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呼び出し

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 マレーは朝日を眩しい。と感じ身を起こす。

一日の始まり。
今日の一日をぼんやり思う。

最初は乗馬。
次が講義。
昼食の後は、剣の講義………。

ディングレーが助けに入ってくれて、三日の間は平和が訪れていた。
マレーはぼんやり、自分が普通の一生徒のように、授業の心配や準備を思い描き…。
一日を始める事に、心からほっとしていた。

同室のラッツは、ひたすら授業に付いて行くのに必死。
ラッツは貧乏貴族の、三男坊。

体格はそこそこ。
けど、剣が使える。
だから家の期待を、一身に背負ってる。

そんな事を初日にチラと聞いた。
ラッツは…同室の自分と親しくなりたそうで、自分の事情をブチまけたから、今度はお前だ。

そう…言わんばかりの、親しみある茶色の瞳で見つめてきたから。
マレーは、目を反らした。

言えるはず、無い。

大好きな父親に見捨てられ、義母とその子供にとって邪魔だからと言う理由で。
ここに、放り出されただなんて。

母に、とっくに捨てられたのに。
同じ気持ちを味わったのに。

その…同志のはずの父が…。
母がした事を、僕にする………。

マレーはその事に思い当たると、身が凍った。

かつて心から愛していた…柔らかな暖かな記憶が。
全て打ち砕かれ、泥にまみれる。

それに相応しいと言わんばかりに…義母の弟が教授と称し、自分の体をしたい放題汚し…。
汚濁にまみれ、朝こっそり…水で汚れた体を清めていた姿を。

…父は見ても何も…言わなかった。

多分あの時きっと、胸が張り裂けて…。
もう元に戻ってないから、僕はこんなに手足がいつも冷たいんだ。

マレーはそう、感じた。

裸で…。
あちこち嬲られ、男が付けた跡を曝し…。

父に見つけられた時、恥辱ちじょくで、死にたい…!
とまで、思った。

けど同時に…期待もした。

『どうしたんだ!何だこれは…!』

そして父は…義母の弟が自分にした事を糾弾きゅうだんし…。
正義の騎士のように、その汚れた男を自分から遠ざけ…。
それを命じた義母に、鉄槌てっついを下す。

嫡子ちゃくしおとしめる、汚れた女として。

そして…義母は連れ子と共に、家を去り、僕は…。

マレーはまた、そこで凍り付く。
そう僕は…兼ねてからの父との約束、領地の見回りと管理の仕事を任され、立派に跡を継ぎ、父の片腕として領民達と共に…四季を過ごす。

春は、苺の取り入れに忙しい…。
農婦は、形の崩れた苺をジャムにし…色々なお菓子に使い…。
見回りに来ると、笑って手に押しつけ、持って返って召し上がって…。

そう告げる。

今日はナヤンの村の…そして明日はタータレルスの川沿いの領民の……。

豊かな四季と、次々実る果物…。
領民達と共に生活を過ごすのは、何と豊かで楽しい事か………。

けれどそうは、ならなかった。
そうぼんやり思い返すと。

マレーは自分は息をしてない、死人じゃないのか。と思う。

だって父は…何も言わなかった。
男に汚された、自分の哀れで惨めな姿を見ても、何も。

腕を掴み揺さぶり。
問い正す姿は無く、糾弾も無く。

ただマレーは、その朝を迎えた。

教練へ、入学する為トランクを持ち、家を去るその朝を。

ラッツは、ぶつぶつ言っている。
いつもだ。
彼は教科が苦手だ。
暗記も。朗読も。

だからいつも本を片手に…。
でも時折、伺うようにこっちを見るから、マレーは顔を向ける。
ラッツは、マレーにも見えるように本を傾け…マレーは答える。
「たな。
本を並べて置く、あれだよ」

ラッツは何だ。と本を戻す。
そしてまた、ぶつぶつ言い出す。

彼は授業中講師に当てられ、自分の本を読むよう言われ。
全然言葉が読めなくて、それ以来必死だった。

意地悪な同学年の…そう、剣の授業でラッツに一本取られた…。
あの、グーデンとか言う大貴族の、腰巾着!

