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第六話 最初の共闘
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第六話 最初の共闘
応接室には、妙に乾いた静けさがあった。
昨夜の王立劇場とはまるで違う。ざわめきも、好奇の視線も、扇の陰の囁きもない。あるのは重たいカーテン、磨かれた調度、机に置かれた茶器、そして必要以上の言葉を嫌う人間が三人。
父、アルフォンス・ドルレアン侯爵。
監査局特別監督官、ヨアヒム・ベルナール。
そしてサビーネ。
この顔ぶれで甘い慰め話になるはずがなかった。
それは助かる。
今のサビーネは、優しい言葉を向けられた方がかえって困る気がしていた。昨夜からずっと張っている糸が、そこでぷつりと切れてしまいそうだからだ。
父が先に口を開いた。
「ベルナール監督官。本日は何を確認したい」
単刀直入だった。
ヨアヒムもそれに合わせるように、椅子に深くもたれず背筋を伸ばしたまま答える。
「主に二点です。昨夜の王立劇場での騒動が、寄付金管理の場にどの程度影響を与えたか。もう一点は、第二王子殿下と侯爵令嬢との婚約関係が、どこまで私的範囲に留まっていたか」
父の眉がわずかに動く。
「後者は監査局の管轄か」
「本来であれば、直接ではありません」
ヨアヒムは淡々と言った。
「ですが、私的な関係を通じて、公的な便宜や実務負担が継続的に発生していたのであれば話は別です」
その言葉で、応接室の空気が少しだけ締まる。
そうだ。
昨夜サビーネが壇上で言ったことは、ただの皮肉ではない。セドリックが自分の失言や後始末を婚約者へ押しつけ、その一部が公的行事や王家の体面に関わっていたのなら、それは“恋人同士のいざこざ”で済ませられない可能性がある。
父が短くうなずいた。
「よろしい。娘の前で聞いても構わん」
「そのつもりで伺っています」
ヨアヒムの目がサビーネへ向く。
昨夜と同じ目だった。慰めも憐れみもなく、ただ必要なものを見極めようとする目。
「侯爵令嬢。昨夜、あなたは第二王子殿下の失態を複数、継続的に補ってきたとおっしゃった」
「はい」
「どこまでが社交上の婚約者として一般的な範囲で、どこからが明らかに過剰だったとご自身で認識しているか、分けてお話しいただけますか」
サビーネは一瞬だけ息を整えた。
うまい問い方だと思う。
いきなり“何をされたか”と聞かれるより、ずっと答えやすい。自分の被害感情ではなく、境界線の認識から話せと言っているのだ。
「一般的な範囲であれば」
サビーネは膝の上の資料へ軽く手を置きながら話し始めた。
「婚約者として、夜会での同席、招待先の把握、基本的な贈答の相談までは不自然ではございません」
ヨアヒムが小さくうなずく。続けろ、という合図だった。
「ですが、殿下の場合はそこを越えておりました。失言のあとに謝罪状を代筆させる。訪問先での失礼があった際、先方への説明の順番と文面を考えさせる。贈り物も、相談ではなく選定を丸ごと任されることが多かったのです」
「頻度は」
「月に一度、二度ではございません。社交期には毎週のように何かございました」
父がそこで低く息を吐く。
知らなかったわけではないだろう。だが、こうして頻度として聞かされると重みが違う。
「殿下付きの侍従や側近から、あなたへ直接依頼が来ていた?」
「はい。口頭もございましたし、走り書きのメモを渡されることもございました」
「王子本人ではなく」
「殿下ご本人からもありましたが、多くは周囲を通じてです。たぶん、その方が殿下にとって気楽だったのだと思います」
「気楽」
ヨアヒムがその言葉を拾う。
「ええ」
サビーネは少しだけ苦く笑った。
「わたくしに頼めば、表に出さずに整うと知っておいででしたから」
その瞬間、ヨアヒムの目がほんの少しだけ細くなった。
たぶん今の一言が、彼にとって必要な芯だったのだろう。
単発の甘えではない。継続的な依存。
しかも“表に出さずに整う”ことを前提にした依存。
それはかなりまずい。
「資料は」
父が言う。
サビーネは用意していた束を机の上に置いた。紐を解き、日付順に並べた紙を手前から示していく。
