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4 まずは説明してくれ
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「ちょちょちょちょっと待ってくれ。情報量が多すぎる」
マリーリの家であるフィーロ男爵家にマリーリとジュリアスの両名で赴き、マリーリが今日あった出来事をつらつらと話せば、マリーリの父グラコス・フィーロは頭を抱えた。
それもそのはず。日中婚約者の元へ送り出したはずの娘が、夕方帰ってくるなり違う男と共に帰ってきて以前の婚約者とは婚約破棄をして、新たに連れ立ってきた幼馴染みと婚約すると言ってきたのだから。
「マリーリ。婚約とはだな、そんな簡単に破棄だの成立だのするものではなくてだな」
グラコスは頭痛がするのを押さえながら、マリーリを見る。そして、隣の男……ジュリアスに視線を移した。
「ジュリアスくん、まずはマリーリの婚約破棄について順序立てて説明してくれ」
「何でよ、お父様。先程私が説明したじゃない」
「マリーリの説明だと私情などが入っていてわかりにくい。ジュリアスくん、よろしく頼む」
「わかりました。私もマリーリからの説明を私なりに解釈したものになってしまうのですが、本日彼女が婚約者であるブラン・グシュダンの家に行ったところ……」
ジュリアスがさっきマリーリが説明したこととほぼ同じことを話す。
マリーリが話すよりも簡潔ではっきりと述べるジュリアスは、見聞きしただけとは思えないほどの正確さでグラコスに伝えた。
「つまり、ブランは子爵令嬢と浮気をしていて、その子爵令嬢はマリーリと懇意にしていたキューリス嬢だと。それで、ブランは我が家の資産目当てでマリーリと結婚しようとしていたと……そういうことだな?」
「えぇ。あくまでマリーリが話す内容をお伝えしただけですが」
「なるほど。マーサ、キミはどう思う?」
「わたくし? わたくしはマリーリが幸せならそれで」
「そういうことではなくてだね……。いや、キミに聞いた私が悪かった」
マリーリの母、マーサはニコニコと微笑む。
彼女は一人娘であるマリーリを溺愛しており、大抵のことは反対することなく娘の意志を尊重する人だった。
「だがなぁ、婚約破棄と簡単に言うが、そう簡単にはだな……。特に相手は伯爵家であってだな……」
「失礼ながら、フィーロ男爵。グシュダン家は最近あまりよからぬ噂が立っているようですが、ご存知ですか?」
「よからぬ?」
「大きな声では言えませんが、貿易関連でよからぬ取引をして国から是正勧告を出されているだとかどうとか……。それでここのところ首が回らなくなって、婚期を早めようとしていたという噂も」
「……え、そうなの? ジュリアス」
「あまり公にはなってないことだがな」
婚期が早まったというのは聞いておらず、マリーリも戸惑う。
だが確かに最近よくコルセットでキツく絞められたり、刺繍の練習をさせられたり、化粧のことだってよく言われていてなんとなく婚期を早めようとしているのでは? と思うときもあったのは事実だ。
単なる気のせいだと自分の中で片付けていたので、まさか本当に婚期を早めようとしていたとは思いもしなかったが。
「……知っていたのか。そうだ。やたらと先方からせっつかれていてな。実は私も内々に調べさせてはいたのだが」
「あらあらまぁまぁ。でしたらなおのこと、グシュダン家にマリーリは嫁がせられませんねぇ」
「マーサ。そうは言うが、こういうものには本音と建前があってだな」
「でしたら、その素敵なお口で得意なご説得をされたらよいではありませんか。そういうのお得意でしょう?」
「得意ではあるが、まずは順序があってだな」
フィーロ家の力関係が見え隠れしたところで、グラコスが「ごほん」と咳払いをする。
「わかった。とにかく、この件は承知した。それで? 今度はお前達が婚約ということはどういうことなのだ」
「それは……」
マリーリがちらっとジュリアスを見つめる。
その視線を感じたらしいジュリアスは、心配するなとでも言うように、マリーリの腰を抱いた。
「先日国外遠征により、隣国に奪われた領土の奪還に成功しまして。その功績として私個人として伯爵の地位を陛下より授かりました。つきましては、この土地から多少は離れますが、近隣にあるブレアの地をいただきましてその地を治めることになり、マリーリ嬢に私の伴侶として帯同していただきたいと思いまして、ご婚約させていただければと」
