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アイリスに焦がれるスフォルツァの焦り

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 …やっぱり、昼食も味が解らなかった。

各自、自分の取りたい料理を取りたいだけ皿に盛り、フォークで突き刺していると、四年生達は入って来た二年を見つめ、ひそひそと話し出す。

入って来る二年達の中に剣の達人、北領地[シェンダー・ラーデン]大公子息ローランデがいる筈だが…。
意外にそれが誰なのか、見分けがつかなかった。

学年のボス。
と言うのは大抵体格が良く、誰の目にも明らかな程の、存在感がある筈だが………。

見回していると、四年の陰口が聞こえて来る。

「…どうせ今年も、二年のローランデが勝つさ。
オーガスタスに勝機は無い」
「賭けるか?」
「無駄さ!
だがそれでも賭ける気なら、お前から金を巻き上げてやれるな!」
「…違いない!」
そして、笑い声。

その声が聞こえたように、噂する男達のその向こう。
奥のテーブルに陣取った面々が、噂する男達に顔を向け、睨み付けてる。

睨む男らの最奥に、赤毛の獅子と異名を取り、ディアヴォロスが去ったのちの学校のボスと噂される、一番背が高くガタイのいい、オーガスタスの姿が伺い見えた。

喧嘩を売るか?
と顔を伺い見る仲間に、肩を竦め
『言わせとけ』
とそっぽ向き、それより…と別の話題を、仲間に持ち出す。

確かに…オーガスタスはそのガタイに見合い、度量も広いようだった。
些細な事では動かない。

奔放にくねる、赤味を帯びた色味の濃い栗毛を、無造作に腰まで伸ばし。
その体付きは、広い肩幅に胸回り。
そして引き絞りきった腹。

と、それは見事だった。

が良く見ると、その上に乗ってる顔は拍子抜けするほど、小顔。
黙っていると…学校一の猛者。
概評がいひょうの割に、ごつくなく男前だった。

噂していた連中は、オーガスタスと彼を取り巻く一団が諍う様子を見せないのを見届けると、安気に話を続ける。

「それより一年は…。
あの品の良い美少年より、あいつの方が。
余程いい態度だぜ?」

フォークの先がこちらを向いてる。
どうやら、自分の事のようだ。

「三年はディングレーだろう?」

…学年無差別対抗試合の事か………。
スフォルツァは会話の内容に当たりを付け、斜め向こうの、アイリスをチラ…と見る。

剣が使えないから…俺を上にしようとするのか?
だが次の授業は剣を使う。
確かめられるだろう。その腕前を。

頻りにしゃべりかけ、周囲を取り巻く大貴族の同学年生達は、自分をボスと祭り上げ、機嫌を取るように話しかける。
それは…願ったりだった。

入学前、大公の叔父を持つ少年が一番身分が高い。
と、アイリスの事を知らされた。

入学式で一番最後に名を呼ばれた彼を伺ったが、その優しげな外観でつい…自分が勝る。
と、安堵し途端…。

アイリスが類い希な美少年だと気づき…頬が、熱くなったのを思い返す。

対抗意識を持つより先に、アイリスに見惚れた。
だから…本来の彼を、見誤ったのだろうか………。

やっぱり幾ら食べても、味がしない。
ざわめきが起き、授業を終えた三年が入って来る。

背の高い金髪の美貌の編入生は、ディングレーと肩を並べていた。
他の学年が、がっかりする。

二人は対決する様子が無い。

どころか編入生は、孤立する訳でも無く。
学年で尊敬を集める三学年一のボスが、隣に寄り添って面倒を見ていたりする。

途端、四年のテーブルから声が、洩れる。
「あいつ…ディングレーにケツ、差し出したんじゃないのか?」
「自分の愛玩は、幾らディングレーでも殴れないだろうからな」

俺はつい…アイリスとの昨夜を思い浮かべた。
アイリスは…逆の申し入れをした。
本来自分が果たすべき役割を、俺に振る代わりに。

身を…差し出したのだ。

そう思い当たると、切なくなってきた。

つい焦りまくり、アイリスの横に直ぐ付いて
「それだけなのか?
俺に好意は大して無いのか?」

そう…問い正したくなった。

が顔を上げて噂の二人を見る。
「左の王家」の血統の黒髪のディングレーは、三年ながらその体格は素晴らしく、男前で迫力があった。

が横の金髪美貌の男と、背は肩を並べる程同じ長身。
金髪の編入生の、顔の割にさり気なく男っぽい仕草に
『邪推だ。どう見てもあの二人は違う』
と感じ、噂した四年をチラリと見る。

