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ひとりぼっちのディア
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街はずれにある空き家。放置されてもう何年も経っていそうな、古い木造の家だ。
そこにディアとグィーは身を隠し、シオンは一人で詰所に向かった。
置かれたままの家財道具は埃を被っていて、軽く手で払ってから、ディアは椅子に座った。グィーは腕を組んで玄関近くの壁に背を預けている。
外は夜で、家の中は真っ暗だ。テーブルの上のランタンには燃料が少し残っていて、火を灯す。
「シオンさん大丈夫かな」
「気になるのなら、一緒に行けばよかったではないか」
「そしたら二人とも捕まって宝石奪われるだけでしょ、ダメじゃない」
「まあそうだろうな」
グィーが無表情で同意し、ディアは唇を尖らせる。
「グィーの力を借りられれば別だけど。魔族って立場上、できるだけ人前に出ない方がいいんでしょ?」
「だが既に一度お前たちを助けてしまっているしな」
「魔族の仕業ってバレてるかな?」
さてなとグィーは肩をすくめて、黙ってしまう。
ディアは座って浮いた足をぶらぶらさせながら話題を探す。じっとしていると落ち着かなくて、不安だ。話していれば多少なりとも気がまぎれた。
「そういえばグィーはもう一つの世界、扉の向こうがどんなところか知ってるの?」
「いや、扉が開いたのは千年以上も昔の話、私が生まれるよりも前のことだからな。しかし魔王様ならご存じかもしれない」
「魔王様?」
「魔王様は魔族の頂点に立つ存在で、悠久の時を生きておられる。そして世界のあらゆることをご存じのお方だ」
魔族の頂点に立つ存在。その名の通り、魔族の王ということだ。
それまで単調だったグィーの声は魔王の話をする時だけ、やや高ぶっているように感じられた。
「魔族の王様か、会ったことある?」
「ないな」
「そうなのー? 話聞いてみたいのにな」
「異世界の話をか?」
「うん、だって気になるじゃない。もう一人の自分も、どんな子なんだろうって。その為に旅してたんだもん」
まさかそんな世界に影響があるだなんて思わなかったから、別の世界があるのなら行ってみたい、もう一人の自分がいるのなら会ってみたいなんて気軽に考えていた。
グィーは何も言わない。ただ離れて、ランタンの光の届かないそこから視線を感じた。
「わたし、お母さんと二人で森の奥で住んでたの。でもお母さんは死んじゃって、わたし一人になっちゃって、それでなんか、なぜか昔聞いた御伽噺をふと思い出したの。子どもの頃にね、その話を聞いてよく考えてた。向こうの世界はどんなとこなんだろう、もう一人の自分はどんな子なんだろうって思ってわくわくしてたな」
元気だった母が急に体調を崩して、どんどん弱っていって、それからは早かった。
物心ついた時には、既に父はいなかった。もちろん気になって尋ねたことはあったけど、病気で死んだんだと聞かされただけだった。
街や村から離れた森に住んでいたから周りに人はいなくて、だから母がいなくなってしまえば、ディアは一人ぼっちだった。
母が死んでしまった日は、悲しくて、寂しくて、泣いた。
生きるのに必要な知識とそれを実行するだけの力がディアにはあったが、ただそれだけだった。
他には何もない。何も持っていない。
そんな時に思い出したのが、例の御伽噺だった。
「本当ならその世界に行ってみたいって思ってたけど、でも」
突然、理由もなく人が死ぬかもしれない。異常な現象が起こるかもしれない。
世界が壊れる。
そんなことを聞かされて、それでも扉を開きたいだなんて、ディアにはもう思えなかった。
旅をする中で、大切な友達ができて、大切な約束をした。誰かの優しさに触れて、誰かとつながるということを知った。
世界が壊れるということは、そんなものも全て失われてしまうかもしれないということだ。
本当は何でもよかったのかもしれない。旅に出る理由は別に、何もなくてもよかったのかもしれない。
ただ、旅をしたかっただけ、たった一人だけのあの場所にいたくなかっただけだ。
「旅に出てから色んな国や街に行って色んな人と出会って、そんなことが今は楽しくて。だからもういいの」
「そうか」
返答はその一言のみだった。
ディアは小さく笑う。
「あの土の魔族、アルジルはよくしゃべってたけど、グィーはあまりしゃべらないね。魔族も本当に色々なんだね」
「そうだな。その点では人も魔族も大きく変わらない」
「二人は仲良しなの?」
