25 / 39
第26話 「もう謹慎しなくてよい」通達
しおりを挟む
第26話 「もう謹慎しなくてよい」通達
それは、
解決したつもりの言葉だった。
王城法務局が作成した文書の表題は、
簡潔で、
そしてあまりにも軽かった。
――通達
――件名:無期限謹慎の終了について
文官の一人は、
その文面を読みながら、
小さく息を吐いた。
「……これで、
一応は、
筋が通るな」
内容は、
ごく形式的なものだった。
> 当該案件における調査は終了し、
当該人物に対する疑義は完全に払拭された。
よって、
当該人物に対し課されていた謹慎について、
継続の必要はないものとする。
解除、ではない。
終了、でもない。
「継続の必要はない」。
それは、
誰かを解放するための言葉ではなく、
責任を下ろすための言葉だった。
「これでいいのか?」
別の文官が、
首を傾げる。
「解除命令ではないぞ」
「解除命令だと、
面会が必要になる」
「……なるほど」
この通達は、
彼女に直接届けることを、
前提としていない。
あくまで、
「王城としては、
もう拘束する意思はありません」
という、
内部向けの整理だった。
「では、
彼女は?」
その問いに、
即答できる者はいなかった。
謹慎を課す必要はない。
だが、
謹慎を禁じてもいない。
「……本人が、
出てくるだろう」
誰かが、
希望的観測を口にする。
「無実が証明されたんだ。
通達が出れば、
自然と――」
だが、
その言葉は、
途中で止まった。
彼女は、
面会禁止区域にいる。
通達は、
届けられない。
知らせる手段が、
ない。
「……門前に掲示するか?」
「それも、
干渉と取られる可能性がある」
結局、
文書は、
王城内で回覧されただけで、
彼女のもとへは、
一切届かなかった。
そして――
それで、
「済んだこと」になった。
一方。
エレシアは、
その日も、
静かな朝を迎えていた。
光は、
変わらず柔らかい。
部屋は、
変わらず静かだ。
(……今日も、
変わらない)
彼女は、
それを確認し、
安心する。
だが、
王城のどこかで、
自分に関する通達が出たことなど、
知る由もない。
(……もし、
“もう謹慎しなくてよい”
と言われたら)
ふと、
そんな仮定が浮かぶ。
だが、
すぐに結論が出た。
(……それは、
“してはいけない”
とは言っていない)
エレシアは、
机の上に置かれた
命令書の写しに、
視線を落とす。
無期限謹慎。
解除条件なし。
その事実は、
何一つ変わっていない。
(……謹慎しなくてもよい、
ということは)
(……謹慎していても、
よい、
ということ)
彼女は、
淡々とそう整理する。
前世で身につけた、
規則の読み方だった。
義務が解除されたとしても、
禁止が追加されたわけではない。
命令が撤回されたわけでもない。
つまり――
何も変わっていない。
その結論に、
迷いはなかった。
昼。
食事が運ばれる。
いつも通りの量。
いつも通りの無言。
メイドは、
特別なことを言わない。
彼女もまた、
通達を知らない。
知らないまま、
日常を続けている。
(……完璧)
エレシアは、
そう思った。
王城は、
「もう拘束していない」と
言いたい。
だが、
自分は、
「拘束されている」とも
「拘束されていない」とも
判断できる位置にいる。
そして――
その曖昧さこそが、
最大の安全だった。
夜。
王城では、
王太子が、
報告を受けていた。
「通達は、
回覧されました」
「……本人には?」
「届いておりません」
王太子は、
しばらく黙り込む。
(……彼女は、
出てこないか)
無実が証明された。
拘束の必要はないと示した。
それでも、
彼女は、
何の反応も見せない。
抗議もない。
感謝もない。
復帰の意思表示もない。
まるで――
世界の外にいるようだ。
一方、
エレシアは、
ベッドに横になり、
目を閉じる。
(……今日も、
何も、
起きなかった)
その事実に、
満足する。
通達が出ようと、
出まいと。
命令が解除されようと、
されまいと。
彼女の結論は、
変わらない。
(……私は、
ここにいる)
謹慎していてもいい。
誰にも、
干渉されない。
誰にも、
期待されない。
それが、
どれほど貴重な状態か。
王城が、
「もう謹慎しなくてよい」と
言ったとしても。
彼女は、
その言葉を、
必要としていなかった。
こうして――
第6章は始まる。
**「解除されたはずなのに、
誰も、
彼女を動かせない」**という
新たな段階へ。
そして、
王太子は、
まだ気づいていない。
この通達が、
問題の解決ではなく――
問題の固定であったことを。
それは、
解決したつもりの言葉だった。
