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第三章 カーテンコールまで駆け抜けろ

71、王国民の修羅場とは、王が全裸になるかもしれないという事である

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 リューイリーゼ達の目の前までやって来たユーレイアは、いつもの通り優雅な笑みを浮かべている。
 しかし、その笑みも良く見ればどこか引き攣っていて、その視線の奥に苛立ちやら怒りが透けて見えるような気がした。



「それが、あなたの選択ですか?」



 開口一番、ユーレイアはそう言った。
 それを受けて、ラームニードは肩を竦めて、リューイリーゼを引き寄せる。



「聖女様が何を勘違いしているのかは知らないが……最初から選択の余地すら無かった話だ」



 リューイリーゼのドレスを見て、そしてその胸元を飾っているネックレスを見て、ユーレイアは表情を変えた。
 ユーレイアの隣のニーダ公爵が「まさかロンドルフの……」と息を呑む。効果は抜群のようだ。

  

「……残念ですわね」



 ユーレイアはそうため息を吐いて、憂い顔で胸の前で両手を組んだ。


「わたくしの言葉がご理解頂けなかったようだわ。まさか、主の導きから背くなど……」
「知っておられるか? 魔女は自由をこよなく愛する生き物なのだ。魔女の国である我がフェルニスもそれを尊重している。誰かに導かれた道を歩む事はない」


 ラームニードの意志が固い事を悟ったのだろう。
 今度はリューイリーゼに矛先を向けてくる。


「あなたはそれで良いのかしら? このままでは、あなたが居た所為でこの国が大きな醜聞に巻き込まれる事となるでしょう。愛おしい方の事を思えばこそ、身を引くのが正解ではなくて?」


 いや、これネックレスの効果あまり無かったな!? 
 聖女が凄い事を言い出した事に、リューイリーゼは目を瞠った。
 
 ユーレイアは口では怖い事を言いながら、まさに聖女といった風な清楚な笑みを浮かべている。
 そのギャップに、何か背筋がゾクっとするような末恐ろしさを感じた。



「そうだ、こうしましょう。今ここで身を引いてくれたのならば、聖国で良いお相手を紹介して差し上げるわ」



 ピキリ。
 リューイリーゼは、隣で何かにヒビが入る音が聞こえたような気がした。
 ラームニードの側に控えるノイスが、マジかよ、といった顔をして、アーカルドの目が死ぬ。



「一時的ではあるけれど、国王陛下と親しくしていたのなら、も配慮してあげた方が良いものね? 気遣いがなってなくて、申し訳なかったわ」



 ピキピキ。
 今度はキリクがナイラとアリーテに何かを囁くのが見えた。
 直後、アリーテとナイラが静かにその場を後にする。アリーテは宰相の元へ、そしてナイラは布類を取りに行ったのだろう。



「聖国にも素敵なお方が沢山いるの。きっと、あなたが気にいるお方がいらっしゃるわ」


 
 ビキ、ビキビキビキ。

 既にホールはシンと静まり返っている。
 招待客らは国王のパートナー……つまり、今現在王国で最も王の伴侶に近く、ロンドルフ公爵家から後援も受けている女性に対し、無礼としか言えない提案をし始めた聖女に唖然としていたが、王国側の、特に国王に近しい人間らにとってはそれどころではなかった。


 正直もう全裸じゃないかな、と諦めの境地である。

 
 ただでさえ身内を大切にしているラームニードの目の前で、彼からリューイリーゼを引き離そうとしている。
 それも、別の男へと嫁がせるという手段で。
 
 そうやって怒らせて、呪いを引き起こす事こそが目的なのかもしれないが、見事にラームニードの地雷をこれでもかという程に踏みまくっていた。
 これで怒らない方がどうかしている。

 現に駆け付けた宰相が頭を抱え、いつ呪いが発動しても大丈夫……ではないが、少しでもダメージが少なくなるよう準備を整えている事から分かるように、王国側の面々はいつ呪いが発動してもおかしくない心算をしている。


