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学年筆頭についての噂話

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 昼食を取る食堂は…本当に広かった。

入り口は大勢がいっぺんに入れるよう、両開きで広くて、その奥には細長いテーブルが幾列も並んでいた。

奥の壁際には幾つもテーブルがあって、料理の盛られた皿がずらりと並ぶ。

「…凄いね」

僕がつぶやくと、ハウリィは何が凄いのか、見当付きかねた様子で。
でも、頷いてくれた。

けれど中へ入ると、四年の体格のいい、もう猛者と呼べるほど引き締まった顔つきの大柄な男達が。
まだ入学したてで萎縮いしゅくする一年達らの、集うテーブルのその向こうに。
威嚇するように体格をひけらかし、テーブルについて先に食事を始めてた。

料理の皿から自分の分を取り分けようと、奥の料理の盛られた皿の並ぶ、テーブルへと進む。
がその手前には、四年達が食事してるテーブルがあって、顔を上げてこちらをじっと……。
入学式の時恐怖を感じた、猛禽もうきんのような瞳で見つめていて。

ハウリィは震えて、僕の腕をぎゅっ!と握ったけど、僕でさえ、足がすくんだ。

でも彼らの横を通らなければ、料理を手に出来ない…。
僕はぐるっと遠回りしようかと、周囲を見回す。

だが並ぶテーブルの間はもう、四年達がびっしり椅子に腰掛けていて。
隙間もほとんど無くて、うんと迂回しなけりゃならない。

見つめる四年達は、にやにや笑って…僕達がその横を通るのを、待ち構えていた。

僕は、ハウリィに振り返る。
「君が欲しいものを言ってくれたら、僕が二人分取ってくる。
テーブルで、待ってて」

僕の言葉を聞いて、ハウリィは目を見開くから。
僕は言い含めるように、言葉を足した。
「僕のせいで、君まで遅れたんだ。
それ位させて?」

けどハウリィはまだ…心配げに、僕を見つめる。

でも、その時だった。
さっきのようにいきなり、ずい!と肩を振って若い背が、目の前に立ち塞がる。

立ち塞がった彼は、振り向く。
深緑色の瞳を、僕に投げて。

アイリスといつも一緒にいる、あの見目のいい同学年の……。

ローランデに比べればやんちゃな感じの…。
けど僕らより背も高くて、態度もしっかりしてて。
同学年だというのに、猛者の四年をじろり。と睨み付け、僕らにささやく。
「いいから通れ。
行って食い物を、持ってこい!」

僕もハウリィも、頷いていた。
そして彼の背を伝って、料理の皿のテーブルに辿りつくと、必死で料理を皿に盛りつけた。

僕らが戻るまで。
彼はそこで、四年を睨んでくれていた。

僕が彼を見つめると、彼は一つ頷いて、僕らが背を向けた途端、護るように背後に付いて、四年達の視線をその背で、さえぎってくれた。

一年達が群れるテーブルまで来ると、僕は彼にささやく。
「ありがとう」

彼は人懐っこい笑みを、その男らしく整った顔立ちの上に浮かべて笑う。

席に着くと、ハウリィがささやく。
「彼、スフォルツァだ。
同室の子が言ってたけど………」

それがうんと小声で、僕は思わず顔を寄せる。
「…アイリスは体が弱いから、学年筆頭にはならず、多分スフォルツァがなるだろうって」

僕は慌ててスフォルツァを見た。
スフォルツァは取り巻く者達に笑い、席に着き。
そして…アイリスを見た。

アイリスは暫く、スフォルツァを見つめ返してた。
けどスフォルツァにあんまりじっと見つめられ、そっと目を伏せる。

僕はそれを見て、切なくなった。
「じゃ…皆、アイリスよりスフォルツァを…持ち上げるのかな?」

アイリスが間違い無く一番、筆頭にふさわしいのに。
そりゃ、助けてくれたスフォルツァは頼もしかったけど。
乗馬の時のアイリスのように、僕のためにしてくれる感じが…あまりしない。

「義務だから…僕らを助けてくれたのかな?」
そう尋ねると、ハウリィは曖昧あいまいに笑った。

「君はアイリスが…筆頭だといいって、思ってる?」
僕は頷く。
俯く僕を慰めるように、ハウリィは付け足した。
「でも…スフォルツァとアイリスは凄く、仲がいいって」
「そう………」