「目的が同じなだけだ」
「ふぅん?」
「魔族は基本的に群れて行動をすることは殆どない」
「そうなんだ。そしたら街とか村とかそういうのは? そもそも国とか、魔族の領域ってどのあたりにあるの?」
王がいるというのなら国があってもおかしくない。
だが前に見た地図にはそれらしき記載がなかったように思う。
「国という概念はない。魔族は人間のように一人の君主を頂点に据え」
不意にグィーが口を噤んで、壁から離れた。ディアはランタンの火を消し、椅子から降りると、いつでも動けるように身構える。
扉を五回、連続で叩く音がした。あらかじめ決めた合図だ。
軋むような音がして、扉が開かれる。
「シオンさん……」
ディアは肩から力を抜いて、呟く。
安堵の表情を浮かべて、駆け寄る。
「無事でよかった、ソロは?」
「ディア」
静かで掠れたような声。
ディアはそれに、どうしてだか違和感を覚えた。シオンは笑うのが暗い中でもうっすらと見えた。
戸惑うディアに、シオンが言った。
「ごめん」
「ディア!」
別のいくつかの気配に気づいたグィーが叫ぶ。
「はなれ」
グィーの声が最後、吸い込まれるようにして消えた。
代わりにごとりと重いものが落ちる音がして、木の床に珠が転がる。珠はシオンの掌から落ちてきたものだった。
さっきまでそこにいたはずのグィーの姿はない。
何が起こったのか、ディアには状況が理解できなかった。頭が追い付かない。
シオンは変わらない様子で告げた。
「宝石を渡してくれ」
「え」
「いや、ちがうな。君も一緒にいこう、ディア。ゼベルは本格的に世界の扉について研究をしている。俺たちが個人的に開く方法を探すよりも、彼らと行動を共にする方がきっと近道だ」
「なに、言ってるのシオンさん。扉を開いたら世界が壊れるってさっきグィーが……」
「だから諦めるのか? でも君は扉の向こうに行くために今まで旅をしてきたんだろ? そんな簡単に、諦められるっていうのか?」
「だって、死ぬかもしれないんだよ? 大切な誰かが、自分が、死ななくてもいい人たちが」
「ディア」
「嫌だ!」
肩に触れる手を振り払う。
拒絶の態度に、シオンは傷ついた顔になる。
「シオンさんどうしちゃったの? それにそうだ、ソロは?」
ディアが一歩後ろに下がると、シオンはその分歩み寄ってくる。
「ソロさんは無事だよ。ただ、どうしても解放してもらうことはできないんだ。だって、人を殺して、盗みを働いたっていうんだからそれは仕方ないよね。罪は償わないと」
「うそだ」
「ディア」
逃げだそうとするディアの腕をシオンが掴む。
これは本当に、本物のシオンなんだろうかという疑問が湧く。
そうだ、だって人間にそっくり化ける魔族がいた。もしかしたら今自分の前にいるのはその魔族かもしれない。或いは、ラトメリア王のように魔法で操られているのか。
外から、知らない声がした。
「おい何をしている、さっさと石を奪ってこないか」
続いて駆け込んできたのはローブを纏った人々。ラトメリアで目にした魔法使いの恰好にそっくりだった。
「頼む、この子は傷つけないでくれ」
シオンが焦って彼らに向けて言うのが、背中で聞こえた。
続けて聞こえてくるのは、不思議な響きの言語。
強く掴む手から逃れようと必死で身を捩っていたディアは、急激な眠気に襲われて意識を失った。
目を覚ますと、朝になっていた。
白い清浄な太陽の光が窓から差し込んできて、家の中を照らし出している。床に倒れて眠っていたディアは、目を擦りながら体を起こす。
冷えて爽やかな風に視線を移すと、扉が開いたままになっていた。
昨夜のことは夢だったのだろうかと、抱きかけた淡い希望は、その瞬間に打ち砕かれる。
扉の傍に転がる、鈍い光を放つ珠。膝立ちになり、手を伸ばして拾いあげる。掌に収まるほどの珠の内側には、小さな灰紫の鳥が透けて見えていた。珠の中の鳥は動かない。羽を閉じて、眠っているように見えた。
「グィー……」
確信があるわけではなかったが、きっとそうだと思った。
あの時、この珠はシオンの手から落ちてきた。
つまりそれはシオンが、グィーをこの中に封じたということだ。
考えかけて、自ら否定するように首を振る。
シオンのそばには魔法使いがいた。きっと魔法で操られていたのにちがいない。そうだとしたら助けなくちゃいけない。
ソロもシオンも、敵の手に落ちたとなると、ディアは一人でどうにかしなくちゃいけない。
脇に下げた鞄を開いてみると、そこに入れていたはずの巾着袋は、案の定なくなっていた。そこに銀色の珠を押し込むと、ディアは立ち上がる。
一人だけで、二人を。
どうやって?