 
「そうだ、わたくしがお世話になっているお方がいるのだけど、どうかしら。少し歳は上でお茶目な所もあるけれど、素敵なお方よ。聖王陛下とも繋がりが出来る訳だし、あなたにもピッタリだと思うの」



 それでも止めずにニコニコと聖女を見守るニーダ公爵を始めとした、聖国一同。

 ブッチーン!
 恐らく、ユーレイアが結婚する予定である公爵の叔父の事だろう。
 つまり瑕疵がある四十過ぎの男がお似合いだという言葉に、ラームニードの堪忍袋の尾が切れた音がした。


 ──やるしかない。
 リューイリーゼは覚悟を決めた。
 


「な」
「──陛下」



 口を開こうとしたラームニードの言葉を遮り、制止した。


「お気持ちはお察ししますが、なりません」
「……だが、お前が侮辱されている」
「私の為に怒って下さるのは、嬉しいです。ですが……」


 思わずフフッと笑みを零す。


「以前にも私は言いましたね。……『』と」
「!!」
「今回も同じです。私はそれを見過ごす事が出来ません。……ですから、どうかお願い致します。私にお任せ下さい」


 そうラームニードの腕にそっと手を添える。

 きっと、それは今この場ではリューイリーゼとラームニード……ついでにアーカルドにしか通じない会話だっただろう。
 しかし、不機嫌の極みのような険しい顔付きをしていたラームニードが一瞬キョトンと目を丸くしてから、大きく笑い出した。


「お、お前という奴は、こういう時になってまで」


 涙目で腹を抱えるラームニードからは、先程までの不穏さは微塵も感じられない。
 そして呆気に取られている他の面々が、目を瞠ってしまう程までに優しい微笑みを浮かべ、こう言った。



「他ならぬ、お前の言う事だ。好きなようにするが良い」
 


 ラームニードの許可を貰えた事に礼を言って、リューイリーゼはユーレイアに向き直る。
 

「聖女様、お気付きでいらっしゃいますでしょうか」
「な、何を……」
「聖女様は今この場で『自分を選ばねば、この国に不利益が生じる』とおっしゃったのです」
「え……」
「その上、仮にも国王陛下のパートナーである私に、結婚相手を紹介しようとしておられました。……それがどういう意味であるか、ご自分で理解されていますか?」


 ユーレイアは何事かを思案するように考え込み、フッと我に返った様に呆然とした。
 そして一気にその表情を真っ青に染める。







 信じられないとでも言うかのような声音で呟くと、ハッと顔を上げて祈りを捧げた。
 一瞬光に包まれた聖女と聖国の面々は、夢から覚めたような顔で慌てて周囲の人間の顔を見回す。

 その多くが自分達をを非難するものだと気付いて、そのまま一気に表情から血の気が失せる。

 こんな公の場で、この国の王を堂々と脅迫したのだ。
 それはただの無礼だけでは済まされない。宣戦布告と認識されてもおかしくない事だ。
 
 更に、国王のパートナー……それも、明らかに国王と衣装を合わせ、互いの瞳の色のアクセサリーを付け合う仲で、ロンドルフ公爵から家宝を預けられ、また先々代の王妃のドレスに手を加える事を許されるような女性に対して、あろう事か結婚相手を紹介するという暴挙を行った。
 あまつさえ、彼女が紹介しようとした男が他国にも知られている程の大騒動を起こした者の事だと察した人々は、そんな女性に『似合う』と言ってしまう聖女の神経を疑うだろう。


「……聖女様は慈悲深いお方だと聞いていたが……」
「他国の王に対し、無礼にも程があるではないか……」


 聖女を軽蔑するような人々の視線に、ユーレイアはかぶりを振るう。


「ち、違う……! わたくしは……わたくしは……!」


 そこまで言って、何かに気付いたようだった。
 わなわなと震えながら、震える唇でその名を口にする。


「まさか……の……?」


 それ以上は、もう充分だと思った。
 必要以上に彼女達を晒し者にするつもりはない。

 狼狽える聖国の面々の顔を見回して、ニコリと微笑み掛けた。
 


「聖女様は体調が崩れないご様子ですね。休憩室で休まれたら如何ですか?」


 
 ──そして、決着はその場で。



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