「そうか。まず私が言うことではないが、伯爵という叙爵おめでとう。キミのお父上やご家族もさぞ喜ばれるだろう」
「ありがとうございます」
「しかもブレアか。あそこは土地がいい。その分狙われる危険性もあると聞くが、とはいえ比較的落ち着いた土地ではあるだろう。だが、そんな地に迎える伴侶がマリーリでいいのか? 我が娘ながら、この子はその……少々、いやだいぶ無鉄砲で、負けん気が強くてだな……いや、私としては二人の幼少期を鑑みて元からそのつもりも多少あったし、バード侯爵家と縁続きになれるだなんて願ったり叶ったりなのだが……。でも、やはり淑女としては少々難があるマリーリを……」
「お父様!!」
本音がだだ漏れの父親の発言に、マリーリが苦言を呈するように声を発する。
グラコスが、娘の言葉にハッとなって妻を見やれば、彼女が静かに怒りの炎を瞳に灯していることに気づいて、「ひぃ!」と情けない声を上げた。
「大丈夫です、承知の上です」
「そ、そうか。なら、いいんだが。わかった、とりあえず各家にアポイントを取ってだな……トッド!」
「はい、ご主人様」
「グシュダン家とバード家にそれぞれアポイントをとってもらえるだろうか。できれば早急に」
「承知致しました」
グラコスは執事のトッドに用命すると、「はぁぁぁ」と一気に老け込んだかのように大きな溜め息をついた。
「お父様……すみません」
マリーリがしゅん、と項垂れる。
考えてみれば、このような事態になってしまったのは全部私のせいだと、今更ながら申し訳なくなってくる。
あのとき婚約破棄だと啖呵をきったはいいが、そう簡単にはいかないのだと自分の父の疲労感を見て思い知ったのだ。
「いや、私が悪い。そもそも客人の前でこの溜め息は失礼だったな」
「いえ、事情が事情ですから、お気になさらず」
「とにかく諸々のことはわかった。あとは私がどうにかしよう。マリーリも今日は、その……色々あって大変だっただろう? とりあえずジュリアスくんを見送ってから部屋に戻りなさい」
「はい、お父様」
マリーリが素直に頷くと、グラコスはポン、とジュリアスの肩を叩いた。
「ジュリアスくん、あとでキミのお父上ともこの件については話させてもらうから」
「もちろんです。よろしくお願いします」
「キミも帰ってきてばかりだというのにすまなかったな」
「いえ。私は別に……」
「では、またあとで」
「はい、フィーロ男爵」
「マリーリ。ほら、ジュリアスくんを見送るのでしょう?」
母に促されて、ジュリアスのあとを追う。
ジュリアスが玄関を出るのをそのまま追うと、不意に抱きしめられた。
「じゅ、ジュリアス?」
「久々に緊張した」
「うそ。全然そんな風には見えなかったわよ」
「昔から俺は顔に出ないタイプだろ」
「そうね。そうだったけど、……本当に緊張してた?」
「ほら」
そう言って胸元に耳がつくように顔の向きを変えられると、確かに鼓動がこれでもかというくらい早鐘を打っていた。
「意外」
「俺でも緊張するのさ。さて、家でも説明しなきゃな」
「そうよね。私も行ったほうがいい?」
「マリーリが行ってもどうせ簡潔に説明できないだろう。大丈夫だ、キミの父上のフィーロ男爵はとても優れた男爵であり、優れた父だろう? 彼が娘にとって悪いことをするはずがない」
「そう、だとは思うけど……」
グラコスはなんだかんだ言いつつも、マリーリには優しかった。
無茶したり無理難題を言うマリーリに手を焼かされることが多く、悩みすぎて禿げたこともあったが、それでも男爵家、ひいてはマリーリのために行動してくれた人物だ。
今回の縁談だって、グシュダン家からの所望もあったが、マリーリがブランを気に入っていたからこその縁談だった。
それが覆った今、わざわざグラコスが意地でも婚約を継続するということはないだろう。
「とりあえず、果報は寝て待てというし、今日はゆっくり休むといい。疲れただろう?」
「えぇ、まぁ」
「泣いたぶん、水分を取らねばいけないし、肌ももう少し冷やさねばまだ腫れぼったいままだぞ?」
「それは余計なお世話よ」
ジュリアスがくすくすと笑うのを、つられてマリーリも笑う。
さっきまでのあの絶望はどこかに吹っ飛んでしまった。
「では、また」
「えぇ、また。説明頑張ってね」
手を振ろうと手を上げた瞬間、その手を取られて手の甲に口づけられる。
「幸運を祈っておいてくれ」
