無実の罪で永遠に謹慎する女 ――謹慎していたい令嬢は、何もしないことを選びました**

鷹 綾

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第12話 会えるのは一人だけ

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第12話 会えるのは一人だけ

 

面会禁止命令が施行されてから、
世界はさらに静かになった。

正確に言えば――
余計な音が、完全に消えた。

 

誰かの足音が近づく気配もない。
扉の向こうで立ち止まる気配もない。
「様子を見に来ました」という、
あの独特の遠慮と同情が混じった空気も、
もう存在しない。

 

(……徹底してるわね)

エレシアは、
窓辺の椅子に座りながら、
静かにそう思った。

 

だが、
一つだけ、例外があった。

 

毎日、決まった時間。
控えめなノック。

そして――
必要最低限の動作。

 

「……失礼いたします」

 

その声は、
小さく、淡々としていた。

 

扉を開けて入ってくるのは、
一人のメイド。

年の頃は二十代半ば。
目立つ容姿ではなく、
派手さも、感情の起伏もない。

 

彼女は、
食事を盆ごと置き、
床に落ちた埃を静かに拭き、
何事もなかったかのように去っていく。

 

それだけ。

 

(……この人だけ、
 会っていいのね)

 

エレシアは、
その事実を、
ゆっくりと噛みしめた。

 

面会禁止。

それは、
誰とも会えない、という意味ではない。

 

「業務上、必要な者」だけは、
 許可されている。

 

そして、
その範囲は、
驚くほど狭い。

 

「お食事をお持ちしました」

「……ありがとうございます」

 

それだけの会話。

 

名前も、
雑談も、
感想もない。

 

エレシアは、
最初の数日は、
少しだけ戸惑っていた。

 

(……もう少し、
 話しかけてくるかと、
 思ったけど)

 

だが、
その期待も、
すぐに消えた。

 

彼女は、
話さないことを、
 完璧に守っている。

 

余計な言葉を、
一切、発しない。

 

それは、
命令だからではない。

(……この人、
 理解してる)

(“干渉しない”って、
 どういうことか)

 

前世で、
どれほど「善意の会話」に
疲弊したことか。

「大丈夫?」
「何かあったら言って」
「気分転換に外に出ない?」

 

どれも、
悪気はない。

だが、
全部、干渉だった。

 

今、
目の前にいるメイドは、
それをしない。

 

床を拭き、
食器を下げ、
必要なことだけを済ませる。

 

そして、
去る。

 

(……理想的)

 

エレシアは、
食事を取りながら、
時折、その背中を見つめていた。

 

彼女は、
振り返らない。

視線を合わせようともしない。

 

それが、
心地よかった。

 

数日が過ぎ、
エレシアは気づく。

 

(……この人)

(毎日、
 同じ動き)

 

時間も、
所作も、
順番も。

 

完璧に、
一定。

 

(……安心する)

 

変化がない。
予想外がない。

 

世界は、
この部屋の中では、
固定されている。

 

ある日、
エレシアは、
ほんの気まぐれで、
声をかけてみた。

 

「……いつも、
 ありがとうございます」

 

それは、
感謝というより、
確認だった。

 

メイドは、
一瞬だけ動きを止めた。

ほんの、
一拍。

 

そして、
小さく頭を下げる。

 

「……お仕事ですので」

 

それだけ。

 

声は、
静かで、
余計な感情を含まない。

 

それ以上、
何も言わず、
彼女は部屋を出ていった。

 

扉が閉まる。

 

エレシアは、
しばらく、その音を
聞いていた。

 

(……いい距離)

 

会話がないことを、
寂しいとは思わなかった。

 

むしろ――
安心している自分に、
気づいた。

 

(この人は、
 私に何も求めない)

(慰めも、
 理解も、
 共感も)

 

それらは、
一見、優しそうに見えて、
実は、重い。

 

「分かるよ」と言われるたびに、
説明しなければならなくなる。

「大丈夫?」と聞かれるたびに、
大丈夫なフリをしなければならなくなる。

 

だが、
このメイドは違う。

 

沈黙を、
 そのまま受け入れている。

 

夜。

エレシアは、
ベッドに横になり、
天井を見つめた。

 

(……会えるのは、
 一人だけ)

 

それは、
孤立ではない。

 

厳選だ。

 

世界との接点を、
必要最低限にまで削ぎ落とした結果、
残った唯一の接点。

 

それが、
この無口なメイド。

 

(……悪くない)

 

エレシアは、
小さく息を吐いた。

 

世界は、
さらに狭くなった。

だが――
その分、
安全になった。

 

誰も、
踏み込んでこない。

誰も、
壊しにこない。

 

静寂の中で、
唯一、規則正しく現れる存在。

 

それが、
彼女の生活を、
安定させていた。

 

エレシアは、
目を閉じながら、
心の中で結論づける。

 

(……人は、
 多くなくていい)

(一人いれば、
 十分)

 

それ以上の関係は、
今の自分には、
必要ない。

 

こうして、
面会禁止という命令は、
新たな形で、
彼女の世界を完成させていく。

 

会えるのは、一人だけ。

 

それは、
孤独ではなく――
選び抜かれた、
最小限の世界だった。

 

そしてエレシアは、
その世界に、
静かに満足していた。
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