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ラナーンの事情

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 アイリスはラナーンの剣の練習相手になるつもりで、剣を手渡したものかどうか、俯き心ここにあらずなラナーンを、こっそり覗ってると。
ヤッケルが寄って来る。

気づいたラナーンは、憮然とした表情でヤッケルに振り向く。
「…あんた俺の事、嫌いだろ?」
アイリスが見てると、ラナーンより少し背が高く、体格も良く見えるヤッケルは、頷く。
アイリスは思わず目を見張る。
ヤッケルはここでは、小柄な部類。
けれど全然鍛えてきてない華奢なラナーンと並ぶと、ヤッケルが逞しく見えるだなんて…!

ヤッケルはいつもの陽気さが微塵も見られない、引き締まった表情をし、透ける青い瞳をラナーンに向け、低い声で告げる。
「シェイルを虐めるからな」

ラナーンは艶やかな…薔薇のように見えた。
確かに愛玩するだけある、目鼻立ちが整い華やかさを持ち、柔らかそうな艶のある栗毛と透けた琥珀色の瞳の美少年。

ラナーンは顔を下げ
「シェイルは虐めてもいいんだ。
…あんたの事は…虐めるつもり無かったのに…。
俺を、敵視してたろう?」
と、ヤッケル同様、低い声で呟いてる。

ラナーンの返答を聞き、ヤッケルの眉間が寄る。
「シェイルは虐めていい…って、どんな理屈だ?!」
ラナーンは顔上げると、噛みつくように叫んだ。
「だって!!!
グーデンから守ってくれたのは、怖い者ナシ王族のグーデンですら怖がってる、ディアヴォロスだろ?!
更にあいつの兄貴のローフィスは…!!!」

ヤッケルは腕組みし、顎をしゃくる。
「ローフィスは?!」

ラナーンはまた、顔下げて呟く。
「…たった一人で…大勢の上級にぼこぼこにされても、体張ってシェイルを守るじゃ無いか…」

ヤッケルは…自分も行くと申し出た、その時の事を思い出した。
ローフィスは
「助っ人呼んで来い!」
と言い張り、申し出を退け…。
たった一人でシェイルが拉致された、『教練キャゼ』のかなり外れの荒野に立つ小屋に、乗り込んで行った。

今でも、はっきり思い出せる。
当時自分は二年。
ローフィスは三年。
グーデン取り巻きには、最上級で体のデカい怪物みたいなぞっとする乱暴者がいた。
正直、奴らに立ち向かう事を考えただけで、身が震うほど怖かった。
けどそれ以上に…ローフィスをたった一人で、突入させたくなかった!

なのに頑として、助けを呼びに行けと言い続け…。
気が狂いそうに成りながら。
心臓が破裂するんじゃ無いかと思うほど必死に。
駆けてオーガスタスとディングレーを呼びに走った。
オーガスタスは行き先が分かると、長い足で一気に追い抜いて行き…。
どんどん遠ざかる逞しい背が、どれ程頼もしかったか…!

祈ったほどだった。
ローフィスの無事を。
オーガスタスのあの凄まじい速さが…ローフィスの危機を物語っていたから。

小屋に飛び込むと、ローフィスは血まみれ。
殴られまくり、血を滴らせそれでも…折れぬ青の瞳は健在で、グーデン一味を睨み付けてた。

ボロボロで血まみれなのに…!
なのに痛みに崩れ落ちること無く、シェイルを守るため、気絶するまで戦う覚悟を見せ…!
気づくと自分も、突進して行った…。

アイリスはヤッケルの、真剣な表情を初めて見た。
少し俯き、思い出したかのように微かに…湧き上がる思いに耐えていた。

けれど口を開く。
「…だから、なんだ。
だから虐めていいって!
おかしいだろう?!」
ヤッケルに怒鳴られ、ラナーンは瞬間、顔上げて叫ぶ。
「俺にはそんなヤツいない!
あんな…狂犬みたいな上級生達に、殴られる覚悟で乗り込んで、助けてくれるヤツなんて…!
俺にはグーデンの機嫌取れと、命ずる父親しかいないんだ!
しかも正妻は男の子を産まず、愛人の子の俺だろうが、家名を上げる為には、引き取らざるを得なくて!
けど…俺は…強く無いから…。
だから!」

ラナーンはもうそこまで言って、自分があまりに惨めで顔を下げ、唇を噛んで、ぶるぶる震えた。

アイリスは思わず、正面に立つヤッケルを…そっ…と、伺い見る。
ヤッケルは腕組みしたまま、ぼそりと言い放つ。
「…じゃ、なぜ助けを求めなかった?!
ディアヴォロスはお前だって、助けを求められたら助けたさ!!!」