「え、えぇ、もちろんよ」
仕草がまるでお伽話に出てくる王子様のようで、胸がキュンと高鳴るのを感じながら、マリーリはジュリアスを見送るのだった。
マリーリの家であるフィーロ男爵家にマリーリとジュリアスの両名で赴き、マリーリが今日あった出来事をつらつらと話せば、マリーリの父グラコス・フィーロは頭を抱えた。
それもそのはず。日中婚約者の元へ送り出したはずの娘が、夕方帰ってくるなり違う男と共に帰ってきて以前の婚約者とは婚約破棄をして、新たに連れ立ってきた幼馴染みと婚約すると言ってきたのだから。
「マリーリ。婚約とはだな、そんな簡単に破棄だの成立だのするものではなくてだな」
グラコスは頭痛がするのを押さえながら、マリーリを見る。そして、隣の男……ジュリアスに視線を移した。
「ジュリアスくん、まずはマリーリの婚約破棄について順序立てて説明してくれ」
「何でよ、お父様。先程私が説明したじゃない」
「マリーリの説明だと私情などが入っていてわかりにくい。ジュリアスくん、よろしく頼む」
「わかりました。私もマリーリからの説明を私なりに解釈したものになってしまうのですが、本日彼女が婚約者であるブラン・グシュダンの家に行ったところ……」
ジュリアスがさっきマリーリが説明したこととほぼ同じことを話す。
マリーリが話すよりも簡潔ではっきりと述べるジュリアスは、見聞きしただけとは思えないほどの正確さでグラコスに伝えた。
「つまり、ブランは子爵令嬢と浮気をしていて、その子爵令嬢はマリーリと懇意にしていたキューリス嬢だと。それで、ブランは我が家の資産目当てでマリーリと結婚しようとしていたと……そういうことだな?」
「えぇ。あくまでマリーリが話す内容をお伝えしただけですが」
「なるほど。マーサ、キミはどう思う?」
「わたくし? わたくしはマリーリが幸せならそれで」
「そういうことではなくてだね……。いや、キミに聞いた私が悪かった」
マリーリの母、マーサはニコニコと微笑む。
彼女は一人娘であるマリーリを溺愛しており、大抵のことは反対することなく娘の意志を尊重する人だった。
「だがなぁ、婚約破棄と簡単に言うが、そう簡単にはだな……。特に相手は伯爵家であってだな……」
「失礼ながら、フィーロ男爵。グシュダン家は最近あまりよからぬ噂が立っているようですが、ご存知ですか?」
「よからぬ?」
「大きな声では言えませんが、貿易関連でよからぬ取引をして国から是正勧告を出されているだとかどうとか……。それでここのところ首が回らなくなって、婚期を早めようとしていたという噂も」
「……え、そうなの? ジュリアス」
「あまり公にはなってないことだがな」
婚期が早まったというのは聞いておらず、マリーリも戸惑う。
だが確かに最近よくコルセットでキツく絞められたり、刺繍の練習をさせられたり、化粧のことだってよく言われていてなんとなく婚期を早めようとしているのでは? と思うときもあったのは事実だ。
単なる気のせいだと自分の中で片付けていたので、まさか本当に婚期を早めようとしていたとは思いもしなかったが。
「……知っていたのか。そうだ。やたらと先方からせっつかれていてな。実は私も内々に調べさせてはいたのだが」
「あらあらまぁまぁ。でしたらなおのこと、グシュダン家にマリーリは嫁がせられませんねぇ」
「マーサ。そうは言うが、こういうものには本音と建前があってだな」
「でしたら、その素敵なお口で得意なご説得をされたらよいではありませんか。そういうのお得意でしょう?」
「得意ではあるが、まずは順序があってだな」
フィーロ家の力関係が見え隠れしたところで、グラコスが「ごほん」と咳払いをする。
「わかった。とにかく、この件は承知した。それで? 今度はお前達が婚約ということはどういうことなのだ」
「それは……」
マリーリがちらっとジュリアスを見つめる。
その視線を感じたらしいジュリアスは、心配するなとでも言うように、マリーリの腰を抱いた。
「先日国外遠征により、隣国に奪われた領土の奪還に成功しまして。その功績として私個人として伯爵の地位を陛下より授かりました。つきましては、この土地から多少は離れますが、近隣にあるブレアの地をいただきましてその地を治めることになり、マリーリ嬢に私の伴侶として帯同していただきたいと思いまして、ご婚約させていただければと」
「そうか。まず私が言うことではないが、伯爵という叙爵おめでとう。キミのお父上やご家族もさぞ喜ばれるだろう」
