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無事助け出されたアスランを目にするマレーの感激

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 マレーは悪夢のような四年宿舎から、真っ先にアスランが。
裸の身をシャツにくるまれ、上半身裸のギュンターの腕に抱き上げられ、姿を現すのを見た。

ギュンターにしがみつく、アスランの手首に縄目の赤い跡を見付けた途端。
身が、がたがたと震った。
横にいたシェイルも、アスランの手首の痣に気づくと、一瞬で身を固くする。

「…無事だったか!」
ヤッケルの叫びに、ギュンターは腕にしがみつくアスランを見やり、群れて伺う皆に、顎をしゃくる。

「後から、ディングレーが来るから!
伝えといてくれ。
この子は俺が、この面倒を見ると」

アスランはその時ようやく顔を、上げる。
「マレー…マレーは?
彼は気分が………!!!」

マレーは…あんな目にあって、それでもまだ自分を気遣うアスランの優しさに、泣き出しそうになった。
が、悲鳴のような声で咄嗟、叫ぶ。
「僕はここだ!」

アスランは一瞬で、学校一の美貌とうたわれる銀髪の麗人の横の、小さなマレーを見付け、ほっとした。

その…アスランの顔に安堵の表情を見た時…。
マレーは我慢出来ず、泣き出していた。

ギュンターは腕に抱くアスランの様子を見守った。
が、囁く。
「…もう…いいか?」

アスランの頭が微かに。
頷くように揺れると、ギュンターはアスランを抱いたまま、背を向ける。

ギュンターの俊敏な身が、腕に誰かを抱いてるなんて、微塵も感じさせない素早さで遠ざかるのを。
皆が呆然と見送った。

直ぐアイリスが、その飛び去るギュンターの背を見送りながら、ディングレーと並んで四年宿舎入り口から、駆けて来る。

「ご無事でしたか!」
ローランデの声に、ディングレーは側に寄り来る。

「この一年坊主に助けられた。
勿論…あいつにもだが」

三年宿舎入り口へと消えて行く、ギュンターの背に、ディングレーは顎をしゃくる。
フィンスはディングレーの頬の腫れに気づき、小声で尋ねた。
「殴られたんですか?」

ディングレーは気づくと、ぺっ!と口の中に残る血糊を吐き出し、言葉を返す。
「殴ってやったがな!」

ローランデは、ディングレーの横に並ぶ小柄なアイリスを。
怪我が無いのを確認したのち、尋ねる。
「一体、どうやって…?」

アイリスはその素晴らしい貴公子が、真っ先に自分の無事に、気を回す様子に気づき、感激を溢れさせ、説明を口にする。

「簡単な事です。
叔父の名を、出しただけ。
貴方のお父上の勢力は、シェンダー・ラーデン北領地では大層なもの。
ですが、ここ都では…。
地元の、私の叔父の名の方が、王族には効き目がある」

そう…にっこり微笑む一年の美少年に。
ヤッケルは気づいて、隣のフィンスに小声で囁く。
「大層なタマだぞ…」

フィンスはそう言われ、色白な肌に囲まれた濃い艶やかな栗毛を、大層品良く胸に流す、濃紺の瞳の美少年を改めて見た。

優雅で美しく…。
そして、とても可憐に見える。

戸惑いながら、けど目端の利くヤッケルに、こっそり問う。

「本気で…そう、思う?」

ヤッケルは自分の見解に、疑問を感じてるフィンスに振り向くと、いきり立って説明した。
「だって聞く耳持たない、高飛車王族、グーデンが相手だぞ?
幾ら効き目があるからって、あいつに言うこと聞かせ、交渉を成立させるなんて。
大した度胸だ!」

ローランデがそっ…とアイリスに寄り、囁く。
「本当に…?
怖い目に…あったんじゃなくて?」

心配そうに尋ねる貴公子の、優しげなその様子を見て、アイリスは全開で微笑む。
「ご心配頂けて、本当に感激です!」

ディングレーはそれを聞いて、アイリスの横で思い切り、顔を背けた。
「(…アイリスを心配って…ムダな配慮じゃないのか?)」

ヤッケルは去ろうと足を浮かす、ディングレーの様子に気づき、告げる。

「ギュンターから、貴方に伝言がある。
『自分が助けた一年の、後の面倒は見る』
そう伝えろと」

ディングレーの目が、それを聞いてまん丸に見開かれた。
かなり酷い状態に見えたし、自分もフランセスカの時、どう慰めればいいのか、それはたいそう苦労した。
つい…ギュンターがそんな大変な状況のアスランを、みずから進んで
『面倒見る』
と言った心理を図りかね、吐息混じりにつぶやく。

「…それは、ありがたい。
結構…。
いやかなり、大変だと思うが……」

そして、シェイルに向き直ると、頼み事を口にした。
「ローフィスに、会うか?
俺が先なら、俺が言うが…」

シェイルは義兄の名が出て、一辺に嬉しそうだった。
「だってディングレーだって…。
わざわざ、四年の講義室に出向かなきゃならないんしょ?」
フィンスも微笑む。
「貴方は真っ先に、医療室だ。
伝言は、シェイルに頼んだらどうです?」

ディングレーは“医療室”と聞いた途端、むっ。とする。
「…これくらい、どって事無い!」

がローランデがその腕を取る。
「男前が台無しだ。
腫れを取る、良い薬があそこにはあるから…」

がディングレーは、うるさそうにその腕を振りほどく。
「お前はその一年を、送ってやれ!
グーデンは恥をかかされたんだ!
このまま大人しく、引っ込んでくれるとは限らない!
アイリスと、それに………」

マレーに視線を向けた途端。
マレーはディングレーに、駆け寄った。
「貴方の医療室に…付き添います!」

ディングレーは要らない。と言いかけ…。
マレーの身が震い、今にも激しく泣き出しそうなのに気づく。

「ああ…。じゃ頼む」
フィンスが二人の様子に気づき、そっとディングレーに寄って口添えした。
「その子が。
王族私室から抜け出して、貴方を呼べと…」

ディングレーは、それを聞いて目を見開く。
そしてアスランと同様の、被害者マレーを見た。

ディングレーにしては随分…優しい声音で告げる。
「傷を…看てくれ。
話も…聞くから」

マレーはようやく震えが止まり、こっくり。と頷いた。

フィンスはディングレーが、他人の世話が、苦手だと知ってたから囁く。
「私も付き添います…。
彼のこの後は…。
もしグーデンと話が付けられるんなら、それまで危害が及ばないよう、二年の私の宿舎に………」

が、ディングレーが気遣うフィンスの肩を、ぽん。と叩く。
「大丈夫だ。
第一相手がグーデンなら、俺の所の方がいい」

「それはそう…ですが………」

フィンスの戸惑いに、ディングレーは吐息を、吐く。
「俺にだって、出来る事くらいあるし…。
それにシェイルが。
俺の三年宿舎の部屋に必ず、ローフィスを寄越してくれる。
…そうなんだろう?シェイル」

シェイルは一辺に嬉しそうに、微笑んで頷く。
ディングレーは、気遣うフィンスの顔を覗き込むと告げる。
「ローフィスが、俺を助けてくれる。
だから…大丈夫だ。
それより念の為…アイリスを気遣ってやれ。
多分…心配はまるで、らないとは思うが」

もうローランデと連れだって…。
その場を去ろうとするアイリスが、むくれて振り向く。
「どうしてそう、思うんです?
こんなに…か弱いのに!」

ディングレーはそれを聞いて、顔を思いっきり下げた。
「(か弱い奴が。
学校一タチの悪い権力者の王族を、微笑みながら脅すかよ………)」

ディングレーは一辺に、疲労が押し寄せ、肩を落とした。

シェイルはさっさとローフィスの元へと駆け去って行き、それを見て、ヤッケルがぼやく。
「…結局、代返を頼むどころか俺があいつの、遅刻の言い訳か………」

フィンスは笑ってヤッケルの横に付き、言った。
「私も付き合うから。
ローランデの遅刻か欠席の理由も…。
君が考えてくれると嬉しい。
そういうのは私は苦手で、君は知恵があるだろう?」

二人が喋りながら、遅れた授業に戻って行く姿を見送ると、ディングレーはマレーの背をそっ…と押した。
「行こうか?」

マレーはその…顔を腫らした気品と威厳ある黒髪の王族の、男らしい顔が…。
自分を心配げに、見つめるのを見つめ返す。

そしてそっと…頷いた。

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