ラナーンは顔を揺らす。
「…それで…?
ディアヴォロスは俺を…シェイルみたいに面倒見てくれるか?!
…あの頃…シェイルが手に入らず、グーデンは俺を一番のお気に入りにしたんだ!!!
意味…分かるか?
俺はグーデンの次にエライ。
今の四年、ダランドステですら…俺の言うことを聞く!」

ヤッケルは頷く。
「それ以前のお気に入り、シャクナッセルを押し退け、女王気取りだったろう?!」

ラナーンは顔を上げる。
愛らしい顔立ちをしていたけれど…。
その表情は、苦痛で歪んでいた。
「…正妻は俺を憎んでいた。
どんな扱いを受けてたか…お前に分かるか?!
俺を這いつくばらせ…犬の餌を貰うため、頭を石の冷たい床に擦りつけて俺に懇願こんがんさせる!!!
そんな食事は、一日にたったの一度!!!
例え犬の餌だろうが…懇願しないと飢える!!!
…どれだけ惨めな扱いをされたか…少しは想像出来たか?!
だからここに来れたのは救いのハズだった。
だが…グーデンの機嫌を取れと!
親父に、俺は差し出された人身御供だ!」

ラナーンは叫び、もう止まらないみたいに話し続けた。
「…だがお気に入りになった途端…家に戻った時、待遇が…変わった…。
俺が主となり、今度は正妻に俺が!!!
…犬の餌を食わせてやった。
アタマを床に擦りつけて、懇願させてな!
…その時俺は、報われたと思った!
教練キャゼ』でのグーデンの扱いは…!
だって正妻とは形の違う…それは酷い扱いだったからな!!!」

アイリスが見てると、ラナーンはぶるぶる震いながら、泣いていた。
つい…ヤッケルが、どうコトを収めるのか。
そっ…とヤッケルの、憮然とした表情を見守る。

ヤッケルは表情を変えず、口開く。
「…泣けよ。
泣いて、いい。
だが覚えとけ。
こっちに来た以上、もうお前にそんな扱いする者は、一人としていない」

ラナーンが叫んだ。
「約束、出来るのか?!」

ヤッケルはため息交じりに告げる。
「俺一人じゃ、無理だ。
だが二学年筆頭ローランデは、剣さえ握らなきゃ優しげな外観通りの、心優しい貴公子。
お前の惨状に目をつむれない。
…助けようと、力を尽くす。
例え俺が、止めてもな」

ラナーンは壊れたように涙を滴らせながら…呆けた表情で、ヤッケルを見た。

ヤッケルの、組んだ腕が解かれ、ラナーンに差し出され、肩に触れて抱き寄せる。
腕に抱き込むと、囁いた。
「いいから、好きなだけ泣け。
俺はやたら兄弟が多い、上から二番目のお兄ちゃんだ。
弟や妹が泣いてる時。
いつも…こうする」

アイリスはそれを聞いた時。
一瞬、もらい泣きしそうになった。
ラナーンはヤッケルの暖かい腕の中で、静かに泣き始めたから。

テスアッソンがチラ見し、アイリスが涙目で肩竦めて見せると。
顔を俯けてため息吐いた後、微笑を送って頷いた。

他のグループ生らが、剣振る手を止め見つめてるのに気づくと、テスアッソンは一気に叫ぶ。
「よそ見してるな!!!
お前らは剣の腕、磨け!!!」

マレーはつい、じっとヤッケルとラナーンを見つめてしまい…。
向かいに立つディオネルデスに
「まだ、見てる?」
と優しく囁かれ、慌てて剣を、持ち上げた。

アッサリアはつい、いつもお調子者のヤッケルの、懐の広さと心の暖かさに、笑顔で呟いた。
「いいトコ、あるよな!」
が、思わず言った相手が、いつも無表情のフィフィルース。
横に立つフィフィルースに気づいた途端、たじろぐ。
が、無口なフィフィルースは珍しく返事を返した。
「…だな」

アッサリアは感情が無いみたいなフィフィルースの、その返答が気に入って、思わず笑顔で肩を、ぽん。と叩いた。

フィフィルースは肩に置かれたアッサリアの手を見
「そこまでは、ちょっと…」
と、払い退けたそうに呟くので、アッサリアは構わず、揺さぶって言い返す。
「慣れろ!
これが普通の、仲間の触れ合いだ!」

フィフィルースがディオネルデスを見ると、ディオネルデスも顔を少し下げ
「…私もそこまでは、親交を求めないから…フィフィルースに同感だ」
と言うので、アッサリアはマレーを見た。

マレーは、頷いて促すアッサリアを見た後、自分達の肩を持って欲しそうなフィフィルースとディオネルデスをも見た。

迷った末
「僕…も、アッサリアみたいに触れ合うのが…いいと思う」
と答え、フィフィルースとディオネルデスの顔を下げさせ、アッサリアを満開の、笑顔にした。
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