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第16話 噂が途絶える
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第16話 噂が途絶える
最初に変化に気づいたのは、
エレシア自身ではなかった。
――噂話というものは、
音よりも先に消える。
人々が口にしなくなった時、
それはもう、
存在しないのと同じだ。
エレシアは、
いつも通りの朝を迎えていた。
光が差し込み、
何も起こらず、
誰も来ない。
(……今日も、
変わらない)
その事実を確認して、
心が揺れない。
だが、
その「変わらなさ」は、
城の外側では、
静かな変化を生んでいた。
――エレシア・ヴァレンティス。
かつては、
王太子妃候補として、
必ず話題に上った名前。
「大人しいけれど、
育ちは良い」
「存在感は薄いが、
無難ではある」
そんな評価が、
良くも悪くも、
人々の口を行き交っていた。
だが――
最近、
その名前が、
出なくなった。
「……そういえば、
あの件、
どうなった?」
誰かが、
何気なく話題にしようとしても、
返ってくるのは、
曖昧な反応だけ。
「さあ……」
「もう、終わった話だろう」
「今さら触れることでもない」
噂は、
否定されて消えるのではない。
忘れられて、消える。
それは、
意図された結果だった。
面会禁止。
干渉禁止。
無期限謹慎。
この三つが揃えば、
話題は自然と枯れる。
新しい情報が、
一切、供給されないからだ。
人は、
変化のないものに、
興味を持ち続けられない。
エレシアは、
そのことを、
まだ知らない。
だが、
彼女の生活には、
確実に影響が現れ始めていた。
ある日、
食事を運んできたメイドが、
ほんの一瞬だけ、
言葉を落とした。
「……最近、
この辺り、
静かです」
それは、
これまでで最も長い会話だった。
エレシアは、
少しだけ考えてから、
頷く。
「……そうですね」
それだけ。
メイドは、
それ以上、
何も言わなかった。
だが、
その一言が、
すべてを物語っていた。
話題にする人が、
もう、いない。
エレシアは、
窓辺に立ち、
庭を眺める。
以前と、
何も変わらない景色。
だが――
確実に違うことがあった。
(……視線が、
届いていない)
誰かが、
こちらを気にしている感覚が、
完全に消えている。
同情の視線も。
好奇の視線も。
警戒の視線も。
(……完全に、
関心の外)
それは、
孤独ではなかった。
自由だった。
前世では、
噂に縛られていた。
「どう思われているか」
「何を言われているか」
それを気にするだけで、
心がすり減った。
だが今は、
そもそも噂がない。
評価されることも、
誤解されることもない。
(……楽、ね)
エレシアは、
小さく息を吐いた。
誰かに語られないということは、
誰かに定義されないということ。
「こういう人だ」
「こうあるべきだ」
そんな枠組みから、
完全に外れている。
夜。
部屋は、
相変わらず静かだ。
エレシアは、
ベッドに腰掛け、
ぼんやりと考える。
(……私の名前)
(今、
誰かの口に、
出ているかしら)
すぐに、
答えが浮かぶ。
(……出ていない)
その事実に、
胸が、
すっと軽くなる。
忘れられることは、
悲劇だと教えられてきた。
だが、
今の彼女にとっては、
違う。
忘れられることは、
解放だ。
噂が途絶える。
それは、
世界が、
彼女を手放し始めた証拠。
エレシアは、
目を閉じながら、
静かに思った。
(……このまま)
(……誰の記憶にも、
引っかからなくなればいい)
それは、
逃避ではない。
選択だ。
世界から、
少しずつ、
距離を取る。
誰にも見られず、
誰にも語られず、
誰にも求められない。
その状態こそが、
彼女にとっての、
最上の自由だった。
こうして――
噂は、
音もなく消えていく。
誰も騒がず、
誰も惜しまず、
誰も気づかぬまま。
そしてエレシアは、
その静かな消失を、
心から歓迎していた。
第4章は、
