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番外編 ミヤ編1
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私はエラ・オルガスとしてオルガス公爵家の一人娘として生まれた。
父は私を溺愛し、誰からも手を出されぬように軟禁し、私の世界は家の中だけだった。
父の愛は異常だった。
彼は私を娘として愛すのではなく、自分の愛人として私を愛し、無理矢理私の身体を開き、凌辱した。
これが異常なことなど私にもわかっていたが、私を救う人は誰もいなかった。
母は父の愛情を一心に受ける私が憎らしかったようで、食事を抜かれたり叩かれたりと父にバレないように自分の気が済むまで私を攻撃した。
あるときいつものように部屋にこもっていると、何やら部屋の外から音がする。
父からきつく開けるなと言われているので開けないよう大人しくしていると、なぜかさらに音が大きくなっていき、一体何事だと恐ろしくなる。
すると、ガチャリとドアが開いたかと思えば、ひょっこりと顔を出してきたのは男の子。
使用人と家族以外誰とも会ってなかった私にとって、その出会いは衝撃的だった。
「やはり我の目は正しかった!」
彼が言うには、どうやら窓の外から私の姿が見えたらしく、彼は絶対にこの部屋に私がいると言って聞かず、無理矢理扉を開けさせたらしい。
まさか独占欲の塊である父が扉を開けるなんて、と驚いたが、どうやら彼は普通の貴族の子息ではないらしく、この国の王子だそうだ。
だから言うことを聞かざるを得なかったらしい。
「ほら、日に当たったほうがよいぞ? せっかく我が来たのだ、相手をしろ」
「え? ちょっと……っ」
父はバツが悪そうにしていたが、さすがにここで文句を言うことはできないだろう。
それがわかっているからか、男の子は私の手をグイグイと力強く引っ張って行く。
「名前は?」
「……エラ」
「エラか。あの狸にしてはいい名を付けたな。我はギルベルトだ。気安くギルと呼んでもいいぞ」
王子は不遜であったが、悪い気はしなかった。
こうして身内以外の誰かと一緒にいるなんてことがなかったからか、距離感がわからないながらも彼は私のことを一応慮ってくれているらしい。
なぜか私の境遇も察してくれているようで、「ずっと閉じ込められていたのだろう? 何がしたい?」と聞いてくる。
「したいことって言われても、ずっと部屋にいたからわからない」
「ほう、それは確かに一理あるな。では、我が外の楽しさを教えてやろう」
そのあとは外を散歩したり、木陰に腰かけてギルベルトの話を聞いたり。
普段できないことをするのは楽しく、また未知の話を聞くのは興味深かった。
ギルベルトも私と遊ぶのは満更ではなかったようで、その日だけでなく定期的にそれらしい用事を見繕っては我が家へ遊びに来るようになり、私を隠そうと必死の父の奮闘も虚しく、彼はすぐに私を見つけては外へ連れ出して遊んでくれた。
庭だけでなく、市街地に連れ出して買い物をしたり、市街地からさらに離れた野山に出向いてピクニックや釣りをしたり。
今まで経験してこなかったぶんを取り戻すようにギルベルトと一緒に遊び倒す。
彼と一緒だと何をするでも楽しくて、ギルベルトと遊ぶ日をいつも待ち遠しく思っていた。
「王子だからといって調子に乗りやがって……!!」
父は嫉妬で私を甚振ることが多くなったが、そのたびに私の様子に気づいたギルベルトが父に何かをしたらしく、だんだんと嬲られる頻度も少しずつ減って行き、生活もだいぶ快適になってきていた。
たまに父や母から多少何かされようとも、ギルベルトと遊ぶためなら我慢することができた。
「最近どうだ? 狸親父に何かされていないか?」
今日は久々にギルベルトの私室に遊びに来ていた。
