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第7話 誰も来ない朝
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第7話 誰も来ない朝
朝が来たことは、
窓から差し込む光で分かった。
けれど――
それだけだった。
目を覚ましても、
扉の外は静かだ。
呼びに来る足音も、
時間を告げる声も、
慌ただしい気配もない。
エレシアは、
しばらく天井を見つめたまま、
動かなかった。
(……起きなくて、いいのよね)
誰かに確認される予定も、
朝の予定も、
一切、存在しない。
前世の朝を思い出す。
目覚ましの音。
鳴り止まない通知。
「遅れるな」「急げ」「早く来い」。
起きた瞬間から、
世界に追い立てられていた。
だが、今は違う。
誰も、
彼女を必要としていない。
それは、
悲しいことのはずなのに――
(……静か)
(すごく、静か)
エレシアは、
ゆっくりと体を起こした。
急ぐ理由が、
どこにもない。
机の上には、
昨日のままの本。
途中で閉じたページも、
そのまま。
(読まなくても、
怒られない)
(読んでも、
評価されない)
それが、
不思議と心地よかった。
しばらくして、
ノックの音がした。
一瞬、身構えかけて、
すぐに思い直す。
(……違う)
(説教じゃない)
(命令でも、
呼び出しでもない)
扉が静かに開き、
食事を載せた盆を持った使用人が、
無言で入ってくる。
目も、合わない。
必要な動作だけを行い、
何も言わず、
何も聞かず。
そして、
盆を置くと、
一礼して出ていった。
(……本当に、
用事だけ)
パンとスープ。
質素だが、十分だ。
エレシアは、
しばらくそれを眺めてから、
ゆっくりと口に運んだ。
誰かと会話しながらの食事でもない。
作法を意識する必要もない。
評価される視線も、ない。
ただ、
食べたい分だけ、
食べる。
「……」
思わず、
小さく息が漏れた。
(呼び出し、
来ないわね)
食事が終わっても、
何も起こらない。
いつもなら、
この時間には
礼法の確認があり、
午後には誰かが訪ねてきて、
夜には次の日の準備があった。
だが、今日は違う。
一日が、
ぽっかりと空いている。
(……何を、
しようかしら)
そう考えて、
すぐに気づく。
(……考えなくて、
いいのか)
「何をするか」を
決める必要がない。
「何もしない」ことが、
予定表に書かれている。
エレシアは、
椅子に座り、
窓の外を眺めた。
人が行き交い、
誰かが忙しそうに歩いている。
(みんな、
働いてるわね)
(……偉い)
だが、
そこに羨望はない。
前世なら、
あの中に混ざって、
必死に動いていた。
止まったら、
置いていかれる気がして。
今は――
止まっている。
それも、
命令によって。
「……呼び出しも、
説教も、
仕事も、ない」
声に出して、
確認する。
誰も、
「様子を見に来た」とは言わない。
誰も、
「心配だから」とは言わない。
誰も、
「説明が足りない」とは言わない。
(……干渉禁止、
すごい)
昼になっても、
状況は変わらなかった。
食事が運ばれ、
静かに下げられ、
それで終わり。
午後も、
夜も。
誰も、
彼女を呼ばない。
エレシアは、
ベッドに腰掛け、
ぼんやりと考える。
(……これが、
謹慎)
(罰、のはずなのに)
胸の奥に、
奇妙な感覚が広がっていく。
(……嬉しい)
それを認めた瞬間、
罪悪感は、
驚くほど湧かなかった。
前世で、
「休みたい」と思うたびに、
自分を責めていた。
「怠けだ」
「甘えだ」
「皆は頑張っている」
でも今は――
公式に、
休んでいい。
エレシアは、
ベッドに横になり、
目を閉じた。
(……誰も来ない)
(それが、
こんなに、
安心するなんて)
この朝は、
彼女にとって、
特別な意味を持っていた。
それは、
人生で初めて迎えた――
「何も期待されない朝」
そして、
その静けさは、
彼女の中に、
はっきりとした確信を芽生えさせ始めていた。
――この謹慎は、
罰ではない。
むしろ、
救いなのではないかと。
エレシアは、
眠りに落ちる直前、
小さく呟いた。
「……悪くないわね」
誰も聞いていない。