が、あまり女にモテなさそうで、納得した。
やっかんで、見当外れのいちゃもんを付けてる。

そりゃ、編入生はあの美貌だ。
放っといても女が寄って来る。
ディングレーと、デキてる事にしたいのは当然だろう…。

もう一度…アイリスを見る。
つい昨夜の…感じて仰け反る色っぽい彼を思い浮かべると、股間が熱く…。
フォークを握る手が、震えた。

“二学年一身分の高いローランデが、一学年一のアイリスに寄って行くぞ!”

そう…ざわめきが起こる。
皆がその名を小声でささやき、次々に人混みを掻き分け進み行く噂のローランデに振り返るのを見、納得行った。

中肉中背の、しなやかな体付き。
淡い色の栗毛に濃い栗毛の混じる、独特の色の美しい髪。
青く、澄んだ瞳の、聖画の天使のような。

どう見ても、野獣(シェンダー・ラーデン北領地)のおさには見えないほど、見目良く品もいい。

地方大公は、下品なケダモノ領主達の親玉。
その子息とは、誰よりも群を抜いて強い。
代わりに、がさつで下品。

と、相場が決まっていたがローランデは明らかにその風評から、外れていた。

そして…貴公子そのものの、品良く姿も綺麗で優しげなローランデは、体付きもごつくなく、背もさ程高く無い。

ガタイの良さがモノを言う猛者達の頂点、黄金のグリフォン(獅子の姿に羽根の生えた生き物。この場合、学校一の剣士。を意味する)を頂くにはあまりにも…。
ローランデは小柄で、美しすぎた。

が、アイリスに歩み寄るローランデはそれでも周囲を圧倒するカリスマ性を持っていて、皆、ローランデが通り過ぎる度。
決まって誰もが振り向き、こっそり彼を盗み見る。

ローランデは振り向くアイリスに、良く響く落ち着いた声音でささやく。
「まだ慣れないと思うけれど…。
解らない事があれば、いつでも聞いてくれ。
それに、困った事があった時も。
必ず相談に乗ると、約束する」

その、はっきりと告げる穏やかな言葉は、人の心に響くものがあって、アイリスはその素晴らしい貴公子を見つめ、頬を染めささやき返した。

「光栄です。
問題が起きれば、貴方を必ず頼ります」

…だが俺はそのアイリスの言葉と態度に、思いの他、傷付いた。

ローランデは優しげに見えだが、凜とした雰囲気で、微笑み頷く。
ローランデの後ろに噂の、学校一の美少年と名高い、銀髪のシェイルの姿を見つけ、一年生達はざわめき合ったが、アイリスと時を過ごす前なら俺も、噂の彼をもっと間近で見ようと、他に習って首を振ったに違いない。

皆が滅多に見られぬ有名人のように、話終わったローランデと並び、テーブルに移動する銀髪の麗人を。
人の頭を避けて見ようと、申し合わせたように一斉に、頭を揺らし伺い続けた。

が俺は…ローランデの背を見送る、アイリスだけを見つめていた。

胸が…痛んだ。
アイリスは間違い無く、俺よりローランデに敬意を払い、彼を頼りにし…。
そして好意を、持っている。

昨夜、肌を重ねた俺よりも。

意識しなくとも、吐息が漏れる。
アイリスの視界を全部奪って、俺で埋め尽くせたら。

そしたらこの、焦燥感は、消えるのだろうか?

…アイリスがもし、俺だけを見つめてくれて、いたのなら。

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