無実の罪で永遠に謹慎する女 ――謹慎していたい令嬢は、何もしないことを選びました**

鷹 綾

文字の大きさ
23 / 39

第24話 命令書の再確認

しおりを挟む
第24話 命令書の再確認

 

それは、
誰かが声を荒らげた結果ではなかった。

 

議論が白熱したからでも、
責任の押し付け合いが起きたからでもない。

 

ただ――
不安が、
静かに、
確実に、
広がっていっただけだ。

 

王城法務局の一室。

 

長机の上に、
一通の命令書が置かれている。

 

古い羊皮紙。
王太子の署名。
公式の封印。

 

エレシア・ヴァレンティスに対する
無期限謹慎命令書。

 

誰もが、
それを一度は読んでいる。

 

だが――
今日、
彼らは
もう一度、最初から
読み直していた。

 

「……確認します」

 

法務官が、
淡々と読み上げる。

 

「第一条。
 当該人物は、
 王城および関連施設への出入りを禁ずる」

 

問題なし。

 

「第二条。
 当該人物は、
 公的・私的を問わず、
 一切の職務に従事してはならない」

 

これも、
明確だ。

 

「第三条。
 当該人物に対し、
 他者は、
 説得・交渉・接触・同情を含む
 あらゆる干渉を行ってはならない」

 

その一文で、
室内の空気が、
わずかに張り詰めた。

 

「……第四条」

 

法務官は、
一瞬、
間を置いてから続ける。

 

「本命令は、
 期限を定めず、
 解除条件を明記しない」

 

沈黙。

 

それは、
今までにも
何度も読まれてきた文言だ。

 

だが、
今日の沈黙は、
 質が違った。

 

「……解除条件が、
 本当に、
 どこにもないな」

 

誰かが、
低く呟く。

 

「無実が証明された場合、
 解除する、
 という文言もない」

 

「再審査条項も、
 存在しない」

 

法務官は、
淡々と、
しかし確実に、
事実を積み上げていく。

 

「つまり――」

 

彼は、
結論を口にした。

 

「真犯人が捕まったとしても、
 この命令は、
 自動的には失効しません」

 

誰かが、
息を呑んだ。

 

それは、
論理的には
当然の結論だった。

 

だが、
現実として
突きつけられると、
重い。

 

「……では、
 解除するには?」

 

その問いに、
法務官は、
即答した。

 

「新たな命令が必要です」

 

「それは、
 王太子の権限で?」

 

「はい」

 

「……接触が必要だな」

 

その言葉に、
すぐさま、
別の声が重なる。

 

「接触は、
 第三条違反です」

 

沈黙が、
さらに深まる。

 

誰も、
反論できない。

 

無実が証明された。

 

だが、
それを理由に
近づくこと自体が、
命令違反になる。

 

「……命令を出したのは、
 殿下だ」

 

誰かが、
慎重に言う。

 

「殿下ご自身が、
 命令を破棄すれば……」

 

「それも、
 干渉に該当する可能性があります」

 

法務官は、
静かに言い切った。

 

「命令書には、
 “例外”がありません」

 

つまり――
完璧すぎる命令だった。

 

善意も、
後悔も、
訂正も、
想定されていない。

 

秩序を守るためだけに、
書かれた命令。

 

それが今、
秩序そのものを
縛っている。

 

王太子は、
その報告を受け、
しばらく、
何も言わなかった。

 

机の上に置かれた
命令書を見つめ、
指先で、
署名の部分をなぞる。

 

(……私が、
 書いた)

 

その事実が、
重くのしかかる。

 

「……解除条件を、
 書かなかった理由は?」

 

誰かが、
恐る恐る尋ねた。

 

王太子は、
低く答える。

 

「……早く、
 終わると思った」

 

疑惑は、
すぐに晴れると。

 

調査は、
短期間で終わると。

 

だから、
期限を切らなかった。

 

だが――
それは、
最悪の選択だった。

 

「……彼女は、
 今も、
 謹慎を続けているのか」

 

「命令通りに」

 

「……抗議は?」

 

「一切、
 ありません」

 

その報告に、
王太子は、
目を閉じた。

 

抗議しない。
弁明しない。
助けを求めない。

 

ただ、
命令を守り続ける。

 

それが、
彼女の選択だとしたら。

 

(……私は、
 彼女の人生を、
 止めたのか)

 

一方――
エレシアは、
その頃、
窓辺に立っていた。

 

光は、
少しずつ傾き、
部屋に影を落とす。

 

(……今日は、
 少し、
 長い一日だった気がする)

 

何も起きていない。

 

誰も来ていない。

 

それでも、
そう感じた。

 

彼女は、
机の引き出しから、
自分の謹慎命令書の写しを取り出す。

 

最初に渡された、
正式な文書。

 

何度も、
読み返している。

 

(……解除条件、
 やっぱり、
 書いてない)

 

指でなぞる。

 

文言は、
一字一句、
変わらない。

 

(……無期限)

 

それは、
曖昧ではない。

 

永遠だ。

 

彼女は、
小さく息を吐く。

 

(……安心)

 

命令が、
有効である限り、
誰も、
自分を引きずり出せない。

 

正義も、
後悔も、
善意も。

 