最低に嫌なドラーケンに
「幾ら剣が使えても、学科で不可を取れば落第だ」
そう言われて以来、ラッツは必死だった。

マレーは廊下の騒ぎに耳を傾ける。
皆が時間を告げる鐘の音に、一斉に。
部屋の扉を蹴立て、廊下に駆け出す。

一気に、騒がしくなった。
ラッツが顔を上げる。
そしてマレーは扉を開ける。

が直ぐ腕を掴まれ引かれる。
ドラーケンだった。
マレーは目を見開く。
ラッツはもうとっくに群れに押されてどんどん先に、行っていた。
廊下を、食堂へと流れる生徒の群れからドラーケンはマレー引き離し、壁板にマレーを押しつけ、囁く。

「…グーデン様は限界だ…。
あいつはいい。
あのハウリィって奴は…。
だがアスランは、何が何でも連れて来いと…。
解ってるな?
お前なら、連れて来られる」

マレーはぞっと、背筋が凍った。
「む…無理だ…。二回目だ。
アスランだって、いい加減気づく…!」

ドラーケンは、顔を寄せる。
「腹が痛いから、治療室まで一緒に来てくれと頼め…」
「だって…!」
「いいから一緒に、治療室へ行け…。
解ったな?」

嫌だと…言いたかったけれど…無理だった。


「アスラン…」

彼がハウリィと合流する前に、何とか…声を掛ける。
二人はいつも一緒だったから。
だから別々の部屋にいる彼らが、食堂で出会う前に…声を掛けなければ、駄目だった…。

アスランは色白な顔を、青白く見せるほど気弱で…。
憔悴しょうすいした表情を、向ける。

あれ以来きっと良く…眠れないんだろう…。

マレーは自分が叔父に…ほぼ強姦紛いに抱かれた、その日の事を思い出す。

すると途端、混乱と焦燥しょうそうが渦のように自分を責めさいなみ。
立っていられなくなるほど、体が震えかけ。

慌てて…。
思い出そうとするその記憶を、頭の中から閉め出す。

「…大丈夫?」
アスランのか細い声。
大丈夫じゃないのは君だ。
これから…君は………。

マレーは泣き出しそうになって、ささやく。
「…とても…お腹が痛くて…。
悪いけれど、医療室まで一緒に………」
言い掛けて、目が潤む。

けどアスランはそんな様子を見て、とても苦しいんだ。と察し、背に手を当て、顔を伺う。
「顔色も悪い…夕べから?
同室の子には、言えなかったの?」

マレーはただ…黙って俯き、頷いた。


 人気の無い廊下を進む…。
朝食を取る為、皆が食堂で、大騒ぎしている時間だった。

壁が無くて吹きっ曝しの、屋根があるだけの。
医療室に続く、渡り廊下を抜けて行く。

再び壁のある建物の、中へと入ろうとした時。

建物の隅からいきなり…ドラーケンが現れる。
それに…背後からもう二人……。

アスランが、一瞬で青冷める。
狼狽うろたえた様に…。
けどそれでも、側を離れず…腕を掴む。

そして…取り囲もうとする男達に、言った。
「マレーは…気分が悪いんだ!
彼は医療室に、行かせてあげて!」

どくん…!
マレーの心臓が、波打った。

打ちさらされ、儚はかなもろい…。
そんな、風情なのに…。
黒髪でか弱く、可憐なアスランの…その言い切りに。

マレーは膝の力が、抜けた。

ドラーケンが口を開く。
マレーは心が震った。

自分がアスランにとって、最悪な裏切り者になる瞬間だ。
腕に喰い込むアスランの、暖かで庇い気遣う指。

心だけで無く、身までが。
小刻みに震った。

自分はその無条件の信頼と暖かさを、両親に粉々に打ち砕かれ。

今度は疑いもせず、庇うように寄り添ってくれる、アスランを!

たった今、自分が、打ち砕こうとしていた。

が、ドラーケンは笑う。
「薬くらいある。
第一…俺達と遊んだら気持ち良くなって、気分の悪いのなんてふっ飛ぶさ!」

アスランの、身が震え、赤い唇を更に紅に染める。
ドラーケンを見ると、軽く頷く様にマレーを見、そして…。

首を縦に、頷くように軽く振った。

…また…ハウリィやアスランを呼び出させるため。
自分の、裏切りを伏せたドラーケンのはかりごとだったけれど…。

それでもマレーはこの時、ドラーケンに感謝した。

アスランを…!
これから肉体的に、粉々に打ち砕かれる彼を…!

自分までもが、裏切りたく無かった…!

例え、事実、そうだったとしても!

囲む男に背を促され…アスランの指から力が抜け…そしてふっ…とアスランは振り向く。

気遣う様な、伺う表情。

“自分の身にこれから起こる、悲惨な出来事より…僕の心配をし…て…?”

それに気づいた時。

マレーの胸は、ズキン!と。
激しい亀裂が入ったように、痛んだ。
涙で目が、潤んだ。

アスランはますます心配げに自分を見たから、マレーは慌てて大丈夫。と。

何とか、頷いて見せた。

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