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59 味見くらいいいだろう?

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 ドサッドスン……ッ

「……っ!」

 自分の隣に投げ捨てられたグロウの変わり果てた姿に、ギョッとするマリーリ。
 まだ息はあるようだが虫の息で、至るところから流血し、顔の形すら変わっていて原型を留めていなかった。
 命さえも危ういような状態に、ますますマリーリは自分の状況に恐れおののく。

(怖い怖い怖い……!)

「ほう、悲鳴すらあげんとは。随分と肝が据わった女だ。ヤツの妻というのもあながち嘘ではないかもな。まぁ、その辺はもうどうでもいいのだが」

 男は下卑た笑みをしながら、グロウを踏みつけつつマリーリの顔を見るように見下ろしてくる。
 そしてマリーリの頬を掴むと、男は無理矢理自分のほうに向くように押さえつけ、彼女の瞳をじろじろと覗き込み「ほう、ストロベリーブロンドの髪にラピスラズリのような瞳か。これはきっと高値で売れるぞ」とニヤニヤと口元を歪めた。

「こいつらどうする?」
「まだ国境近くだからな。さっさと移動したほうがいいかもな」
「そうだな。下手にこいつの手下とかがあとをつけてきていたら面倒だからな。でもせっかく久々に女とヤレると思ったのに、売るんだったらお預けかよー、ちぇー」
「なぁ、でもこいつあのクソ野郎の妻だというならとっくにお手つきになってるってことだろ? だったら今更、初モノとか関係ねぇんだからいいんじゃないか?」
「お、確かにそうだな! なな、味見くらいいいだろう?」

 意味がわからないなりにも下品な会話をしていることだけはわかる。
 マリーリは今すぐこの状況を脱さねばと思うが、手足を縛られ転がされた状態ではどうすることもできなかった。
 芋虫のように這ってでも移動しようと思ったが、さすがに男達が何人もいる状態ではすぐに見つかり連れ戻されてしまうだろうし、その行動で相手の神経を逆撫でてさらに状態が悪化する可能性がある。
 まさに万事休すの状態だった。

(ジュリアス、ジュリアス、ジュリアス……!!)

 呼んでもこないとはわかっていても、せめて心の中では彼の名を呼ばずにはいられなかった。

(もっと早くジュリアスにちゃんと話していれば)

(ジュリアスともっと一緒にいたかった)

(ジュリアスとちゃんと結婚したかった。本当の彼の妻になりたかった)

 後悔することが次々に頭の中に浮かんでは消えていく。

(死ぬ前にジュリアスに会いたかった)

(会って抱きしめてまたキスしてもらってずっと離さないでと、……もっともっとワガママを言えばよかった……っ!)

 後悔がドッと押し寄せ、マリーリの瞳から涙が溢れ出る。
 声は出せないため、静かにぼろぼろと涙を流せば「ふっ、今更ながら怖気づいたか?」とニヤニヤしながら男がマリーリを床に押さえつけた。

「うっぐぅ……っむぅ……ぐ」

 力が強く、上から体重をかけられマリーリは痛みと苦しさからギュッと顔を顰めて苦悶の表情を浮かべる。
 ブランに乱暴されたときを思い出して、マリーリはさらにぼたぼたと涙が溢れ出た。

(怖い、助けて、ジュリアス……っ)

「いい顔だ。そそるな」
「なぁなぁ、早くヤっちまおうぜ!」
「さっきからヤろうヤろう、うっせぇな! 盛りのついたガキかよ」
「そうは言っても戦い続きでここんとこ溜まってんだよ!」
「お前のナニ事情はどうでもいいが、確かにあの男の妻だというならただ何もせずに売りに出すというのも癪だな」

 男はそう言うとマリーリを押さえていた力を緩め、腕を引っ張り上体を起こさせる。
 力ずくで引っ張られたことで肩が痛み、マリーリは眉を寄せながら呻いた。

「手酷くしたいが、そうすると売り物にならないのは惜しいな」
「適当に慣らして突っ込めばいいんじゃね?」
「この人数相手にするならいっぺんにやるのが効率よくないか?」
「でも素直に協力するか?」
「脅せばいいだろう」
「えーー、もしそれで噛まれたら嫌だぜ」
「とはいえ順番に突っ込んでる余裕もないだろ」

 不穏な会話が頭上で繰り広げられている。
 ブランのときよりも絶体絶命のピンチに、マリーリは辱しめられるくらいならいっそ今すぐ死にたくなるも、死ぬ方法すら考えつかず絶望した。

(助けて、助けて、助けて、ジュリアス……っ!!)

 必死に心の中でジュリアスに助けを求めるマリーリ。
 涙腺は既に決壊し、とめどなく涙が溢れ出て視界が滲むほどだ。
 嗚咽を溢そうにも縄が食い込んで声も出ず、静かに啜り泣くことしかできなかった。

「あーあ、顔ぐちゃぐちゃじゃん」
「お前らが酷いこと言うからだろ」
「これじゃ見れた顔じゃねぇな。頭から袋でも被せるか?」
「それもアリかもな。袋ってあったっけ」

 男達がマリーリを見ながら口々に言い合っているときだった。

 ガタン……っ!! バタッ! ガンガン……ッ

 大きな音に一同音が鳴ったほうへと視線を向ける。
 どうやら小屋の外で何かあったのか、怒声やら罵声やらとにかく大きな声と、激しく何かがぶつかるような音がいくつも聞こえてきた。

「何だ?」
「おい、見て来いよ」
「えー、何でオレが」
「いいから行けって」

 そんな言い合いをしている間にどんどんと音が近づいてくる。
 さすがに音の近さに言い合いしている場合ではないと小屋の中にいる男達も身構え、それぞれ剣を構えるとその音の主を待ち受けた。

 ガツン、バタン……っ!!

「マリーリ!! マリーリいるのか!??」

(ジュリアス…………!!)
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