「ありがとうございます」
「しかもブレアか。あそこは土地がいい。その分狙われる危険性もあると聞くが、とはいえ比較的落ち着いた土地ではあるだろう。だが、そんな地に迎える伴侶がマリーリでいいのか? 我が娘ながら、この子はその……少々、いやだいぶ無鉄砲で、負けん気が強くてだな……いや、私としては二人の幼少期を鑑みて元からそのつもりも多少あったし、バード侯爵家と縁続きになれるだなんて願ったり叶ったりなのだが……。でも、やはり淑女としては少々難があるマリーリを……」
「お父様!!」
本音がだだ漏れの父親の発言に、マリーリが苦言を呈するように声を発する。
グラコスが、娘の言葉にハッとなって妻を見やれば、彼女が静かに怒りの炎を瞳に灯していることに気づいて、「ひぃ!」と情けない声を上げた。
「大丈夫です、承知の上です」
「そ、そうか。なら、いいんだが。わかった、とりあえず各家にアポイントを取ってだな……トッド!」
「はい、ご主人様」
「グシュダン家とバード家にそれぞれアポイントをとってもらえるだろうか。できれば早急に」
「承知致しました」
グラコスは執事のトッドに用命すると、「はぁぁぁ」と一気に老け込んだかのように大きな溜め息をついた。
「お父様……すみません」
マリーリがしゅん、と項垂れる。
考えてみれば、このような事態になってしまったのは全部私のせいだと、今更ながら申し訳なくなってくる。
あのとき婚約破棄だと啖呵をきったはいいが、そう簡単にはいかないのだと自分の父の疲労感を見て思い知ったのだ。
「いや、私が悪い。そもそも客人の前でこの溜め息は失礼だったな」
「いえ、事情が事情ですから、お気になさらず」
「とにかく諸々のことはわかった。あとは私がどうにかしよう。マリーリも今日は、その……色々あって大変だっただろう? とりあえずジュリアスくんを見送ってから部屋に戻りなさい」
「はい、お父様」
マリーリが素直に頷くと、グラコスはポン、とジュリアスの肩を叩いた。
「ジュリアスくん、あとでキミのお父上ともこの件については話させてもらうから」
「もちろんです。よろしくお願いします」
「キミも帰ってきてばかりだというのにすまなかったな」
「いえ。私は別に……」
「では、またあとで」
「はい、フィーロ男爵」
「マリーリ。ほら、ジュリアスくんを見送るのでしょう?」
母に促されて、ジュリアスのあとを追う。
ジュリアスが玄関を出るのをそのまま追うと、不意に抱きしめられた。
「じゅ、ジュリアス?」
「久々に緊張した」
「うそ。全然そんな風には見えなかったわよ」
「昔から俺は顔に出ないタイプだろ」
「そうね。そうだったけど、……本当に緊張してた?」
「ほら」
そう言って胸元に耳がつくように顔の向きを変えられると、確かに鼓動がこれでもかというくらい早鐘を打っていた。
「意外」
「俺でも緊張するのさ。さて、家でも説明しなきゃな」
「そうよね。私も行ったほうがいい?」
「マリーリが行ってもどうせ簡潔に説明できないだろう。大丈夫だ、キミの父上のフィーロ男爵はとても優れた男爵であり、優れた父だろう? 彼が娘にとって悪いことをするはずがない」
「そう、だとは思うけど……」
グラコスはなんだかんだ言いつつも、マリーリには優しかった。
無茶したり無理難題を言うマリーリに手を焼かされることが多く、悩みすぎて禿げたこともあったが、それでも男爵家、ひいてはマリーリのために行動してくれた人物だ。
今回の縁談だって、グシュダン家からの所望もあったが、マリーリがブランを気に入っていたからこその縁談だった。
それが覆った今、わざわざグラコスが意地でも婚約を継続するということはないだろう。
「とりあえず、果報は寝て待てというし、今日はゆっくり休むといい。疲れただろう?」
「えぇ、まぁ」
「泣いたぶん、水分を取らねばいけないし、肌ももう少し冷やさねばまだ腫れぼったいままだぞ?」
「それは余計なお世話よ」
ジュリアスがくすくすと笑うのを、つられてマリーリも笑う。
さっきまでのあの絶望はどこかに吹っ飛んでしまった。
「では、また」
「えぇ、また。説明頑張ってね」
手を振ろうと手を上げた瞬間、その手を取られて手の甲に口づけられる。
「幸運を祈っておいてくれ」
「え、えぇ、もちろんよ」
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