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スフォルツァの期待

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 夕食は言葉少なに進んだが、話題はあの三年に編入した、美貌の編入生だった。

「彼、三年なら一年と二年の合同練習の時、世話役として姿を見せるかな?」
「冗談だろう?
入りたてだぞ?
それ以前の二年間の実績でもう、世話役候補は決まっているさ!」
「どう思う?スフォルツァ」

スフォルツァはその問いに、視線をアイリスに注いだまま、言葉を返す。
「…無理だろう?
ギュンターは新参者だし。
二年も時を一緒に過ごした者達の、輪の中に入るのは大変だ。
孤立しないだけで、大したものだと思う」

皆は新しいボスの言動に感心したし、アイリスもしめしめ。と心の中でスフォルツァの利発さに拍手を送った。

ボスに据えたものの、やり通せない間抜けじゃ困る。
がアイリスはフォークを巧みに使い、大人しくその絶品の味付けの肉を、たいそう上品に口に運んだ。

次第に、その優雅なアイリスの食事風景に皆の視線が集まる。
アイリスは気づくと、にっこり皆に微笑みかけた。
「とても、美味しい肉ですね?」

皆はスフォルツァが、女性を見つめるように彼を頬を染めて見惚れるのに習って。
まるで憧れの少女、のようにその気品溢れるアイリスを見つめた。

アイリスは一斉に注がれる視線に気づいて、喉に肉を、詰まらせかけた。
がいずれその誤解は解くさ。と無理に肉を、飲み込んだ。

食事が終わると案の定、立ち上がるアイリスの背に、スフォルツァが手を、添える。
顔を傾け見つめる瞳は、少女をエスコートする紳士のようで。
皆がつい、スフォルツァに声を掛ける。
「もう、行くのかい?」

スフォルツァは鮮やかな笑顔を皆に向け
「彼の教科書を、見せて貰う約束なんだ」
と嘘ついた。

一人が笑顔で叫ぶ。
「僕も一緒に見ていいかな?
どんな内容か、凄く興味あるんだ!」

教科書は各自持参で、それぞれの家に伝わる書物を持ち寄るものだから、内容は皆バラバラだった。

が、目端の利く隣の一人が、しっ!とそう言った彼をたしなめる。

スフォルツァがじっ。とその言葉に、グリン・グレーの瞳を向けていた。

「お前、邪魔だよ」

たしなめた一人の小声の言葉が聞こえ、スフォルツァは笑う。

けれど教科書を見たがった、無邪気な彼は尋ねた。
「…どうして?」
「鈍いな!」
横の一人が、とうとう憤慨してそう告げる。

アイリスがその無邪気な彼に、すまなそうにささやく。
「スフォルツァと議論の途中で、決着を付けたいから…。
私の教科書に興味があるんなら、別の機会を作るけど、それじゃ嫌かい?」

彼はアイリスの濃紺の瞳が誠実に注がれるのを見て、言葉を返す。
「勿論、見られるなら、いつでもいい」

アイリスは微笑み、頷く。
スフォルツァがすかさずアイリスの背に手を添え、軽く押して促す。

まるで少女を抱くように、スフォルツァがアイリスの背に腕を回すのを、全員が見た。

一人がぼそり。とささやく。

アイリスは自分の物だ。と言う事らしい」

教科書を見たがる一人を除く全員が。
気品溢れる美少年がもう、絶対自分の手には届かないと気づいて、落胆の吐息を吐き出した。


扉を開けてアイリスの私室に入るやいなや、スフォルツァは直ぐ、アイリスの腕を掴み引く。

顔を寄せて来るスフォルツァに、アイリスは内心、舌打つ。

『相変わらず、性急だ…!』

口づけを受けながら、スフォルツァが顔を幾度も傾け、軽くロマンチックに唇を押しつけ、舌を入れて来ないのを幸いに。

アイリスはスフォルツァが顔を離した瞬間、ささやく。
「口直しの食後酒は、君はたしなまないのか?」

スフォルツァは身分の高いアイリスのその習慣に、微笑を送った。

スフォルツァの瞳に映るアイリスは相変わらず、濃い栗毛に囲まれた色白の肌が、深窓の令嬢のようにたおやかで。
赤い唇がとても可憐に見える、素晴らしく美しい少年だった。

見惚れきってるのが、アイリスにも解ったし、その自分をこれから腕に抱ける期待と興奮を隠しきれず、頬を紅潮させ、瞳を僅かに潤ませていた。

が、男らしいスフォルツァのそんな様子は好感が持てたし、彼にそんな顔をされたら大抵の少女は、感激したろう………。

“自分相手ではてんで、お門違いだが”

アイリスは内心そうつぶやき、顔を傾ける。
そして前髪を、スフォルツァの顔をくすぐるように揺らし、言いにくそうに、ささやく。
「実は…来客が来てる」

スフォルツァは目を見開く。
「どこに?!」

そしてがらんとした室内に気づく。
「…まさか、寝室に?!」

アイリスは俯く。
が、スフォルツァはアイリスの耳元に顔を傾け、ささやく。
「君がいなきゃ駄目か?
押し掛けて来たんだろう?
規則違反だ。
俺の部屋に行ってやり過ごそう」

下心が見え見え。
が、これから必要な寝室が使えないなら、素早く場所を変えるそのスフォルツァの機転と頭の良さに、これは剣も相当使えるな。とアイリスは踏んだ。

が、今はスフォルツァを何としても、寝室に連れ込まなくてはならない。

「彼女達につい…君が来る事を告げたら…。
君の、顔を見るまでは帰らないと………」

女好きなら喰い付く筈だ。
が、スフォルツァは小声で叫ぶ。

「女……?!
完全に……見つかったら停学喰らうぞ?!」

「…………………………………………」

アイリスは、スフォルツァに感心した。

彼は今、真面目に。
自分の、心配をしていた。

アイリスは慌てて彼にしがみつく。
「勿論…!黙っててくれるな?」

スフォルツァは当然だ。と真顔で見つめて来る。
「誰にも部屋に入る所を、見られて無いだろうな?」

アイリスは小声で告げた。
「多分………」

スフォルツァは一瞬、考え込むように俯き、そして向き直った。
「俺の顔を見たら、帰るのか?
君の母君と、その友人か?」

息子の交友関係を心配した母親か。
とスフォルツァは当たりを付けたようだ。

がアイリスは首を横に振る。

「叔父の知り合いだ。
男ばかりの教練宿舎に、興味があるらしい」

「大公の…?!
だが非常識だ!
君に迷惑がかかると、考えなかったのかな?!」

アイリスは全く女性に関心を示さない…演技じゃ無いスフォルツァの男らしい態度に、内心感心していた。
もっと、チャラけた色事の好きな男だと。

スフォルツァをそう、見くびっていたから。

だが、いざ彼女達を見てもまだ。
そんな態度が、つらぬけるのかな?

いずれ劣らぬ、豊満な若い、美女四人。

アイリスは、言い訳るように小声で囁く。

「身分の高い女性達だ。そんな気は回らない」

スフォルツァが、素早く言う。
「自分の楽しみが第一だものな。
仕方無い。
顔を出し、早々に引き取ってもらおう」

その男らしい決断に、アイリスは少し胸が痛んだ。

スフォルツァが自分の手を握り寝室に誘い、その手が自分を護るように。
かたく握られたりしたから、よけい。

彼は、いい奴だ。
これから四年、一学年はいいボスを迎えた。

間違いなく。

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