「こちらが謝罪状の下書きです。清書は殿下名で別に出されておりますが、文案はわたくしが考えたものです。これは東部侯爵家へのもの、こちらはフェルナン伯家へのもの」
ヨアヒムは差し出された紙を受け取り、すぐにはめくらなかった。
まず紙質、筆跡、綴じ方、余白の癖を見るような手つきだ。
「こちらが贈答候補の一覧です。殿下付き侍従から、“前回と重ならぬように、目上に失礼なく、しかし高価すぎぬ品を”と」
「ずいぶん都合のいい注文ですな」
思わず、サビーネはヨアヒムを見た。
声色は変わらないのに、言葉だけが地味に刺さる。
「はい。わたくしも同じことを思いました」
答えると、父が一瞬だけこちらを見た。娘が監督官相手に妙に素直に返したのが意外だったのかもしれない。
サビーネは構わず続けた。
「こちらは席次変更の相談書きです。本来であれば王家側で整理なさるべき内容ですが、“先方に角が立たぬ言い回しを添えてほしい”と」
「……王子の婚約者へ?」
「はい」
父の声音が一段低くなる。
サビーネは頷いた。
「最初は、婚約者として支えるのは当然だと思っておりました」
言いながら、その頃の自分を少しだけ遠く感じる。
当然だと思いたかったのかもしれない。そうでなければ、ずっとやってきたことがあまりにみじめだったから。
「ですが次第に、殿下ご自身が内容を把握なさらないまま、整ったものだけ受け取っておいでだと気づきました」
「それは、いつ頃から」
ヨアヒムの問いは相変わらず無駄がない。
「明確には申せません。けれど、二年前にはもう」
「婚約期間は」
「正式には三年半ほどです」
「では少なくとも、相当期間継続していたと」
「そうなります」
ヨアヒムは机上の紙へ視線を落とした。
指先で一枚めくる。その速度は遅い。読むためだけでなく、考えるための間をとっているのだろう。
「侯爵閣下」
「何だ」
「これらは写しだけではありませんな」
「一部原本だ」
父が答える。
「娘は捨てずに保管していた。結果として正解だったようだがな」
「賢明です」
短い称賛だった。
だがその一言が妙に重い。
サビーネは少しだけ居心地が悪くなった。褒められたからではない。自分が保管していた理由が、そんな立派なものではなかったからだ。
ただ捨てきれなかっただけだ。
腹立たしくて、情けなくて、でも自分がやったことを自分で消してしまうのが嫌で、引き出しの奥に押し込んでいただけ。
それが今、“賢明”として役に立っている。人生は少し皮肉だ。
ヨアヒムが次の紙へ目を落としながら言う。
「侯爵令嬢。昨夜の壇上で、あなたはかなり抑制的に話していたのですね」
サビーネは瞬きをした。
「……そう見えましたか」
「見えました」
即答だった。
「もっと多くを言えたはずだ」
その言葉に、胸の内がわずかにざわつく。
言えた。
たしかに言えた。もっと恥をかかせることもできたし、もっと具体的に暴くこともできた。けれど昨夜は、そこまでやると自分まで泥まみれになる気がして、踏み込まなかった。
それに何より――少し怖かったのだ。
本当に全部口にしたら、戻れなくなる気がして。
「場が公でございましたので」
サビーネは答える。
「侯爵家の娘として、言うべきことと言わぬ方がよいことの線引きはしたつもりです」
「適切ですな」
ヨアヒムはあっさり言った。
「それでいて十分に殿下へ痛打を与えていた」
父が咳払いをした。
たぶん“痛打”という表現に反応したのだろう。侯爵家当主の前で、娘の壇上反撃をそこまで率直に評価されると、さすがに微妙な顔にもなる。
だがサビーネは、少しだけ救われた気がした。
昨夜、自分は取り乱していただけではない。
少なくともこの男の目には、そう映っていない。
「ベルナール監督官」
父が口を開く。
「率直に聞こう。昨夜の件、王家はどう動くと思う」
ヨアヒムはすぐには答えなかった。
考えているというより、答え方を選んでいるように見えた。
「第一段階は、私的な感情のもつれとして矮小化を試みるでしょう」
「だろうな」
「第二段階として、侯爵令嬢の発言を“傷ついた女性の過剰反応”に寄せたいはずです」
サビーネの指先がわずかに冷える。
やはりそう来るか。
女が人前で理詰めに反撃した時、周囲がもっとも手軽に使うのは“感情的だった”という札だ。