誰も返事をしない。
その沈黙こそが――
今の彼女にとって、
何よりの肯定だった。
朝が来たことは、
窓から差し込む光で分かった。
けれど――
それだけだった。
目を覚ましても、
扉の外は静かだ。
呼びに来る足音も、
時間を告げる声も、
慌ただしい気配もない。
エレシアは、
しばらく天井を見つめたまま、
動かなかった。
(……起きなくて、いいのよね)
誰かに確認される予定も、
朝の予定も、
一切、存在しない。
前世の朝を思い出す。
目覚ましの音。
鳴り止まない通知。
「遅れるな」「急げ」「早く来い」。
起きた瞬間から、
世界に追い立てられていた。
だが、今は違う。
誰も、
彼女を必要としていない。
それは、
悲しいことのはずなのに――
(……静か)
(すごく、静か)
エレシアは、
ゆっくりと体を起こした。
急ぐ理由が、
どこにもない。
机の上には、
昨日のままの本。
途中で閉じたページも、
そのまま。
(読まなくても、
怒られない)
(読んでも、
評価されない)
それが、
不思議と心地よかった。
しばらくして、
ノックの音がした。
一瞬、身構えかけて、
すぐに思い直す。
(……違う)
(説教じゃない)
(命令でも、
呼び出しでもない)
扉が静かに開き、
食事を載せた盆を持った使用人が、
無言で入ってくる。
目も、合わない。
必要な動作だけを行い、
何も言わず、
何も聞かず。
そして、
盆を置くと、
一礼して出ていった。
(……本当に、
用事だけ)
パンとスープ。
質素だが、十分だ。
エレシアは、
しばらくそれを眺めてから、
ゆっくりと口に運んだ。
誰かと会話しながらの食事でもない。
作法を意識する必要もない。
評価される視線も、ない。
ただ、
食べたい分だけ、
食べる。
「……」
思わず、
小さく息が漏れた。
(呼び出し、
来ないわね)
食事が終わっても、
何も起こらない。
いつもなら、
この時間には
礼法の確認があり、
午後には誰かが訪ねてきて、
夜には次の日の準備があった。
だが、今日は違う。
一日が、
ぽっかりと空いている。
(……何を、
しようかしら)
そう考えて、
すぐに気づく。
(……考えなくて、
いいのか)
「何をするか」を
決める必要がない。
「何もしない」ことが、
予定表に書かれている。
エレシアは、
椅子に座り、
窓の外を眺めた。
人が行き交い、
誰かが忙しそうに歩いている。
(みんな、
働いてるわね)
(……偉い)
だが、
そこに羨望はない。
前世なら、
あの中に混ざって、
必死に動いていた。
止まったら、
置いていかれる気がして。
今は――
止まっている。
それも、
命令によって。
「……呼び出しも、
説教も、
仕事も、ない」
声に出して、
確認する。
誰も、
「様子を見に来た」とは言わない。
誰も、
「心配だから」とは言わない。
誰も、
「説明が足りない」とは言わない。
(……干渉禁止、
すごい)
昼になっても、
状況は変わらなかった。
食事が運ばれ、
静かに下げられ、
それで終わり。
午後も、
夜も。
誰も、
彼女を呼ばない。
エレシアは、
ベッドに腰掛け、
ぼんやりと考える。
(……これが、
謹慎)
(罰、のはずなのに)
胸の奥に、
奇妙な感覚が広がっていく。
(……嬉しい)
それを認めた瞬間、
罪悪感は、
驚くほど湧かなかった。
前世で、
「休みたい」と思うたびに、
自分を責めていた。
「怠けだ」
「甘えだ」
「皆は頑張っている」
でも今は――
公式に、
休んでいい。
エレシアは、
ベッドに横になり、
目を閉じた。
(……誰も来ない)
(それが、
こんなに、
安心するなんて)
この朝は、
彼女にとって、
特別な意味を持っていた。
それは、
人生で初めて迎えた――
「何も期待されない朝」
そして、
その静けさは、
彼女の中に、
はっきりとした確信を芽生えさせ始めていた。
――この謹慎は、
罰ではない。
むしろ、
救いなのではないかと。
エレシアは、
眠りに落ちる直前、
小さく呟いた。
「……悪くないわね」
誰も聞いていない。
誰も返事をしない。
その沈黙こそが――
今の彼女にとって、
何よりの肯定だった。
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