今まではシオンが策を練ってくれて、ソロがうまく立ち回ってくれて。でも今は一人だ。自分一人だけで、どこまでできるんだろう。
相手は魔法使いで、国の兵士で、そんな人たちにディアが一人で立ち向かって何になるんだろう。
考えながら、とぼとぼと歩く。
頼れる人は近くにいない。
何をすべきかさえわからない。
空き家を出て、少し進んだところで途方に暮れる。
「だから言ったんだ」
すぐ後ろで声がして、振り返る。
黒髪と緑色の目の痩身の男が立っていた。男は見たことのある顔をしていた。ラトメリアの城で、その時は、魔法使いのローブに身を包んでいた。
「人間なんかと手を組むなんて馬鹿な真似するからこういうことになるんだよ」
男はディアの鞄に手を突っ込んで、銀色の珠を取り上げる。ディアはただ茫然と男を見上げていた。男は眉間に皺を寄せ、小さく鼻を鳴らすと、どこかへ立ち去ってしまった。
ひとときその場に立ち尽くして、それからディアはまた歩き始めた。
道行く人に尋ねながら、辿り着いた詰所。シオンという人に会わせてほしいと、受付で頼んでみる。
「そんな者は知らんと言っている! 邪魔だ、帰れ帰れ!」
警邏兵達は力づくでディアを外に放り出す。鼻先で扉がぴしゃりと閉められた。ディアは扉をどんどんと叩いて、もう一度懇願する。
だが怒った兵士が再び出てきて、怒鳴られただけだった。
「しつこいぞ! これ以上職務の邪魔をするというのなら貴様を捕える、嫌なら即刻立ち去ることだ! わかったな!」
突き飛ばされて、尻もちをつく。
通りがかる人々の視線がディアに注がれる。中には大丈夫かと声を掛ける者もいたが、ディアは黙って頷くだけだった。ふらふらと立ち上がって、詰所を後にする。
方法を考えなくてはいけない。
シオンに会う方法。
そして、魔法がかけられているのならそれを解く方法。
風が強く吹く。湿気た匂いがした気がした。それにさっきよりも少し暗くなった感じがして見上げると、空は灰色の雲に覆われていた。
雨はすぐに降り始めた。
そこにディアとグィーは身を隠し、シオンは一人で詰所に向かった。
置かれたままの家財道具は埃を被っていて、軽く手で払ってから、ディアは椅子に座った。グィーは腕を組んで玄関近くの壁に背を預けている。
外は夜で、家の中は真っ暗だ。テーブルの上のランタンには燃料が少し残っていて、火を灯す。
「シオンさん大丈夫かな」
「気になるのなら、一緒に行けばよかったではないか」
「そしたら二人とも捕まって宝石奪われるだけでしょ、ダメじゃない」
「まあそうだろうな」
グィーが無表情で同意し、ディアは唇を尖らせる。
「グィーの力を借りられれば別だけど。魔族って立場上、できるだけ人前に出ない方がいいんでしょ?」
「だが既に一度お前たちを助けてしまっているしな」
「魔族の仕業ってバレてるかな?」
さてなとグィーは肩をすくめて、黙ってしまう。
ディアは座って浮いた足をぶらぶらさせながら話題を探す。じっとしていると落ち着かなくて、不安だ。話していれば多少なりとも気がまぎれた。
「そういえばグィーはもう一つの世界、扉の向こうがどんなところか知ってるの?」
「いや、扉が開いたのは千年以上も昔の話、私が生まれるよりも前のことだからな。しかし魔王様ならご存じかもしれない」
「魔王様?」
「魔王様は魔族の頂点に立つ存在で、悠久の時を生きておられる。そして世界のあらゆることをご存じのお方だ」
魔族の頂点に立つ存在。その名の通り、魔族の王ということだ。
それまで単調だったグィーの声は魔王の話をする時だけ、やや高ぶっているように感じられた。
「魔族の王様か、会ったことある?」
「ないな」
「そうなのー? 話聞いてみたいのにな」
「異世界の話をか?」
「うん、だって気になるじゃない。もう一人の自分も、どんな子なんだろうって。その為に旅してたんだもん」
まさかそんな世界に影響があるだなんて思わなかったから、別の世界があるのなら行ってみたい、もう一人の自分がいるのなら会ってみたいなんて気軽に考えていた。
グィーは何も言わない。ただ離れて、ランタンの光の届かないそこから視線を感じた。
「わたし、お母さんと二人で森の奥で住んでたの。でもお母さんは死んじゃって、わたし一人になっちゃって、それでなんか、なぜか昔聞いた御伽噺をふと思い出したの。子どもの頃にね、その話を聞いてよく考えてた。向こうの世界はどんなとこなんだろう、もう一人の自分はどんな子なんだろうって思ってわくわくしてたな」
