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第二章 その感情の名を知る
49、アリーテの諦めた想いと貴族の責務
しおりを挟む「あなたも変な所鈍いわよねぇ……」
寮のアリーテの部屋に遊びに行けば、アリーテは呆れたように言った。
「鈍いって?」
「色々よ。どんどん外堀が埋まっていってるのにも気付かないし、外堀の外からチラチラ窺っている第三勢力にも気付かないし。……外堀を埋めている本人も分かっていないみたいだから、お互い様だけどね」
「……アリーテが何を言ってるのか、全然分からない」
「だから鈍いって言ってるのよ」
意味が分からない、と憮然として黙り込めば、アリーテは困ったように笑う。
「なんてね、私も言ってる場合じゃないんだけど」
「何かあったの?」
「これ、見てよ」
アリーテが差し出した便箋を受け取って、目を通す。
思わず、眉を顰めた。
「……婚約ですって?」
手紙は、アリーテの父親からだった。
アリーテが王付き侍女に選ばれた事を知って、婚約を申し入れてきた家があるらしい。アリーテの方で問題が無ければ受けるが良いか、という内容だった。
アリーテは、肩を竦める。
「私に是非を問うてるだけ、まだマシでしょうね。そもそも王宮に出仕したのは、自分の価値を高めて、マトモな結婚相手を見つける為だもの。ある意味、目的通りと言っても良いわ」
それだけ元王妃派閥だったという事実は、リストラット家に大きな影響を及ぼしているらしい。
いくら伯爵家といえど上位の相手は望めず、伯爵家を乗っ取ろうと企てている下位貴族や、その財力を目当てとしている困窮した家ばかりだという。
「相手は確か奥様を早くに亡くして、後妻を探している侯爵家だったけれど……悪い相手でもないと思うわ。悪い噂も聞かないし」
「……でも、アリーテ……とても悲しそうな顔をしているわ」
アリーテは一見平静を装ってはいるが、何かを飲み込んでいるような表情をしていた。
そう指摘すると、彼女は「何でそういう所だけ鋭いのかしら」と眉を下げた。
「貴族に生まれたんだもの。家の為になるなら、仕方がないと割り切らなきゃいけない義務がある。私もそれは納得してる。けれど……ふと思っちゃうのよね。もし状況があと少しでも違ったなら、素直に想いを口に出来ていたのかしらって」
そう目を伏せたアリーテに、思った。
──彼女は誰かに想いを寄せているのだ。
そしてそれが叶わぬ夢だと、既に諦めている。
「私は……」
何だか身につまされるような気持ちになりながらも、言葉を探した。
「私は、アリーテに幸せになって欲しい」
「……ありがとう、リューイリーゼ」
微笑んだアリーテは、綺麗だった。
けれど、自分では彼女の選択を止める事は出来ない。
婚約は家同士の契約だ。何の関係もない第三者が勝手に口を挟んで良い事ではない。彼女の決意した事を否定する権利など、どこにもない。
そんな自分が無力に思えて、居た堪れなかった。
(──ああ、そうか)
ジュリオンは、きっとこういう気持ちだったのだ。
「まあ、私の話は良いじゃない。どうせ婚約云々が決まっても、結婚するのはまだまだ先の話よ。今の状態で王付きを抜ける訳にはいかないし、それが分かって申し込んでいるのだから、あちらも文句は言わないでしょう」
「アリーテ……」
「それより、今は流星祭のお守りよ。あなたはもう何を贈るか決めているの?」
「……うん、勿論」
殊更明るく振る舞うアリーテに合わせて、無理に笑みを作る。
アリーテの想い人が、彼女を攫っていってくれれば良いのに。
心の奥底でそんな焦燥感を抱きながらも、楽しい時間は過ぎていった。
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