「ですので」
ヨアヒムの視線が再びサビーネへ向く。
「あなたは今後、感情を否定する必要はありませんが、表に出す順番を誤らないことです。先に事実、後から感情です」
その言い方に、サビーネは少しだけ眉を上げた。
「感情を否定する必要はない、と?」
「当然でしょう」
ヨアヒムは淡々と答える。
「婚約者に公衆の面前で切られた人間が無傷であるはずがない。そこを無理に無色にしようとすれば、かえって不自然です」
父が静かにうなずく。
「だが順番は重要だ」
「はい」
「先に泣けば、“感情的な娘”で終わる。先に積み上げれば、“感情を抱くに至った理由がある娘”になります」
それはずいぶん厳しい言い方だ。人の心でさえ、社交界では順番を誤ると負け札になるらしい。
けれど、真実でもあった。
「もう一つ」
ヨアヒムが続ける。
「今後、王家側から接触がある場合、口頭で済ませようとする可能性があります」
「記録が残らぬように、ということね」
サビーネが言うと、彼は小さく頷いた。
「ええ。ですので、単独では会わないこと。面談するなら必ず同席者を置くこと。できれば、その場で要点を書面にすることです」
父が低く言う。
「娘にもそう伝えた」
「適切です」
またその一言だ。
適切。賢明。必要。無駄がなく、飾りもない。だがそれだけに信頼できる響きがある。
サビーネはふと気づいた。
この人は、たぶん誰に対しても甘い慰めは言わない。だがその代わり、使える言葉だけを置いていく。
それは冷たいようでいて、今の自分にはありがたかった。
「侯爵令嬢」
唐突に名を呼ばれ、サビーネは顔を上げる。
「はい」
「昨夜、壇上であなたは“精算”とおっしゃった」
「ええ」
「あれは、印象に残る表現でした」
そう言われると、少し気恥ずかしい。
「勢いで口にした部分もございます」
「それでも正確だった」
ヨアヒムは言った。
「関係が破綻した時、人は感情だけでなく、これまで曖昧にされてきた負担も精算しなければなりません」
父がわずかに口元を引き締める。
娘の婚約破棄の場で、監督官にそこまで整理されるのは複雑だろう。だが否定はしなかった。
「今の段階で、あなたがすべてを公開する必要はないでしょう」
ヨアヒムは続ける。
「ただし、“何を持っているか”を相手に過小評価させないことです」
その一言に、サビーネの背筋が自然と伸びた。
それはつまり、昨夜の自分のやり方は間違っていなかったということだ。
全部は見せず、しかし空ではないと知らせる。
あれでよかったのだ。
「……少し、安心いたしました」
思わず本音が漏れた。
ヨアヒムはそこで初めて、ほんのわずかに表情を動かした。笑ったわけではない。だが目の奥の硬さが一瞬だけゆるんだ気がした。
「そうでしょうな」
それだけだった。
それだけなのに、不思議と十分だった。
父が机の上の資料を見やりながら言う。
「ベルナール監督官。監査局として、この件にどこまで関わるつもりだ」
「寄付金管理に明確な影響が出た部分までは職務です。王家の婚約問題そのものへ踏み込むつもりはありません」
「だが」
「ただし」
ヨアヒムは父の言葉を継いだ。
「公的行事に私的便宜が混入していた形跡があれば、そこは確認します」
冷静な声音のまま、刃物みたいなことを言う。
父もそれを理解したのだろう。短くうなずいた。
「結構だ」
しばし沈黙が落ちる。
茶はすでに少し冷めていた。誰も手をつけないまま、話だけが進んでいたのだと今さら気づく。
その時、ヨアヒムが資料の束を整えながら言った。
「本日お預かりする必要はありません。ですが写しは後日いただきたい」
「用意いたします」
父が答える。
「原本は家に残す」
「それがよろしい」
話は終わりに近づいているらしかった。
応接室の緊張が、ほんの少しだけ緩む。昨夜のような劇的な決着ではない。だがこういう静かな確認の方が、あとになって効くことをサビーネはなんとなく感じていた。
ヨアヒムが立ち上がる。
父もそれに続き、サビーネも席を立った。
「本日はありがとうございました、監督官」
父が言う。
「こちらこそ」
それからヨアヒムは、サビーネの方へ視線を向けた。
「侯爵令嬢」
「はい」
「昨夜のことですが」
