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第二章 その感情の名を知る

35、平和な日常と新しい仲間

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 平和な日常が戻って来た。
 ただ戻って来ただけではない。様々な変化を齎して。

 まず、リューイリーゼが試験に合格し、上級侍女となった。


「あの女にあれ程までに舐められたのは、お前が侮りやすい立場だった事が原因の一つでもあるんだぞ。絶対に合格してこい」

 
 ラームニードからそんな圧を受けながら、何とか試験に合格した。侍女長様々である。

 そして、王付き侍女の人員が一気に二人も増えた。


「ナイラ・エルディランテです。よ、よろしくお願いします!」


 一人目は男爵家出身のナイラだ。
 彼女は子沢山家族の長女で、兄弟達の学費を稼ぐため、リューイリーゼと同じく報酬に釣られて王付きになる事を了承したらしい。
 小柄で気が弱く、ラームニードにも未だ怯えを隠せてはいない小動物のような少女だ。


「まるで獅子に睨まれた子リスですね!」


 睨まれていると勘違いしてプルプルと震えるナイラと、何もしていないのに怯えられてどうしたものかと困惑するラームニード。
 二人の様子を見たノイスは、そう喩えた。服はハジけた。


「そんなに俺が怖いか?」
「怖いです!!」
「……。……そうか……」

「あの陛下があれ程まで困っているのを見るのは初めてです……」
「正直さが人を傷付ける事もあるんですね……」
「一周回って、あの子強いな」


 しかし、ラームニードへの恐怖心はありつつも仕事には一切支障を来す事はなく、また例え目の前で服がハジけ飛ぼうとも、悲鳴を飲み込む根性もあった。

 今まで居なかったタイプの侍女に戸惑いながらも、ラームニードは「仕事をするのならばそれで良い」と許容したようだった。
 クビだと言い出さなくて、本当に良かったと全員が心の中から安堵した。


 そしてもう一人は、リューイリーゼもよく知る人物だった。


「アリーテ!?」
「今日からよろしくお願いしますね、リューイリーゼせ・ん・ぱ・い」


 リューイリーゼの友人であるアリーテ・リストラットだ。
 リューイリーゼが侍女長にそれとなく彼女の人となりを話した所、どうやらお眼鏡に適い、採用に至ったらしい。

 新しい王付き侍女だとして紹介され驚くリューイリーゼに、ラームニードは眉を顰めた。


「何故そこまで驚いた顔をする、推薦者」
「……いや、推薦したのは確かに私ですが、言ってみるだけならタダかなという気持ちだったので……」
「前々から思っていたが、お前は本当に貴族の娘なのか? 絶対に貴族の発想じゃないだろう」
「残念な事に」


 リストラット伯爵家はかつて前王妃派閥だとされていた家で、ラームニードに対し直接的な危害を加えていた訳ではないので処罰は免れたものの、虐待を間近で見過ごし続けていた事への良心の呵責に苛まれて、自ら領地へ引き篭もったのだという。
 当然、ラームニードは警戒すると思っていたし、実際していたが、それも最初の一日二日ほどだけだった。

 アリーテの仕事ぶりに何ら問題がない事が分かったのと、彼女が「私が心惹かれるのは鍛え抜かれた上腕二頭筋なので、中途半端な筋肉に興味はないです」と公言したからである。

 これまで「好みではない」と面を向かって言われた事がないであろうラームニードにとっては余程の衝撃だったらしい。
 

「まさか、俺の事を『筋肉がちょっと足りないから好みではない』と断言する女がいるとは思わなかった……」
「リューイリーゼや侍女長から『隠すよりは曝け出した方が良い』との助言を受けておりましたので」
「曝け出すにしても、もっと色々あるだろう……。何故口説きもしていないのに、フラれた様な気持ちにならなければならんのだ……」


 思っていた通り、ラームニードとアリーテの相性は悪くなかったようで、想像していたよりも余程和やかな主従関係を築けているようだ。
 ラームニードは「類は友を呼ぶとはこういう事を言うんだな……」としきりに感心していたが、褒められている様な気がしないのは気のせいだろうか。


 とにかく、新しい仲間も増え、充実した毎日を送っていた。




「そう出来ているのは、貴女の存在が大きいと私は思いますよ」

 
 いつも通りの講習の後、侍女長はそう笑った。


「私は何もしていないと思いますけど……」


 リューイリーゼは不思議だった。
 ただラームニードに仕えて、ちょっと危ない目に遭って助けてもらっただけだ。むしろ、あらゆる方面から色々気を使わせてもらい、何だか申し訳ないくらいだ。

 そう告げると、侍女長はクスクスと笑みを零す。


「陛下にアリーテの王付き侍女入りを打診した時、何て仰ったか分かる? 『リューイリーゼがそう言うのなら、大丈夫だろう』って仰ったのよ」


 リューイリーゼは目を瞬いた。


「アリーテとナイラが王付きの打診を受け入れたのもそうですよ。貴女がいたから──陛下とごく普通に接する事が出来る前例がいたからこそです。貴方が側にいる事で、以前程の近寄り難さを感じなくなったのでしょうね」


 良い傾向ですよ、と微笑む侍女に、リューイリーゼは頬をほのかに紅潮させる。
 確かに、初めて会った時よりは良い関係を築けていると自負していた。けれど、まさかそこまで全面的に信用を置いてくれているとは、思わなかったのだ。



「……き、恐縮です」



 そこまで言われるのは光栄ではあるが、どこか照れくさい。
 未だ顔を赤らめたまま頭を下げるリューイリーゼに、侍女長は機嫌が良さそうな笑みを浮かべた。


「そういえば、リューイリーゼ。週末にお休みを貰っているんですって?」
「はい、街へ行くつもりなんです」


 王付き侍女が増員されてから、良かった事が二つある。
 一つは休憩時間に余裕が生まれた事と、もう一つは休みを取れるようになった事だ。
 明日は、リューイリーゼにとって王付き侍女となってからの初めての休みだった。
 

「良いわね、買い物でもするのかしら?」
「いいえ、買い物もするかもしれませんが……」


 どうにも浮かれ気分で、顔の筋肉が緩むのを抑えられない。 
 


「──人と会う約束をしているんです」


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