ここなら誰に文句を言われることも邪魔されることもないから、とベッドに腰かける私の膝の上に頭を乗せて転がるギルベルト。
父とは違って彼は強引に身体を弄ることもなければ無理矢理押し倒すこともなく、私が嫌がることはしなかった。
ちゃんと私の様子を伺ってくれて、私が嫌がってないとわかるとこうしてたまに甘えてくる。
それを可愛らしく、少しだけ愛しく思いながら、この貴重な二人の時間がずっと続けばいいなと、優しくギルベルトの髪を撫でた。
「何かって?」
「いや、大丈夫ならよい。……なぁ、エラ」
「何?」
「我と結婚する気はないか?」
突然、何を言い出すのかと固まる私。
そして、またいつもの冗談かと思い直して「やだ、また冗談でしょ? もう、ちょっと本気にしちゃったじゃない」と笑えば、「本気だが?」とまっすぐ見つめられながら追撃され、思わずたじろいだ。
「……本気?」
「あぁ」
「でも、私……まだ十四だし、そもそも結婚だなんて絶対父が認めてくれないわよ」
ただでさえ嫉妬深い父が例え王家だろうが自分を嫁にやるとは思えなかった。
今でさえ、こうしてギルベルトと一緒にいるのをよく思っていないというのに、婚約など絶対に認めてくれないだろう。
「婚約するのに年齢は関係ないだろ」
「そうだけど、父をどう説得する気?」
「そりゃ権力にモノを言わせて……」
「本気?」
「半分本気で、半分冗談だ。だが、ちゃんと何としても説得してみせるよ」
いつもの軽口を言いつつも、瞳は真剣で。
こんなにまっすぐ強い瞳でギルベルトに見つめられたことなどなくて戸惑う。
「エラとしてはどうなんだ?」
「え? 私?」
「その話しぶりだとキミの気持ちとしては問題ないように思えるが。我は自惚れていいのだろうか?」
いつの間にかギルベルトが上体を起こし、ゆっくりと私を押し倒して上から見下ろしてくる。
先程と形勢が入れ替わって身動きが取れず、思わず視線が泳いだ。
「そんな、急に言われても……」
「我は前からエラのことが好きだと言っていたぞ」
「それは……確かに言われてたけど。でも、私なんかのどこがいいの?」
父に執着されて、母には迫害され、身体も純潔ではなく、散々嬲られたせいで醜いというのに。
性格も歪んでるし、我が強く、ギルベルトには言いたい放題だ。
「最初は一目惚れだったが、今はそういう強気で勝ち気なところがいい。我に媚びるでもなく、自然なままで我を受け入れてくれるところがいい。境遇に悲観せずに前向きなのもよいと思うし、それから……」
「もういい。もうそれ以上言わなくていいわよ」
臆面もなくつらつらと言ってのけるギルベルトに、こっちが恥ずかしくなる。
ギルベルトには羞恥心というものがないのか、好意をあからさまに示してくれるのは嬉しいながらも面映かった。
「なんだ、エラの魅力はこんなものでは済まないぞ?」
「本当、そういうとこ……。そんなんで、今後国王なんかなれるの?」
「なれるさ。そして王妃としてサポートしてもらうために今エラを口説いてる」
「調子のいいこと言って」
だんだんと距離を詰めてくるギルベルト。
口元に吐息がかかるくらいの近さ。
普段している父とのそれとは違って、今までで一番ドキドキした。
「エラ」
名前を呼ばれて目を閉じる。
ゆっくりと重なる唇。
初めてのギルベルトのキスは甘くて柔らかくて愛しくて切なくて、勝手に涙が溢れてきた。
「……っ、そんなに嫌だったか!?」
「違っ、そうじゃなくて」
私が泣いたことで動揺したらしいギルベルトが慌てふためく。
それがなんだかおかしくて、泣きながら笑ってしまった。
「あーもー、好きよ。ギル。私も好き。だから嬉しくて泣いたの」
「なんだ、焦らせるな。そうか、エラも我のことが好きなのか~!」
「もう何度も繰り返さないでよ」
「ははは、我も嬉しくてな! よし、決めた。婚約するぞ。まずは我の父に言おう。こういうのは外堀を埋めておかなくては!」
「結局権力振りかざすんじゃない」