まだ何かあるのかと思い、サビーネは身構えた。
だが返ってきたのは、意外にも静かな一言だった。
「思った以上に、あなたは一人で王子を支えていた」
サビーネは、息を詰めた。
それは責任の確認でも、資料への評価でもない。
昨夜から今日までの間、誰かにそう言われたのは初めてだった。
“頑張った”でも、“かわいそうに”でもなく、ただ事実として。
あなたは一人で支えていたのだと。
胸の奥のどこかが、じんと熱くなる。
泣くな、と反射的に思う。こんなところで涙など見せたら、自分でも腹が立つ。
「……そう見えましたか」
声が少しだけ掠れたのがわかった。
「資料と昨夜の反応を見れば」
ヨアヒムは淡々と言う。
「殿下が最も困っていたのは、婚約を失うことそのものではなく、後始末をしていた手を失うことでした」
なんて嫌な分析だろう。
そして、なんて正しいのだろう。
サビーネは少しだけ笑ってしまった。嬉しいのか悔しいのか、自分でもよくわからない笑いだった。
「ひどい話ですこと」
「ええ」
ヨアヒムは平然と答える。
「ひどい話です」
そこで会話は切れた。
余計な慰めも、励ましもない。だがそれでよかった。むしろその方が、言葉がまっすぐ胸へ落ちる。
父が応接室の扉の方へ視線を向ける。
来訪はここまで、という合図だ。
ヨアヒムは一礼し、退出しようとして――扉の前で一度だけ立ち止まった。
「侯爵令嬢」
「何でしょう」
「今後、王家側が再び舞台を作ろうとしたら」
彼は振り返らずに言った。
「次は壇上に上がる前に、こちらへ知らせてください」
サビーネは目を瞬いた。
こちらへ、というのは監査局へ、という意味だろうか。
「監査局は、舞台装置の点検くらいはできますので」
さらりと言って、彼はそのまま出ていった。
扉が閉まる。
一拍置いてから、サビーネは思った。
……あの人、たまに地味におかしいのではないかしら。
父が咳払いをした。
「妙な男だな」
「はい」
「だが役には立つ」
「それも、はい」
父は娘の顔を見て、ほんの少しだけ口元をゆるめた。
「昼を食え。そのあと続きを整理しろ」
「承知しました」
応接室を出ると、廊下の少し先で待機していたマルゴがすぐに寄ってきた。
「いかがでしたか」
「……変な人だったわ」
「それは昨夜から存じております」
「でも、助かった」
そう言うと、マルゴはわずかに目を細めた。
「そうですか」
「ええ」
「では問題ございません」
何が問題ないのかはわからなかったが、今はそれでよかった。
サビーネは窓から差し込む昼の光を見た。昨夜の劇場の光とは違う、冷たくもまっすぐな昼の明るさだ。
もう一人ではない――とまでは、まだ言えない。
けれど少なくとも、昨夜の壇上で立ったことを、正しく見ていた人間がいた。
それだけで、次の一歩は少しだけ軽くなる。
見世物の代金を払わせる戦いは、まだ始まったばかりだ。
けれど今日、サビーネは初めて知った。
真正面から数を数える相手が一人いるだけで、戦い方はずいぶん変わるのだと。
応接室には、妙に乾いた静けさがあった。
昨夜の王立劇場とはまるで違う。ざわめきも、好奇の視線も、扇の陰の囁きもない。あるのは重たいカーテン、磨かれた調度、机に置かれた茶器、そして必要以上の言葉を嫌う人間が三人。
父、アルフォンス・ドルレアン侯爵。
監査局特別監督官、ヨアヒム・ベルナール。
そしてサビーネ。
この顔ぶれで甘い慰め話になるはずがなかった。
それは助かる。
今のサビーネは、優しい言葉を向けられた方がかえって困る気がしていた。昨夜からずっと張っている糸が、そこでぷつりと切れてしまいそうだからだ。
父が先に口を開いた。
「ベルナール監督官。本日は何を確認したい」
単刀直入だった。
ヨアヒムもそれに合わせるように、椅子に深くもたれず背筋を伸ばしたまま答える。
「主に二点です。昨夜の王立劇場での騒動が、寄付金管理の場にどの程度影響を与えたか。もう一点は、第二王子殿下と侯爵令嬢との婚約関係が、どこまで私的範囲に留まっていたか」
父の眉がわずかに動く。
「後者は監査局の管轄か」
「本来であれば、直接ではありません」
ヨアヒムは淡々と言った。
「ですが、私的な関係を通じて、公的な便宜や実務負担が継続的に発生していたのであれば話は別です」