王城法務局が作成した文書の表題は、
簡潔で、
そしてあまりにも軽かった。
――通達
――件名:無期限謹慎の終了について
文官の一人は、
その文面を読みながら、
小さく息を吐いた。
「……これで、
一応は、
筋が通るな」
内容は、
ごく形式的なものだった。
> 当該案件における調査は終了し、
当該人物に対する疑義は完全に払拭された。
よって、
当該人物に対し課されていた謹慎について、
継続の必要はないものとする。
解除、ではない。
終了、でもない。
「継続の必要はない」。
それは、
誰かを解放するための言葉ではなく、
責任を下ろすための言葉だった。
「これでいいのか?」
別の文官が、
首を傾げる。
「解除命令ではないぞ」
「解除命令だと、
面会が必要になる」
「……なるほど」
この通達は、
彼女に直接届けることを、
前提としていない。
あくまで、
「王城としては、
もう拘束する意思はありません」
という、
内部向けの整理だった。
「では、
彼女は?」
その問いに、
即答できる者はいなかった。
謹慎を課す必要はない。
だが、
謹慎を禁じてもいない。
「……本人が、
出てくるだろう」
誰かが、
希望的観測を口にする。
「無実が証明されたんだ。
通達が出れば、
自然と――」
だが、
その言葉は、
途中で止まった。
彼女は、
面会禁止区域にいる。
通達は、
届けられない。
知らせる手段が、
ない。
「……門前に掲示するか?」
「それも、
干渉と取られる可能性がある」
結局、
文書は、
王城内で回覧されただけで、
彼女のもとへは、
一切届かなかった。
そして――
それで、
「済んだこと」になった。
一方。
エレシアは、
その日も、
静かな朝を迎えていた。
光は、
変わらず柔らかい。
部屋は、
変わらず静かだ。
(……今日も、
変わらない)
彼女は、
それを確認し、
安心する。
だが、
王城のどこかで、
自分に関する通達が出たことなど、
知る由もない。
(……もし、
“もう謹慎しなくてよい”
と言われたら)
ふと、
そんな仮定が浮かぶ。
だが、
すぐに結論が出た。
(……それは、
“してはいけない”
とは言っていない)
エレシアは、
机の上に置かれた
命令書の写しに、
視線を落とす。
無期限謹慎。
解除条件なし。
その事実は、
何一つ変わっていない。
(……謹慎しなくてもよい、
ということは)
(……謹慎していても、
よい、
ということ)
彼女は、
淡々とそう整理する。
前世で身につけた、
規則の読み方だった。
義務が解除されたとしても、
禁止が追加されたわけではない。
命令が撤回されたわけでもない。
つまり――
何も変わっていない。
その結論に、
迷いはなかった。
昼。
食事が運ばれる。
いつも通りの量。
いつも通りの無言。
メイドは、
特別なことを言わない。
彼女もまた、
通達を知らない。
知らないまま、
日常を続けている。
(……完璧)
エレシアは、
そう思った。
王城は、
「もう拘束していない」と
言いたい。
だが、
自分は、
「拘束されている」とも
「拘束されていない」とも
判断できる位置にいる。
そして――
その曖昧さこそが、
最大の安全だった。
夜。
王城では、
王太子が、
報告を受けていた。
「通達は、
回覧されました」
「……本人には?」
「届いておりません」
王太子は、
しばらく黙り込む。
(……彼女は、
出てこないか)
無実が証明された。
拘束の必要はないと示した。
それでも、
彼女は、
何の反応も見せない。
抗議もない。
感謝もない。
復帰の意思表示もない。
まるで――
世界の外にいるようだ。
一方、
エレシアは、
ベッドに横になり、
目を閉じる。
(……今日も、
何も、
起きなかった)
その事実に、
満足する。
通達が出ようと、
出まいと。
命令が解除されようと、
されまいと。
彼女の結論は、
変わらない。
(……私は、
ここにいる)
謹慎していてもいい。
誰にも、
干渉されない。
誰にも、
期待されない。
それが、
どれほど貴重な状態か。
王城が、
「もう謹慎しなくてよい」と
言ったとしても。
彼女は、
その言葉を、
必要としていなかった。
こうして――
第6章は始まる。
**「解除されたはずなのに、
誰も、
彼女を動かせない」**という
新たな段階へ。
そして、
王太子は、
まだ気づいていない。
この通達が、
問題の解決ではなく――
問題の固定であったことを。
157
あなたにおすすめの小説
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
元婚約者のあなたへ どうか幸せに
石里 唯
恋愛