ここから始まる。
**「忘れられていく存在」**という、
新しい自由の章が。
最初に変化に気づいたのは、
エレシア自身ではなかった。
――噂話というものは、
音よりも先に消える。
人々が口にしなくなった時、
それはもう、
存在しないのと同じだ。
エレシアは、
いつも通りの朝を迎えていた。
光が差し込み、
何も起こらず、
誰も来ない。
(……今日も、
変わらない)
その事実を確認して、
心が揺れない。
だが、
その「変わらなさ」は、
城の外側では、
静かな変化を生んでいた。
――エレシア・ヴァレンティス。
かつては、
王太子妃候補として、
必ず話題に上った名前。
「大人しいけれど、
育ちは良い」
「存在感は薄いが、
無難ではある」
そんな評価が、
良くも悪くも、
人々の口を行き交っていた。
だが――
最近、
その名前が、
出なくなった。
「……そういえば、
あの件、
どうなった?」
誰かが、
何気なく話題にしようとしても、
返ってくるのは、
曖昧な反応だけ。
「さあ……」
「もう、終わった話だろう」
「今さら触れることでもない」
噂は、
否定されて消えるのではない。
忘れられて、消える。
それは、
意図された結果だった。
面会禁止。
干渉禁止。
無期限謹慎。
この三つが揃えば、
話題は自然と枯れる。
新しい情報が、
一切、供給されないからだ。
人は、
変化のないものに、
興味を持ち続けられない。
エレシアは、
そのことを、
まだ知らない。
だが、
彼女の生活には、
確実に影響が現れ始めていた。
ある日、
食事を運んできたメイドが、
ほんの一瞬だけ、
言葉を落とした。
「……最近、
この辺り、
静かです」
それは、
これまでで最も長い会話だった。
エレシアは、
少しだけ考えてから、
頷く。
「……そうですね」
それだけ。
メイドは、
それ以上、
何も言わなかった。
だが、
その一言が、
すべてを物語っていた。
話題にする人が、
もう、いない。
エレシアは、
窓辺に立ち、
庭を眺める。
以前と、
何も変わらない景色。
だが――
確実に違うことがあった。
(……視線が、
届いていない)
誰かが、
こちらを気にしている感覚が、
完全に消えている。
同情の視線も。
好奇の視線も。
警戒の視線も。
(……完全に、
関心の外)
それは、
孤独ではなかった。
自由だった。
前世では、
噂に縛られていた。
「どう思われているか」
「何を言われているか」
それを気にするだけで、
心がすり減った。
だが今は、
そもそも噂がない。
評価されることも、
誤解されることもない。
(……楽、ね)
エレシアは、
小さく息を吐いた。
誰かに語られないということは、
誰かに定義されないということ。
「こういう人だ」
「こうあるべきだ」
そんな枠組みから、
完全に外れている。
夜。
部屋は、
相変わらず静かだ。
エレシアは、
ベッドに腰掛け、
ぼんやりと考える。
(……私の名前)
(今、
誰かの口に、
出ているかしら)
すぐに、
答えが浮かぶ。
(……出ていない)
その事実に、
胸が、
すっと軽くなる。
忘れられることは、
悲劇だと教えられてきた。
だが、
今の彼女にとっては、
違う。
忘れられることは、
解放だ。
噂が途絶える。
それは、
世界が、
彼女を手放し始めた証拠。
エレシアは、
目を閉じながら、
静かに思った。
(……このまま)
(……誰の記憶にも、
引っかからなくなればいい)
それは、
逃避ではない。
選択だ。
世界から、
少しずつ、
距離を取る。
誰にも見られず、
誰にも語られず、
誰にも求められない。
その状態こそが、
彼女にとっての、
最上の自由だった。
こうして――
噂は、
音もなく消えていく。
誰も騒がず、
誰も惜しまず、
誰も気づかぬまま。
そしてエレシアは、
その静かな消失を、
心から歓迎していた。
第4章は、
ここから始まる。
**「忘れられていく存在」**という、
新しい自由の章が。
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