お互い笑い合って目を合わすと、再びキスをする。
このときが私にとって今までで一番最高に幸せであった瞬間だった。
父は私を溺愛し、誰からも手を出されぬように軟禁し、私の世界は家の中だけだった。
父の愛は異常だった。
彼は私を娘として愛すのではなく、自分の愛人として私を愛し、無理矢理私の身体を開き、凌辱した。
これが異常なことなど私にもわかっていたが、私を救う人は誰もいなかった。
母は父の愛情を一心に受ける私が憎らしかったようで、食事を抜かれたり叩かれたりと父にバレないように自分の気が済むまで私を攻撃した。
あるときいつものように部屋にこもっていると、何やら部屋の外から音がする。
父からきつく開けるなと言われているので開けないよう大人しくしていると、なぜかさらに音が大きくなっていき、一体何事だと恐ろしくなる。
すると、ガチャリとドアが開いたかと思えば、ひょっこりと顔を出してきたのは男の子。
使用人と家族以外誰とも会ってなかった私にとって、その出会いは衝撃的だった。
「やはり我の目は正しかった!」
彼が言うには、どうやら窓の外から私の姿が見えたらしく、彼は絶対にこの部屋に私がいると言って聞かず、無理矢理扉を開けさせたらしい。
まさか独占欲の塊である父が扉を開けるなんて、と驚いたが、どうやら彼は普通の貴族の子息ではないらしく、この国の王子だそうだ。
だから言うことを聞かざるを得なかったらしい。
「ほら、日に当たったほうがよいぞ? せっかく我が来たのだ、相手をしろ」
「え? ちょっと……っ」
父はバツが悪そうにしていたが、さすがにここで文句を言うことはできないだろう。
それがわかっているからか、男の子は私の手をグイグイと力強く引っ張って行く。
「名前は?」
「……エラ」
「エラか。あの狸にしてはいい名を付けたな。我はギルベルトだ。気安くギルと呼んでもいいぞ」
王子は不遜であったが、悪い気はしなかった。
こうして身内以外の誰かと一緒にいるなんてことがなかったからか、距離感がわからないながらも彼は私のことを一応慮ってくれているらしい。
なぜか私の境遇も察してくれているようで、「ずっと閉じ込められていたのだろう? 何がしたい?」と聞いてくる。
「したいことって言われても、ずっと部屋にいたからわからない」
「ほう、それは確かに一理あるな。では、我が外の楽しさを教えてやろう」
そのあとは外を散歩したり、木陰に腰かけてギルベルトの話を聞いたり。
普段できないことをするのは楽しく、また未知の話を聞くのは興味深かった。
ギルベルトも私と遊ぶのは満更ではなかったようで、その日だけでなく定期的にそれらしい用事を見繕っては我が家へ遊びに来るようになり、私を隠そうと必死の父の奮闘も虚しく、彼はすぐに私を見つけては外へ連れ出して遊んでくれた。
庭だけでなく、市街地に連れ出して買い物をしたり、市街地からさらに離れた野山に出向いてピクニックや釣りをしたり。
今まで経験してこなかったぶんを取り戻すようにギルベルトと一緒に遊び倒す。
彼と一緒だと何をするでも楽しくて、ギルベルトと遊ぶ日をいつも待ち遠しく思っていた。
「王子だからといって調子に乗りやがって……!!」
父は嫉妬で私を甚振ることが多くなったが、そのたびに私の様子に気づいたギルベルトが父に何かをしたらしく、だんだんと嬲られる頻度も少しずつ減って行き、生活もだいぶ快適になってきていた。
たまに父や母から多少何かされようとも、ギルベルトと遊ぶためなら我慢することができた。
「最近どうだ? 狸親父に何かされていないか?」
今日は久々にギルベルトの私室に遊びに来ていた。
ここなら誰に文句を言われることも邪魔されることもないから、とベッドに腰かける私の膝の上に頭を乗せて転がるギルベルト。
父とは違って彼は強引に身体を弄ることもなければ無理矢理押し倒すこともなく、私が嫌がることはしなかった。
