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第三章 カーテンコールまで駆け抜けろ

75、一緒に星を見よう。来年もその先も、ずっと一緒に。

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「とりあえず、無事に済んだようで何よりですね」


 いや、無事かといえばそんな事は無いような気もするけれど。
 何か色々な方向に大きな爪痕を残したような気もするけれど。

 聖女との対決が終わり、リューイリーゼはラームニードに連れられてバルコニーに居た。
 他の王付きたちは「お二人でどうぞごゆっくり」と生暖かい目をしながら入口付近で待っている。 

 何だろうと不思議に思いながらも、星空を見上げた。
 今にも落ちてきそうな満天の星空はため息を吐きそうになるくらいに綺麗で、街並みは遠くから見ても活気が溢れ、楽しげな雰囲気が伝わってくる。
 
 聞こえる楽器の軽快な音色に、そういえば、とラームニードを見た。
 

「会場には戻らなくて良いのですか?」
「……その前に、色々やらねばならない事がある。先程、話があると言っただろう」


 ラームニードは何かの覚悟を決めたような顔をしている。


「なあ、リューイリーゼよ」
「はい、陛下」


「──ずっと俺の側に居てくれないか」


 目を見開いたリューイリーゼを見て、苦笑を零す。



「考えてはみた事はあるのだ。俺ではなく、お前を誰か信頼に値する男に任せた方が良いのではないかと。……だが、駄目だった」
「陛下……」
「お前が違う男に笑い掛ける事も、触れる事も、隣に並ぶ事ですら許容出来そうにない。腑が煮えくり返りそうになる」
「ひえ……」
「王家の習性がここまでだとは、俺も初めて知った。こんな形で父上達の気持ちを理解するとは思わなかった」


 何だか怖い事を言っているラームニードに、リューイリーゼはほんの少しだけ引いた。
 触れる事はまだしも、笑い掛ける事と隣に並ぶ事くらいは出来れば許して欲しい。でなければ、侍女の仕事など出来ないだろう。



「お前が俺の側から離れていく事も、他の男の物になる事も、耐えられそうにないのだ。……だから」



 ラームニードは跪き、リューイリーゼのか細い手を取る。



「大切にする。他の誰よりも、何よりも大切にする。お前を害そうとするゴミクズは、全権力を持ってぶっ潰……」
「あ」
「────あ」


 勿論、服はハジけた。
 パーティー用の豪華絢爛なコート一式がおじゃんだ。

 跪いた体制のラームニードは、やってしまったとばかりに頭を抱えていた。 
 
 プロポーズの途中でまさかのパンツ一丁。
 完全に失敗だ。格好がつかないにも程がある。
 
 どうしたら良いものか途方に暮れているラームニードに、リューイリーゼは胸の内から込み上げてくるものを堪える事は出来なかった。


「ふふ、ふふふふふ……」
「……笑ってくれるな、これでも真剣なのだ……」
「ふふ、すみません。……陛下、正直に言っても宜しいですか?」
「……いつもの事ではないか、好きにしろ」

 
 それでも、恒例なので。



「以前、陛下に『王付きを辞めたいとは思わないのか』と問われた事がありましたね。……実はあれ、本当は少しだけ嘘を吐いたんです」
「嘘……?」
「まあ、嘘と言ったらおかしいかもしれません。確かに服がハジける姿も興味深く思っているので」
「出来るなら、そこが嘘であって欲しかった」