元気だった母が急に体調を崩して、どんどん弱っていって、それからは早かった。
物心ついた時には、既に父はいなかった。もちろん気になって尋ねたことはあったけど、病気で死んだんだと聞かされただけだった。
街や村から離れた森に住んでいたから周りに人はいなくて、だから母がいなくなってしまえば、ディアは一人ぼっちだった。
母が死んでしまった日は、悲しくて、寂しくて、泣いた。
生きるのに必要な知識とそれを実行するだけの力がディアにはあったが、ただそれだけだった。
他には何もない。何も持っていない。
そんな時に思い出したのが、例の御伽噺だった。
「本当ならその世界に行ってみたいって思ってたけど、でも」
突然、理由もなく人が死ぬかもしれない。異常な現象が起こるかもしれない。
世界が壊れる。
そんなことを聞かされて、それでも扉を開きたいだなんて、ディアにはもう思えなかった。
旅をする中で、大切な友達ができて、大切な約束をした。誰かの優しさに触れて、誰かとつながるということを知った。
世界が壊れるということは、そんなものも全て失われてしまうかもしれないということだ。
本当は何でもよかったのかもしれない。旅に出る理由は別に、何もなくてもよかったのかもしれない。
ただ、旅をしたかっただけ、たった一人だけのあの場所にいたくなかっただけだ。
「旅に出てから色んな国や街に行って色んな人と出会って、そんなことが今は楽しくて。だからもういいの」
「そうか」
返答はその一言のみだった。
ディアは小さく笑う。
「あの土の魔族、アルジルはよくしゃべってたけど、グィーはあまりしゃべらないね。魔族も本当に色々なんだね」
「そうだな。その点では人も魔族も大きく変わらない」
「二人は仲良しなの?」
「目的が同じなだけだ」
「ふぅん?」
「魔族は基本的に群れて行動をすることは殆どない」
「そうなんだ。そしたら街とか村とかそういうのは? そもそも国とか、魔族の領域ってどのあたりにあるの?」
王がいるというのなら国があってもおかしくない。
だが前に見た地図にはそれらしき記載がなかったように思う。
「国という概念はない。魔族は人間のように一人の君主を頂点に据え」
不意にグィーが口を噤んで、壁から離れた。ディアはランタンの火を消し、椅子から降りると、いつでも動けるように身構える。
扉を五回、連続で叩く音がした。あらかじめ決めた合図だ。
軋むような音がして、扉が開かれる。
「シオンさん……」
ディアは肩から力を抜いて、呟く。
安堵の表情を浮かべて、駆け寄る。
「無事でよかった、ソロは?」
「ディア」
静かで掠れたような声。
ディアはそれに、どうしてだか違和感を覚えた。シオンは笑うのが暗い中でもうっすらと見えた。
戸惑うディアに、シオンが言った。
「ごめん」
「ディア!」
別のいくつかの気配に気づいたグィーが叫ぶ。
「はなれ」
グィーの声が最後、吸い込まれるようにして消えた。
代わりにごとりと重いものが落ちる音がして、木の床に珠が転がる。珠はシオンの掌から落ちてきたものだった。
さっきまでそこにいたはずのグィーの姿はない。
何が起こったのか、ディアには状況が理解できなかった。頭が追い付かない。
シオンは変わらない様子で告げた。
「宝石を渡してくれ」
「え」
「いや、ちがうな。君も一緒にいこう、ディア。ゼベルは本格的に世界の扉について研究をしている。俺たちが個人的に開く方法を探すよりも、彼らと行動を共にする方がきっと近道だ」
「なに、言ってるのシオンさん。扉を開いたら世界が壊れるってさっきグィーが……」
「だから諦めるのか? でも君は扉の向こうに行くために今まで旅をしてきたんだろ? そんな簡単に、諦められるっていうのか?」
「だって、死ぬかもしれないんだよ? 大切な誰かが、自分が、死ななくてもいい人たちが」
「ディア」
「嫌だ!」
肩に触れる手を振り払う。
拒絶の態度に、シオンは傷ついた顔になる。
「シオンさんどうしちゃったの? それにそうだ、ソロは?」
ディアが一歩後ろに下がると、シオンはその分歩み寄ってくる。
「ソロさんは無事だよ。ただ、どうしても解放してもらうことはできないんだ。だって、人を殺して、盗みを働いたっていうんだからそれは仕方ないよね。罪は償わないと」
