少し、厳しい表情になる。
が、ローランデは直ぐ、言って退けた。
「彼らが真っ当な生徒として、卒業したいと望む限り。
私は彼らを手助けします」

フィンスとシュルツは、顔を下げる講師を見た。
講師は低い声で呟く。
「心がけは立派だが。
あっちはそれで、収まらないだろうな。
去年のシェイルの時のように。
グーデンを黙らせるディアヴォロスの決定のようなものがあって、グーデンが手を引けばいいんだが…。
あの時ディアヴォロスが庇わなければ、シェイルを奪還しに行ったローフィスは。
王族に無体な行為をしたとのグーデンの言いがかりで、退学になっていた」

ローランデはそれでも。
顔を真っ直ぐ上げて、講師を見つめる。
「でも、愛玩達がこちらに来た以上。
私達はできうる限りの事をします」

講師はけれどしきりに、首捻る。
「…だが…なんで、今年だ?
去年の方が、抜けやすかったはずなのに」

ローランデは、顔を下げて考えてる様子を見せ、顔を上げて
「もしかしたら…」
と言うので、フィンスもシュルツも講師も、口を開くローランデを見つめた。

「…ギュンターのお陰かもしれません。
私も、ディングレー殿も…とっつきにくいと愛玩の皆には思われていて…。
けれど愛玩達が逃げ込める、唯一安全な場所はディングレー殿の私室で。
ギュンターは、ディングレー殿と懇意なので」

そう言って、講師を見つめ、言葉を足す。
「ギュンターは…私から見たら、あの美貌で近寄り難い印象があるのですけれど。
愛玩の皆からしたら、親しみ易いらしくて…。
補習でも、ラナーンがわざわざ会いに来るほどだし、レナルアンもとても好いています」

フィンスとシュルツは今度、言われた講師を見る。
講師は、目を見開いた。
「…なる程。
確かに去年のディアヴォロスは、君らよりもっと敷居が高い印象だし。
ギュンターは…先日、女性達が押しかけたそうだが…。
君らより平貴族な分、愛玩達も話しやすいのかもな」
と言うと、席を立つ。

「…ともかく、相手グーデンは王族だ。
ここでは君らに迷惑もかかる。
明日からは週末。
その間に、三年宿舎に移った方がいい」

そう言いながら、一緒に席を立って扉へと歩き出す、横に並ぶローランデに告げる。
ローランデは頷くと、扉を開けて出て行く講師を、見送った。

戸口で振り向き、残念そうにフィンスを見ると
「ごめん。
また今週末は、君のお宅に出向けそうにない」
と、謝った。

シュルツがフィンスに振り向くと、フィンスは感じ良く微笑んで
「いいよ。
私もレナルアンの世話があるし」
と言葉を返してた。

シュルツはつい
「お前らホント、野郎には上品過ぎ」
とぼやき、二人に突然見つめられ、顔下げた。

召使いに
「食堂で朝食の準備が出来ました」
と告げられ、ローランデは微笑んで
「ミーシャが起きたら、食事を運んであげて」
と指示を出し、軽く会釈して下がる召使いに頷いて、扉を開く。

追いついたシュルツに
「起こさないのか?」
と聞かれ、ローランデは頷く。
「とても…疲れてる様子で、夕べもロクに話さず、休みたい様子だったから。
それに…さっき扉を開けたら、熟睡してるみたいで…」

シュルツとフィンスは顔を見合わす。
「ラナーンも…処方した薬のせいか、やたら眠いらしくて。
まだ寝てる」
シュルツが言うと、フィンスは顔下げた。
「レナルアンは…起こすと五月蠅いから、起きて来るまで寝かすことにしてる」

ローランデとシュルツは、気の毒そうにフィンスを見た。

ローランデがそっ…とシュルツに囁く。
「…自覚無いけど…私は、野郎っぽくない?」

シュルツは目を見開く。
「全然。“貴公子”としか、呼べない」

ローランデが今度、フィンスを見る。
フィンスは微笑む。
「私の実家は、野郎言葉なんて話すと、父が睨むからね。
“上品だが、男らしい”が父の目指す処で、実はお祖父様がそう。
凄く男らしいのに、所作も言葉も凄く上品で、粋なんだ。
けどそれって…誰がやっても似合ってるとは、思えないけどね」