 ラームニードは不本意そうな顔をしているが、構わず続ける。 

 その質問に対し、リューイリーゼは「服がハジけ飛ぶ姿が面白かったから」と答えた。
 決してそれは嘘ではないが、肝心な事も言っていない。


 だって、本当は……。



「本当は、あなたのお側にいられる事が何よりも楽しく、嬉しかったのです」



 ラームニードと一緒にいる時間が何よりも好きだった。
 その為ならば、この気持ちを押し殺したって構わないと思っていた。
 
 そう告げれば、ラームニードのルビーの瞳が大きく丸くなっていく。



「──陛下、私は既に決めています。前に言ったでしょう? あなたのお側にいると、決めました」



 自分はしがない子爵令嬢であるし、ラームニードに齎せるものは無いに等しい。

 だが、他ならぬラームニード自身が望むのであれば。
 彼が他の誰でもなく、リューイリーゼが良いと言ってくれるのであれば。



「たとえそれが茨の道であろうとも、共に歩んであなたを支えます。……だから、どうか」



 どうか、ちゃんと言葉にしてください。
 リューイリーゼの懇願に、ラームニードは叫ぶように言った。



「愛している! 俺の妻になってくれ!!」
「……はい!」


  
 目元を赤らめ、少し目を潤ませて微笑むリューイリーゼを、ラームニードは衝動のままに掻き抱いた。
 


「リューイリーゼ」



 そして、ただその名を呼ぶ。



「……リューイリーゼ……!」



 決して離しはしないと訴えるかのように強く確かに、そしてまるで壊れ物にでも触れるかのように優しく、抱き締める手に力が籠る。



 その時、空に一筋の流星が流れた。


 
 魔女ピーリカの祝福。
 王国の平和の象徴であり、ピーリカが王国を愛した証明であるもの。

 フェルニスの民は皆、大切な人とこの流星を見上げて願うのだ。
 ────来年もこうして一緒に流星を見る事が出来ますように、と。



「……こうしてお前と流星を見たかったんだ」



 流星を見上げたラームニードは、囁くようにそう白状した。



「ずっと我慢をしていた甲斐があった。……感動がひとしおだ」



 そう一際優しく微笑みかけてくるラームニードに、リューイリーゼの視界が滲んでいく。

 一度心に決めたら即座に行動に移す性格であるラームニードが、今日この日に想いを告げる事を決めた理由がやっと分かった。

 ──『お守りを贈り合い、流星を見た恋人同士は永遠に結ばれる』。

 流星に願を懸けたのであろう不器用な目の前の人が、愛おしくて仕方がない。



「……来年も星を見ましょう。二人で、一緒に」



 その言葉を聞いたラームニードの顔が一瞬泣きそうに歪められ、リューイリーゼの肩に埋めるように押し付けられる。

 リューイリーゼだって、今にも涙が出てきそうだ。
 その顔を目の前のラームニードの胸に押し当てるように抱き付いて──そして、漸く気付いた。
 
 

「……陛下、大変です」
「……何だこんな時に」
「半裸なのを忘れていました。今の私達の状態はもしかしなくとも、とんでもなく破廉恥なのでは?」



 先程までまるで意識していなかったが、目の前が物凄く肌色である。
 どうしよう、これは困った。

 普通の令嬢が異性の手に触れると言うだけでも外聞に差し支えると言うのに、半裸の男に抱き付くだなんて黒寄りの黒……最早漆黒だ。
 言い逃れなど一切出来ない。外聞は木っ端微塵だ。


「……これは半裸ではない。服が出奔しているだけだ」
「陛下、流石に言い訳が苦しすぎます……」

 
 無茶苦茶な言い訳をしながらも、ラームニードはリューイリーゼを離そうとしない。

 
 ──まあ、いいか。


 ラームニードが離さない理由も理解出来るし、リューイリーゼだってもう少しだけこの幸せを味わっていたかった。

 こんな時も、リューイリーゼは割り切るのが早かった。
 頬を赤く染めながらも、抱き締める手に力を込める。


 流星は大きく、ゆっくりと流れ行く。
 まるで、流星が二人の未来を祝福しているかのようだった。
 


***


 
 その日、王国中に大きなニュースが齎された。
 
 あの女嫌いで有名なラームニード王が、流星祭でとある女性とダンスをしたらしい。
 エスコートをするラームニードの顔付きはこれまで見た事がないくらいに優しく、また女性も終始幸せそうに微笑み、仲睦まじい様子だったという。


 彼女は何者なのか?
 そして、ラームニードとの関係は?


 その答えが公にされたのは、それから少し後──ラームニードの婚約が発表された時の事だった。
 

 
「予備の礼服を用意しておいて、本当に良かった……」



 備えあれば、憂いなし。
 そして、幸せそうに踊る二人を見守っていた宰相を始めとした王付きの面々は、しみじみとその言葉を心に刻んだそうな。



 
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