そう言えば、スフォルツァはいつもアイリスの、側にいた。
でなければ、直ぐ近くに。

次の剣の講習の時。
スフォルツァはアイリスの相手をしようとした子を押し退け、自分がアイリスの相手になってた。

僕は、正面に立つ子そっちのけで、つい伺う。
スフォルツァは、アイリスの後ろに付いて…。
後ろから、アイリスを抱くようにして、剣の振りを教えてた。

「あの二人…もうとっくにデキてるよな?」
くすくすと、忍び笑いがもれる。

「スフォルツァの奴、もうすっかり恋人気取りだ」
「アイリス相手なら、俺だって恋人したい」
「お前の身分じゃ、てんで相手にされないさ!」

僕は思わず、噂してる周囲の子を見回す。

皆、真剣に打ち込んでなんかいない。
アイリスとスフォルツァを、剣を打ち合うフリして、こっそり見つめてる。

また…!
激しく打ち合い始めると…アイリスは決まって、体勢を崩す。

途端、皆が、あ~あ!
と首を横に振る。

「決まったな。
一年筆頭は、スフォルツァに決まりだ」

僕は、握る剣を下げる。
相手の…栗毛のくるくる跳ねた巻き毛のそばかすの子が、僕の様子とアイリスとスフォルツァをチラ…!と見て、言った。

「誰も、真面目にやってないけど…!
振りだけでもしとかないと、マズイよ!」

僕は慌てて顔を上げ、剣を振り上げた。

カン…!カン!

相手の子が、笑う。
「…剣は…使えるんだな!」

カン…!
「どうして?」

相手の子は、屈託無く笑う。
「だって、乗馬はからっきしだろう!」

僕はつい、頬が熱くなった。
「みんな…ここ目指して、訓練して来てる?」

相手の子は、目を見開く。
明るい空色の瞳を。
「当たり前だろう!
第一…ある程度出来なきゃ、付いて行けない!」

カン…!

確かに…皆、乗馬も剣も慣れた様子だった。
つい…その子に尋ねる。

「スフォルツァは…やっぱり、強いと思う?
筆頭になれるぐらい?」

相手の子は、びっくりして剣を下げる。
「…強いだろう?
自分が戦って、勝てると思う?」

僕は、首を横に振る。

けど数人…際だって強そうな子が他にいた。

銀髪の子なんて、背も高かったし隙が無い。
それに暗い色の栗毛の子も。

僕とハウリィを、にやにや笑って見る連中の一人も…乱暴な剣だけど、強かった。

「…スフォルツァが一番になると、僕には思えないんだけど」

カン!

相手の子は僕の剣を払った後、剣を下げて近寄る。

「確かに、フィフィルースは玄人肌だ。
けど…」

その子は、スフォルツァを指さす。
「スフォルツァは冷静さもちゃんとある。
それに、剣の振りが隙無く激しい…」

僕が見た、他の二人にも視線を送った後、僕を見る。

「他の連中よりずっと度胸もすわってて、捌き方も知ってるみたいだ。
賭けてもいい。
スフォルツァが筆頭になるよ」

その子の言い切りに、僕は目を丸くした。

見ていると…スフォルツァは美男で誰よりも存在感があり、ゆったりして見えるけど、剣を振り始めると激しい。

けど…鋭い振りをするかと思えば相手を軽くかわし、確かに…。
かっか来るような、タイプじゃなかった。

よほど剣を、持ちなれてる。
それに…戦い慣れてる風だった。

それに体格も…。
すらりとして見えるけど…。
肩も胸も、同学年の中では逞しく見えた。

対するアイリスは、優雅そのもの。
彼が身を振り、焦げ茶の艶やかな長い巻き毛が散る様は。
色白の肌と、赤く染まる唇に映え、とても綺麗で………。

二人は対等のように見えるのに、途端アイリスは眉を寄せて、体勢を崩してる…。

その度、スフォルツァは決まって…顔を歪めてアイリスの様子を伺い…。
アイリスが顔を上げ、大丈夫だ。と微笑を零すと途端、ほっとしていた。

鐘が鳴り…皆が練習用の剣を剣立てに戻す。
アイリスが目の前にいて、白い肌にピンクの頬をしたアイリスを見つめ、話しかけようとしたけれど…。

アイリスは名を呼ばれて、目の前を去って行った。

「どうしたの?」

背後から、ハウリィに尋ねられる。
僕は、アイリスの遠ざかる背中を見つめていた。

「ううん…何でも無い」

アイリスは名を呼んだ…スフォルツァに肩を抱かれて、先に練習場を、出て言ってしまった。

僕は…がっかりした。
スフォルツァは確かに、助けてくれた。

あの怖い、四年猛者達から。

けれどスフォルツァがいる限り…アイリスに。
僕は気軽に、話しかけられそうに無かった。

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