パラレルワールド桃太郎

伊崎夢玖

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桃太郎、勇者になる

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王都に到着すると、王城に向かいました。
剣士の桃太郎の任務は王城の警護。
王城での職務がある者は任命式に参列しなければなりません。
形式的ではあるものの、フォーマルな空気が苦手な桃太郎にはうんざりでした。

「大変だぁ!大変だぁ!」

門番をしている甲冑を着た兵士がガシャガシャと金属音を立てて、王城へ走っていきました。
あまり深く考えなかった桃太郎でしたが、何人もの兵士が王城へ向かって行く様を見て、何か起きたのだろうと急ぎ足で向かいました。
王城は蜂の巣をひっくり返したような慌ただしさでした。
兵士が縦横無尽に走り回り、従者が戦の準備をしています。

「すみません」

桃太郎は一番近くにいた兵士に声を掛けましたが、桃太郎の声に気付かなかったのか走り去ってしまいました。
王城は一つの街ほどに広く、部屋も数えきれないくらいあります。
そんな中、今日初めて王城に来た桃太郎には王城はダンジョンのような印象を受けました。

(剣士なんて職を得なければよかった…お爺さんとお婆さんの手伝いをすればよかった…)

激しく後悔しました。
二人の待つ家へ足を一歩踏み出した時、ふと脳裏に浮かんだのは二人の顔でした。
剣士になると言った時の二人の満面の笑み。
自分たちの大切な物を売ってまで、自分をここまで送り出してくれた二人の苦労。
二人の思いを受けてここまでやって来たはずなのに、その思いを踏みにじることをしてはいけない。
桃太郎は思い直して、優しそうな従者に声を掛けました。

「すみません」
「どうしました?」
「任命式に来たのですが、どこへ向かえばいいですか?」
「任命式?あぁ、今年はありません。それどころではないのです」
「どうかしたんですか?皆さん忙しそうですが…」
「オーガが現れたのです」
「オーガ?」
「鬼人と言った方が馴染みがあるでしょうか。それはそれは恐ろしい魔物です」
「王都に襲ってきたわけではないのでしょう?」
「王都には襲ってきてはないですが、海沿いの国内最大の貿易拠点の街のすぐ近くに現れたのです」
「勇者は向かってないのですか?」
「勇者がいないのです」
「勇者がいない?」
「このご時世、昔のように自分の命を投げ売ってまで他人を助けようとする若者はいませんよ」

その言葉に桃太郎は胸を痛めました。
桃太郎が剣士を選んだ理由そのものだったからでした。
死ぬリスクがあるのに、わざわざ勇者を選ぶ必要がどこにありましょう。
従者の言葉に桃太郎はぐうの音も出ませんでした。

「今は王国挙げて優秀な人材を集めた精鋭部隊でオーガ退治に向かう準備をしているのです」
「もし、その精鋭部隊が全滅したら?」
「王都にも攻めてくるでしょうし、最悪王国が滅亡する可能性もあります」

王国滅亡?
それは桃太郎にとって死刑宣告も同然でした。
大好きなお爺さんとお婆さんがオーガに殺されてしまうかもしれない。
自分には勇者になれるステータスも持ち合わせている。
でも勇者になって命を落としてしまったら、もう二人には会えない。
桃太郎の中で壮絶な葛藤が起こりましたが、一つの結論に行き着きました。

”お爺さんとお婆さんを助けるのは自分しかいない”
”死なないように戦えばいいじゃないか”

覚悟が決まれば、あとは行動するのみです。

「勇者ならここにいます。国王の元へ連れて行ってください」
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