ちゃんと私の様子を伺ってくれて、私が嫌がってないとわかるとこうしてたまに甘えてくる。
それを可愛らしく、少しだけ愛しく思いながら、この貴重な二人の時間がずっと続けばいいなと、優しくギルベルトの髪を撫でた。
「何かって?」
「いや、大丈夫ならよい。……なぁ、エラ」
「何?」
「我と結婚する気はないか?」
突然、何を言い出すのかと固まる私。
そして、またいつもの冗談かと思い直して「やだ、また冗談でしょ? もう、ちょっと本気にしちゃったじゃない」と笑えば、「本気だが?」とまっすぐ見つめられながら追撃され、思わずたじろいだ。
「……本気?」
「あぁ」
「でも、私……まだ十四だし、そもそも結婚だなんて絶対父が認めてくれないわよ」
ただでさえ嫉妬深い父が例え王家だろうが自分を嫁にやるとは思えなかった。
今でさえ、こうしてギルベルトと一緒にいるのをよく思っていないというのに、婚約など絶対に認めてくれないだろう。
「婚約するのに年齢は関係ないだろ」
「そうだけど、父をどう説得する気?」
「そりゃ権力にモノを言わせて……」
「本気?」
「半分本気で、半分冗談だ。だが、ちゃんと何としても説得してみせるよ」
いつもの軽口を言いつつも、瞳は真剣で。
こんなにまっすぐ強い瞳でギルベルトに見つめられたことなどなくて戸惑う。
「エラとしてはどうなんだ?」
「え? 私?」
「その話しぶりだとキミの気持ちとしては問題ないように思えるが。我は自惚れていいのだろうか?」
いつの間にかギルベルトが上体を起こし、ゆっくりと私を押し倒して上から見下ろしてくる。
先程と形勢が入れ替わって身動きが取れず、思わず視線が泳いだ。
「そんな、急に言われても……」
「我は前からエラのことが好きだと言っていたぞ」
「それは……確かに言われてたけど。でも、私なんかのどこがいいの?」
父に執着されて、母には迫害され、身体も純潔ではなく、散々嬲られたせいで醜いというのに。
性格も歪んでるし、我が強く、ギルベルトには言いたい放題だ。
「最初は一目惚れだったが、今はそういう強気で勝ち気なところがいい。我に媚びるでもなく、自然なままで我を受け入れてくれるところがいい。境遇に悲観せずに前向きなのもよいと思うし、それから……」
「もういい。もうそれ以上言わなくていいわよ」
臆面もなくつらつらと言ってのけるギルベルトに、こっちが恥ずかしくなる。
ギルベルトには羞恥心というものがないのか、好意をあからさまに示してくれるのは嬉しいながらも面映かった。
「なんだ、エラの魅力はこんなものでは済まないぞ?」
「本当、そういうとこ……。そんなんで、今後国王なんかなれるの?」
「なれるさ。そして王妃としてサポートしてもらうために今エラを口説いてる」
「調子のいいこと言って」
だんだんと距離を詰めてくるギルベルト。
口元に吐息がかかるくらいの近さ。
普段している父とのそれとは違って、今までで一番ドキドキした。
「エラ」
名前を呼ばれて目を閉じる。
ゆっくりと重なる唇。
初めてのギルベルトのキスは甘くて柔らかくて愛しくて切なくて、勝手に涙が溢れてきた。
「……っ、そんなに嫌だったか!?」
「違っ、そうじゃなくて」
私が泣いたことで動揺したらしいギルベルトが慌てふためく。
それがなんだかおかしくて、泣きながら笑ってしまった。
「あーもー、好きよ。ギル。私も好き。だから嬉しくて泣いたの」
「なんだ、焦らせるな。そうか、エラも我のことが好きなのか~!」
「もう何度も繰り返さないでよ」
「ははは、我も嬉しくてな! よし、決めた。婚約するぞ。まずは我の父に言おう。こういうのは外堀を埋めておかなくては!」
「結局権力振りかざすんじゃない」
お互い笑い合って目を合わすと、再びキスをする。
このときが私にとって今までで一番最高に幸せであった瞬間だった。
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