すべて、
この紙切れの前では、
無力だ。

 

(……完璧な命令)

 

そう思った瞬間、
彼女の表情は、
穏やかだった。

 

王城では、
命令書が、
再び封筒に戻される。

 

誰も、
破棄できない。

 

誰も、
書き換えられない。

 

ただ、
そこにあるだけ。

 

そして――
その一枚が、
王太子の未来を、
静かに、
確実に、
縛り始めていた。

 

無実を証明しても、
救えない。

 

命令書の再確認は、
王太子自身の過ちを、
公式に、
浮かび上がらせたのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

元婚約者のあなたへ どうか幸せに

石里 唯
恋愛
 公爵令嬢ローラは王太子ケネスの婚約者だったが、家が困窮したことから、婚約破棄をされることになる。破棄だけでなく、相愛と信じていたケネスの冷酷な態度に傷つき、最後の挨拶もできず別れる。失意を抱いたローラは、国を出て隣国の大学の奨学生となることを決意する。  隣国は3年前、疫病が広がり大打撃を受け、国全体が復興への熱意に満ち、ローラもその熱意に染まり勉学に勤しむ日々を送っていたところ、ある日、一人の「学生」がローラに声をかけてきて―――。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

私の婚約者を奪った義妹は、幸せになるはずでした

しおしお
恋愛
侯爵令嬢フィオレッタ・ランベールは、公爵令息ギルベルトとの婚約が決まっていた。 けれど、他国へ嫁ぐのが嫌だと訴える義妹カトリーヌは、可憐でか弱い姿を武器に、少しずつ周囲の心を動かしていく。 そしてついに起こる、婚約者交換。 婚約を奪われたフィオレッタは、義妹が拒んだ相手――他国アルディシア公国の公爵フェリクスのもとへ向かうことになる。 突然変えられ「他国へ嫁ぐなんて嫌ですわ」 そう泣いた義妹は、姉の婚約者を奪った。 侯爵令嬢フィオレッタ・ランベールは、公爵令息との婚約を義妹カトリーヌに奪われ、代わりに義妹が拒んだ他国の公爵へ嫁ぐことになる。 傷つきながらも静かに運命を受け入れるフィオレッタと、愛される幸せを手に入れたと信じるカトリーヌ。 だが、婚約交換から始まった二人の人生は、やがて思いもよらぬ形で分かれていく。 奪われた姉が辿り着く未来と、奪った妹が手にする結末とは――。 婚約交換から始まる、姉妹の明暗を描いた恋愛ざまぁ物語。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

(完結)婚約破棄から始まる真実の愛

青空一夏
恋愛
 私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。  女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?  美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)

【完結】断罪された悪役令嬢は、二度目は復讐に生きる

くろねこ
恋愛
公爵令嬢リリアーネ・アルフェルトは、 聖女と王国第一王子に嵌められ、 悪女として公開断罪され、処刑された。 弁明は許されず、真実を知る者は沈黙し、 彼女は石を投げられ、罵られ、 罪人として命を奪われた――はずだった。 しかし、彼女は教会の地下で目を覚ます。 死を代償に得たのは......... 赦しは選ばない。 和解もしない。 名乗るつもりもない。 彼女が選んだのは、 自分を裁いた者たちを、 同じ法と断罪で裁き返すこと。 最初に落ちるのは、 彼女を裏切った小さな歯車。 次に崩れるのは、 聖女の“奇跡”と信仰。 やがて王子は、 自ら築いた裁判台へと引きずり出される。 かつて正義を振りかざした者たちは、 自分が断罪される未来を想像すらしていなかった。 悪女は表舞台に立たない。 だがその裏側で、 嘘は暴かれ、 罪は積み上がり、 裁きは逃げ場なく迫っていく。 これは、 一度死んだ悪女が、 “ざまぁ”のために暴れる物語ではない。 ――逃げ場のない断罪を、 一人ずつ成立させていく物語だ。

婚約破棄されたので、もう私が支えるのはやめます

ふわふわ
恋愛
王太子アルヴィスの婚約者として、誰よりも完璧であることを求められてきた侯爵令嬢エレノア。 けれど卒業舞踏会の夜、彼女は突然、王太子から婚約破棄を告げられる。 隣に立っていたのは、可憐で愛らしい義妹ミレイユ。 「真実の愛」を掲げる二人に悪女として断じられたエレノアは、すべてを失った――はずだった。 しかし、王宮はなぜか急に回らなくなり、王太子と義妹は少しずつ綻びを見せ始める。 そんな中、エレノアの手腕にいち早く気づいていた冷徹公爵レオンハルトが、彼女へ手を差し伸べる。 「もう、あちらを支える必要はない」 王太子のためでも、侯爵家のためでもなく。 今度こそ自分の意思で立つために、エレノアは公爵家で新たな一歩を踏み出す。 一方、彼女を失って初めて、その価値の大きさを思い知る王太子と、奪ったはずの場所で何も支えられない義妹。 静かに、けれど確実に始まる立場逆転――。 これは、ずっと「選ばれる側」だった令嬢が、もう誰かのために自分を削るのをやめて、幸せも未来も自分で選び取る物語。

処理中です...