「うそだ」
「ディア」
逃げだそうとするディアの腕をシオンが掴む。
これは本当に、本物のシオンなんだろうかという疑問が湧く。
そうだ、だって人間にそっくり化ける魔族がいた。もしかしたら今自分の前にいるのはその魔族かもしれない。或いは、ラトメリア王のように魔法で操られているのか。
外から、知らない声がした。
「おい何をしている、さっさと石を奪ってこないか」
続いて駆け込んできたのはローブを纏った人々。ラトメリアで目にした魔法使いの恰好にそっくりだった。
「頼む、この子は傷つけないでくれ」
シオンが焦って彼らに向けて言うのが、背中で聞こえた。
続けて聞こえてくるのは、不思議な響きの言語。
強く掴む手から逃れようと必死で身を捩っていたディアは、急激な眠気に襲われて意識を失った。
目を覚ますと、朝になっていた。
白い清浄な太陽の光が窓から差し込んできて、家の中を照らし出している。床に倒れて眠っていたディアは、目を擦りながら体を起こす。
冷えて爽やかな風に視線を移すと、扉が開いたままになっていた。
昨夜のことは夢だったのだろうかと、抱きかけた淡い希望は、その瞬間に打ち砕かれる。
扉の傍に転がる、鈍い光を放つ珠。膝立ちになり、手を伸ばして拾いあげる。掌に収まるほどの珠の内側には、小さな灰紫の鳥が透けて見えていた。珠の中の鳥は動かない。羽を閉じて、眠っているように見えた。
「グィー……」
確信があるわけではなかったが、きっとそうだと思った。
あの時、この珠はシオンの手から落ちてきた。
つまりそれはシオンが、グィーをこの中に封じたということだ。
考えかけて、自ら否定するように首を振る。
シオンのそばには魔法使いがいた。きっと魔法で操られていたのにちがいない。そうだとしたら助けなくちゃいけない。
ソロもシオンも、敵の手に落ちたとなると、ディアは一人でどうにかしなくちゃいけない。
脇に下げた鞄を開いてみると、そこに入れていたはずの巾着袋は、案の定なくなっていた。そこに銀色の珠を押し込むと、ディアは立ち上がる。
一人だけで、二人を。
どうやって?
今まではシオンが策を練ってくれて、ソロがうまく立ち回ってくれて。でも今は一人だ。自分一人だけで、どこまでできるんだろう。
相手は魔法使いで、国の兵士で、そんな人たちにディアが一人で立ち向かって何になるんだろう。
考えながら、とぼとぼと歩く。
頼れる人は近くにいない。
何をすべきかさえわからない。
空き家を出て、少し進んだところで途方に暮れる。
「だから言ったんだ」
すぐ後ろで声がして、振り返る。
黒髪と緑色の目の痩身の男が立っていた。男は見たことのある顔をしていた。ラトメリアの城で、その時は、魔法使いのローブに身を包んでいた。
「人間なんかと手を組むなんて馬鹿な真似するからこういうことになるんだよ」
男はディアの鞄に手を突っ込んで、銀色の珠を取り上げる。ディアはただ茫然と男を見上げていた。男は眉間に皺を寄せ、小さく鼻を鳴らすと、どこかへ立ち去ってしまった。
ひとときその場に立ち尽くして、それからディアはまた歩き始めた。
道行く人に尋ねながら、辿り着いた詰所。シオンという人に会わせてほしいと、受付で頼んでみる。
「そんな者は知らんと言っている! 邪魔だ、帰れ帰れ!」
警邏兵達は力づくでディアを外に放り出す。鼻先で扉がぴしゃりと閉められた。ディアは扉をどんどんと叩いて、もう一度懇願する。
だが怒った兵士が再び出てきて、怒鳴られただけだった。
「しつこいぞ! これ以上職務の邪魔をするというのなら貴様を捕える、嫌なら即刻立ち去ることだ! わかったな!」
突き飛ばされて、尻もちをつく。
通りがかる人々の視線がディアに注がれる。中には大丈夫かと声を掛ける者もいたが、ディアは黙って頷くだけだった。ふらふらと立ち上がって、詰所を後にする。
方法を考えなくてはいけない。
シオンに会う方法。
そして、魔法がかけられているのならそれを解く方法。
風が強く吹く。湿気た匂いがした気がした。それにさっきよりも少し暗くなった感じがして見上げると、空は灰色の雲に覆われていた。
雨はすぐに降り始めた。
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