無実の罪で永遠に謹慎する女 ――謹慎していたい令嬢は、何もしないことを選びました**

鷹 綾

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第24話 命令書の再確認

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第24話 命令書の再確認

 

それは、
誰かが声を荒らげた結果ではなかった。

 

議論が白熱したからでも、
責任の押し付け合いが起きたからでもない。

 

ただ――
不安が、
静かに、
確実に、
広がっていっただけだ。

 

王城法務局の一室。

 

長机の上に、
一通の命令書が置かれている。

 

古い羊皮紙。
王太子の署名。
公式の封印。

 

エレシア・ヴァレンティスに対する
無期限謹慎命令書。

 

誰もが、
それを一度は読んでいる。

 

だが――
今日、
彼らは
もう一度、最初から
読み直していた。

 

「……確認します」

 

法務官が、
淡々と読み上げる。

 

「第一条。
 当該人物は、
 王城および関連施設への出入りを禁ずる」

 

問題なし。

 

「第二条。
 当該人物は、
 公的・私的を問わず、
 一切の職務に従事してはならない」

 

これも、
明確だ。

 

「第三条。
 当該人物に対し、
 他者は、
 説得・交渉・接触・同情を含む
 あらゆる干渉を行ってはならない」

 

その一文で、
室内の空気が、
わずかに張り詰めた。

 

「……第四条」

 

法務官は、
一瞬、
間を置いてから続ける。

 

「本命令は、
 期限を定めず、
 解除条件を明記しない」

 

沈黙。

 

それは、
今までにも
何度も読まれてきた文言だ。

 

だが、
今日の沈黙は、
 質が違った。

 

「……解除条件が、
 本当に、
 どこにもないな」

 

誰かが、
低く呟く。

 

「無実が証明された場合、
 解除する、
 という文言もない」

 

「再審査条項も、
 存在しない」

 

法務官は、
淡々と、
しかし確実に、
事実を積み上げていく。

 

「つまり――」

 

彼は、
結論を口にした。

 

「真犯人が捕まったとしても、
 この命令は、
 自動的には失効しません」

 

誰かが、
息を呑んだ。

 

それは、
論理的には
当然の結論だった。

 

だが、
現実として
突きつけられると、
重い。

 

「……では、
 解除するには?」

 

その問いに、
法務官は、
即答した。

 

「新たな命令が必要です」

 

「それは、
 王太子の権限で?」

 

「はい」

 

「……接触が必要だな」

 

その言葉に、
すぐさま、
別の声が重なる。

 

「接触は、
 第三条違反です」

 

沈黙が、
さらに深まる。

 

誰も、
反論できない。

 

無実が証明された。

 

だが、
それを理由に
近づくこと自体が、
命令違反になる。

 

「……命令を出したのは、
 殿下だ」

 

誰かが、
慎重に言う。

 

「殿下ご自身が、
 命令を破棄すれば……」

 

「それも、
 干渉に該当する可能性があります」

 

法務官は、
静かに言い切った。

 

「命令書には、
 “例外”がありません」

 

つまり――
完璧すぎる命令だった。

 

善意も、
後悔も、
訂正も、
想定されていない。

 

秩序を守るためだけに、
書かれた命令。

 

それが今、
秩序そのものを
縛っている。

 

王太子は、
その報告を受け、
しばらく、
何も言わなかった。

 

机の上に置かれた
命令書を見つめ、
指先で、
署名の部分をなぞる。

 

(……私が、
 書いた)

 

その事実が、
重くのしかかる。

 

「……解除条件を、
 書かなかった理由は?」

 

誰かが、
恐る恐る尋ねた。

 

王太子は、
低く答える。

 

「……早く、
 終わると思った」

 

疑惑は、
すぐに晴れると。

 

調査は、
短期間で終わると。

 

だから、
期限を切らなかった。

 

だが――
それは、
最悪の選択だった。

 

「……彼女は、
 今も、
 謹慎を続けているのか」

 

「命令通りに」

 

「……抗議は?」

 

「一切、
 ありません」

 

その報告に、
王太子は、
目を閉じた。

 

抗議しない。
弁明しない。
助けを求めない。

 

ただ、
命令を守り続ける。

 

それが、
彼女の選択だとしたら。

 

(……私は、
 彼女の人生を、
 止めたのか)

 

一方――
エレシアは、
その頃、
窓辺に立っていた。

 

光は、
少しずつ傾き、
部屋に影を落とす。

 

(……今日は、
 少し、
 長い一日だった気がする)

 

何も起きていない。

 

誰も来ていない。

 

それでも、
そう感じた。

 

彼女は、
机の引き出しから、
自分の謹慎命令書の写しを取り出す。

 

最初に渡された、
正式な文書。

 

何度も、
読み返している。

 

(……解除条件、
 やっぱり、
 書いてない)

 

指でなぞる。

 

文言は、
一字一句、
変わらない。

 

(……無期限)

 

それは、
曖昧ではない。

 

永遠だ。

 

彼女は、
小さく息を吐く。

 

(……安心)

 

命令が、
有効である限り、
誰も、
自分を引きずり出せない。

 

正義も、
後悔も、
善意も。

 

すべて、
この紙切れの前では、
無力だ。

 

(……完璧な命令)

 

そう思った瞬間、
彼女の表情は、
穏やかだった。

 

王城では、
命令書が、
再び封筒に戻される。

 

誰も、
破棄できない。

 

誰も、
書き換えられない。

 

ただ、
そこにあるだけ。

 

そして――
その一枚が、
王太子の未来を、
静かに、
確実に、
縛り始めていた。

 

無実を証明しても、
救えない。

 

命令書の再確認は、
王太子自身の過ちを、
公式に、
浮かび上がらせたのだった。
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