公爵令嬢ローラは王太子ケネスの婚約者だったが、家が困窮したことから、婚約破棄をされることになる。破棄だけでなく、相愛と信じていたケネスの冷酷な態度に傷つき、最後の挨拶もできず別れる。失意を抱いたローラは、国を出て隣国の大学の奨学生となることを決意する。
隣国は3年前、疫病が広がり大打撃を受け、国全体が復興への熱意に満ち、ローラもその熱意に染まり勉学に勤しむ日々を送っていたところ、ある日、一人の「学生」がローラに声をかけてきて―――。
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
私の婚約者を奪った義妹は、幸せになるはずでした
しおしお
恋愛
侯爵令嬢フィオレッタ・ランベールは、公爵令息ギルベルトとの婚約が決まっていた。
けれど、他国へ嫁ぐのが嫌だと訴える義妹カトリーヌは、可憐でか弱い姿を武器に、少しずつ周囲の心を動かしていく。
そしてついに起こる、婚約者交換。
婚約を奪われたフィオレッタは、義妹が拒んだ相手――他国アルディシア公国の公爵フェリクスのもとへ向かうことになる。
突然変えられ「他国へ嫁ぐなんて嫌ですわ」
そう泣いた義妹は、姉の婚約者を奪った。
侯爵令嬢フィオレッタ・ランベールは、公爵令息との婚約を義妹カトリーヌに奪われ、代わりに義妹が拒んだ他国の公爵へ嫁ぐことになる。
傷つきながらも静かに運命を受け入れるフィオレッタと、愛される幸せを手に入れたと信じるカトリーヌ。
だが、婚約交換から始まった二人の人生は、やがて思いもよらぬ形で分かれていく。
奪われた姉が辿り着く未来と、奪った妹が手にする結末とは――。
婚約交換から始まる、姉妹の明暗を描いた恋愛ざまぁ物語。
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
(完結)婚約破棄から始まる真実の愛
青空一夏
恋愛
私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。
女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?
美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)
【完結】断罪された悪役令嬢は、二度目は復讐に生きる
くろねこ
恋愛
公爵令嬢リリアーネ・アルフェルトは、
聖女と王国第一王子に嵌められ、
悪女として公開断罪され、処刑された。
弁明は許されず、真実を知る者は沈黙し、
彼女は石を投げられ、罵られ、
罪人として命を奪われた――はずだった。
しかし、彼女は教会の地下で目を覚ます。
死を代償に得たのは.........
赦しは選ばない。
和解もしない。
名乗るつもりもない。
彼女が選んだのは、
自分を裁いた者たちを、
同じ法と断罪で裁き返すこと。
最初に落ちるのは、
彼女を裏切った小さな歯車。
次に崩れるのは、
聖女の“奇跡”と信仰。
やがて王子は、
自ら築いた裁判台へと引きずり出される。
かつて正義を振りかざした者たちは、
自分が断罪される未来を想像すらしていなかった。
悪女は表舞台に立たない。
だがその裏側で、
嘘は暴かれ、
罪は積み上がり、
裁きは逃げ場なく迫っていく。
これは、
一度死んだ悪女が、
“ざまぁ”のために暴れる物語ではない。
――逃げ場のない断罪を、
一人ずつ成立させていく物語だ。
婚約破棄されたので、もう私が支えるのはやめます
ふわふわ
恋愛
王太子アルヴィスの婚約者として、誰よりも完璧であることを求められてきた侯爵令嬢エレノア。
けれど卒業舞踏会の夜、彼女は突然、王太子から婚約破棄を告げられる。
隣に立っていたのは、可憐で愛らしい義妹ミレイユ。
「真実の愛」を掲げる二人に悪女として断じられたエレノアは、すべてを失った――はずだった。
しかし、王宮はなぜか急に回らなくなり、王太子と義妹は少しずつ綻びを見せ始める。
そんな中、エレノアの手腕にいち早く気づいていた冷徹公爵レオンハルトが、彼女へ手を差し伸べる。
「もう、あちらを支える必要はない」
王太子のためでも、侯爵家のためでもなく。
今度こそ自分の意思で立つために、エレノアは公爵家で新たな一歩を踏み出す。
一方、彼女を失って初めて、その価値の大きさを思い知る王太子と、奪ったはずの場所で何も支えられない義妹。
静かに、けれど確実に始まる立場逆転――。
これは、ずっと「選ばれる側」だった令嬢が、もう誰かのために自分を削るのをやめて、幸せも未来も自分で選び取る物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる