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第一章 王様と呪い

20、彼の人は如何にして1ーラームニードとトロンジット

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 ラームニード・ロエン・フェルニスは、第十代国王ニルレド・アウレン・フェルニスの第一子として生まれた。

 通常であれば、次代の王となる者として大切に育てられた事だろう。

 しかし、彼の幼少期は決して幸せなものではなかった。
 その原因となったのが、彼の母である王妃へレーニャだ。



「へレーニャ様は、実の子である筈の陛下……ラームニード様を疎んでいました」

 

 彼女はラームニードの顔を見る度に激しく口撃し、虐待に近い激しい教育を与えた。
 その苛烈さは、見る者が思わず目を背けてしまうほどだったという。
 

「どうしてですか? 王位継承権を持つ王子をそこまで虐げるだなんて、いくら王妃様でも……」
「先王陛下はへレーニャ様を心の底から愛してらっしゃいました。ですから、『次代の王を育てるためだ』と言われれば、強くは止められなかったのです」


 酷い話だ、とリューイリーゼは思った。
 愛する人に嫌われないために、子供の虐待を見過ごすだなんて、あってはならない事だ。



「そして、弟君であるトロンジット様が生まれてからは、事態は悪化する一方でした」



 へレーニャが第二王子であるトロンジットを溺愛する一方、ラームニードへの当たりは強くなっといった。
 
 些細な事に難癖をつけて体罰を与え、食事などに毒を盛ってラームニードが苦しむ様を楽しんで眺めた。
 その事に苦言を呈した者は、閑職に回されたり、王宮から遠ざけられた。

 そんな事が続いていると、権力者であるへレーニャに気に入られるために、自らラームニードを虐げる者まで現れる始末である。

 その頃になると前国王は病に臥せって寝込みがちになっていたため、ヘレーニャを止める事が出来る者はおらず、王宮内はラームニードにとっての敵で溢れていった。



「ラームニード様が他者からの悪意に聡いのは、恐らくこの時の経験によって培われたからでしょうね。そうならねば、危険から身を守る事が出来なかったのです」



 侍女長は努めて冷静な口調だったが、その青空を思い出させるような瞳には、確かな憤りが滲んで見えた。
 けれど、と侍女長がふと笑みを零す。


「そんな状況下でも、ラームニード様とトロンジット様の兄弟仲は決して悪くはなかったのですよ。なかなか会う事が難しくても、会えば楽しげに話してらっしゃいました。……まるで、普通の子供同士のように」
「……あまり想像がつきません」
「ふふ、そうでしょうね。……あの頃のように無邪気なお顔は、私もしばらく目にしていません」


 ラームニードは不器用ながらも弟を可愛がり、トロンジットは「あのような者と関わるな」と母に嗜められながらも、兄を慕った。
 母親の件さえなければ、二人はごく普通の仲が良い兄弟だったのだ。


「今にして思えば……陛下がああいう振る舞いを始めたのは、トロンジット様の為でもあったのでしょうね」
「トロンジット様の為、ですか」
「自分は王として相応しくないと周囲に吹聴しているかのようでした。ラームニード様は……トロンジット様にこそ、王となって頂きたかったのでしょう」

 
 そう懐かしむように目を細めた侍女長は、何故か悲しげに目を伏せる。
 なんだか、嫌な予感がした。


「リューイリーゼ、あなたは継承の儀については知っているかしら」
「次代の王を決める儀式だと聞いています。ピーリカの祝福に選ばれる王を定めるのだと」


 魔女ピーリカは、王国に大きな恩恵を齎した。

 ひとつは魔法。
 これによりフェルニス王国は発展し、大国と謳われるほどまでに国力を上げる事が出来た。

 もうひとつは守護の結界。
 王国全土を覆うそれにより、フェルニスの民は他国からの侵略に怯える事もなく、大きな災害に悩まされる事もなく、平和な暮らしを享受する事が出来ている。

 そして、それらを維持するために必要なのが、初代フェルニス王の血を引く者──すなわち、王族のいずれかがピーリカの祝福を受け継ぐ事だ。

【ピーリカの祝福】と呼ばれる魔法印は、宿主の右手の甲へと発現する。
 フェルニス王国ではそれこそが王の証だとして、親から子へ、そしてまたその子へと代々受け継がれてきた。

 
「今から四年前、継承の儀が執り行われようとする直前に、ラームニード様に毒が盛られるという事件が起こりました。そして、その犯人として捕まったのが……トロンジット様です」
 
 
 
 リューイリーゼは思わずハッと息を呑む。
 
 分かっていた。
 今現在ラームニードの側にトロンジットの存在が欠片もない以上、そういう可能性は高いだろうという事は。

 それでも、あんまりではないか。


「……そんな、どうして」
「トロンジット様が、へレーニャ様と前宰相であるロンドルフ公爵との間に生まれた不義の子だったからです」


 へレーニャとロンドルフ公爵は、幼い頃から密かに思い合っていた関係だったという。
 しかし、へレーニャはニルレド王の妻として望まれ、二人は引き裂かれてしまった。
 それ以来、へレーニャはニルレド王を、そしてその間に生まれたラームニードを強く憎むようになった。


「大切なのは、王が次代の王を選ぶのではなく、という事です。祝福は、から優先的に宿主を選びます。……つまり、王の実子であるラームニード様を差し置いて、トロンジット様が王太子として選ばれる可能性はなかったのです」


 へレーニャは何代も前に王女が降嫁した侯爵家の出で、ロンドルフ公はニルレド王の従兄弟にあたる存在である。
 その間に生まれたトロンジットの王族としての血は濃い方だとはいえ、優先されるのは王の実子である事だ。王族の血が流れているなら良いという訳ではない。
 
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