シュルツが笑う。
「お祖父様には似合っても、父君には…似合わない?」
フィンスも笑う。
「父は正直言って、無理して上品してるって、バレバレで。
野郎言葉話した方が男らしい」

シュルツとフィンスは笑ったけど。
ローランデは顔を下げる。
「じゃ…それとは逆だけど…。
私が野郎言葉を話したら…変?」

シュルツとフィンスはローランデを見つめ、思いっきり頷いた。


 三年大貴族宿舎では、モーリアスがクローゼットの奥にしまい込んだ、華やかな衣服をデルアンダーの部屋に運び込む。
シャウネスはラッセンスの部屋に、衣服を運び込んだ。

シャクナッセルは恐縮したようにモーリアスを見つめたけど。
モーリアスは自ら両手いっぱいの衣服をシャクナッセルの寝台の上に放り投げ
「…俺には全然、似合わないから。
気にするな」
とシャクナッセルに告げていた。

デルアンダーも少し離れた場所で腕組んで見ていたが、フリル付きだったり、バラの刺繍が入ってたりして、とても華やかで煌びやかで
「確かに…」
と笑いをこらえ、呟く。

シャクナッセルはどれもとても手の込んでいて、高級な衣服を見
「こんな美しい衣服を、こんなにたくさん頂くなんて」
と手に取って見つめてる。

モーリアスは思わずデルアンダーを見、首を横に振る。
「…シャクナッセルには、性格的にも似合う」
と、感想を述べていて、デルアンダーはこっそり、吹き出した。

モーリアスはシャクナッセルに背を向けると
「実は、まだある。
叔母がやたら、送って来るんだ。
餓鬼の頃はお人形代わりにされ、毎度着せ替えに付き合わされた」
と、むすっ。とした顔で言うと、自室に取りに戻る。

モーリアスが出て行くと、デルアンダーはこっそり、笑い続けた。
怪訝けげんな顔のシャクナッセルに、デルアンダーは
「ああ失礼。
彼、顔だけ見てると女顔で愛らしいけれど。
中身はバリバリの硬派で、凄い乱暴者だから」
と説明する。

シャクナッセルはそれを聞くと、俯いて
「外観通り見られたら…モーリアス殿、そざかし不満でしょうね…」
と、モーリアスに同情した。

ラッセンスの部屋でも、シャウネスの持ち込んだ衣服をセシャルが見つめる。
どれも洒落た刺繍が、所せましと入っていて、たいそう豪華に見えた。
「…こんな…手の込んだ衣服を、普段着に?」

ラッセンスがシャウネスを見ると。
シャウネスはため息交じりに腕を組む。
「従姉が刺繍魔で。
俺は綺麗だから、綺麗な刺繍を入れた方が映えると、毎度クローゼットから無地の服を持って行く。
返って来たと思ったら…このザマだ」

ラッセンスもセシャルもが、シャウネスの今着てる衣服を見た。
彼は基本、白っぽい衣服をいつも着ていたけど。
飾りの殆ど無い、無地。

シャウネスが二人に、憮然として告げる。
「なんだ。
俺は服がごちゃごちゃしてるのは、嫌いなんだ。
気分が落ち着かない」

「…じゃ、従姉はほぼ、嫌がらせしてるんだな」
ラッセンスがぼそり…と言うと、シャウネスは頷きながらぼやく。
「本人は俺を、ハイセンスでゴージャスに出来たと、喜んでいる。
銀髪の一族は基本、無表情なヤツが多いが。
彼女はいつも感情過多で、一族から浮いてる。
劣等感も強いから
“余計なお世話で迷惑だから、止めてくれ”
と面と向かって、絶対言えない。
俺の兄貴らですら、言わない。
面と向かってキツイ言葉を吐くと…彼女、決まって泣くから」

ラッセンスがとうとう、ぷっ…と吹き出す。
セシャルがラッセンスを見上げると、ラッセンスは肩揺らしながら、説明した。
「こいつ…相手に大袈裟な感情示されると、固まって対処出来なくなるんだ」

セシャルは呆然…と、シャウネスを見上げた。

「…つまり…女性に泣かれると…」
セシャルの言葉に、シャウネスは頷きながら、小声で告白した。
「固まった後、どうしようも出来なくて、期を見て逃げ出す」

ぷっっ。
とうとうセシャルも吹き出し、シャウネスは目を見開いて、顔を下げて髪で顔を隠し、こっそり笑ってるセシャルを見た。
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