その言葉で、応接室の空気が少しだけ締まる。
そうだ。
昨夜サビーネが壇上で言ったことは、ただの皮肉ではない。セドリックが自分の失言や後始末を婚約者へ押しつけ、その一部が公的行事や王家の体面に関わっていたのなら、それは“恋人同士のいざこざ”で済ませられない可能性がある。
父が短くうなずいた。
「よろしい。娘の前で聞いても構わん」
「そのつもりで伺っています」
ヨアヒムの目がサビーネへ向く。
昨夜と同じ目だった。慰めも憐れみもなく、ただ必要なものを見極めようとする目。
「侯爵令嬢。昨夜、あなたは第二王子殿下の失態を複数、継続的に補ってきたとおっしゃった」
「はい」
「どこまでが社交上の婚約者として一般的な範囲で、どこからが明らかに過剰だったとご自身で認識しているか、分けてお話しいただけますか」
サビーネは一瞬だけ息を整えた。
うまい問い方だと思う。
いきなり“何をされたか”と聞かれるより、ずっと答えやすい。自分の被害感情ではなく、境界線の認識から話せと言っているのだ。
「一般的な範囲であれば」
サビーネは膝の上の資料へ軽く手を置きながら話し始めた。
「婚約者として、夜会での同席、招待先の把握、基本的な贈答の相談までは不自然ではございません」
ヨアヒムが小さくうなずく。続けろ、という合図だった。
「ですが、殿下の場合はそこを越えておりました。失言のあとに謝罪状を代筆させる。訪問先での失礼があった際、先方への説明の順番と文面を考えさせる。贈り物も、相談ではなく選定を丸ごと任されることが多かったのです」
「頻度は」
「月に一度、二度ではございません。社交期には毎週のように何かございました」
父がそこで低く息を吐く。
知らなかったわけではないだろう。だが、こうして頻度として聞かされると重みが違う。
「殿下付きの侍従や側近から、あなたへ直接依頼が来ていた?」
「はい。口頭もございましたし、走り書きのメモを渡されることもございました」
「王子本人ではなく」
「殿下ご本人からもありましたが、多くは周囲を通じてです。たぶん、その方が殿下にとって気楽だったのだと思います」
「気楽」
ヨアヒムがその言葉を拾う。
「ええ」
サビーネは少しだけ苦く笑った。
「わたくしに頼めば、表に出さずに整うと知っておいででしたから」
その瞬間、ヨアヒムの目がほんの少しだけ細くなった。
たぶん今の一言が、彼にとって必要な芯だったのだろう。
単発の甘えではない。継続的な依存。
しかも“表に出さずに整う”ことを前提にした依存。
それはかなりまずい。
「資料は」
父が言う。
サビーネは用意していた束を机の上に置いた。紐を解き、日付順に並べた紙を手前から示していく。
「こちらが謝罪状の下書きです。清書は殿下名で別に出されておりますが、文案はわたくしが考えたものです。これは東部侯爵家へのもの、こちらはフェルナン伯家へのもの」
ヨアヒムは差し出された紙を受け取り、すぐにはめくらなかった。
まず紙質、筆跡、綴じ方、余白の癖を見るような手つきだ。
「こちらが贈答候補の一覧です。殿下付き侍従から、“前回と重ならぬように、目上に失礼なく、しかし高価すぎぬ品を”と」
「ずいぶん都合のいい注文ですな」
思わず、サビーネはヨアヒムを見た。
声色は変わらないのに、言葉だけが地味に刺さる。
「はい。わたくしも同じことを思いました」
答えると、父が一瞬だけこちらを見た。娘が監督官相手に妙に素直に返したのが意外だったのかもしれない。
サビーネは構わず続けた。
「こちらは席次変更の相談書きです。本来であれば王家側で整理なさるべき内容ですが、“先方に角が立たぬ言い回しを添えてほしい”と」
「……王子の婚約者へ?」
「はい」
父の声音が一段低くなる。
サビーネは頷いた。
「最初は、婚約者として支えるのは当然だと思っておりました」
言いながら、その頃の自分を少しだけ遠く感じる。
当然だと思いたかったのかもしれない。そうでなければ、ずっとやってきたことがあまりにみじめだったから。
「ですが次第に、殿下ご自身が内容を把握なさらないまま、整ったものだけ受け取っておいでだと気づきました」
「それは、いつ頃から」
ヨアヒムの問いは相変わらず無駄がない。
「明確には申せません。けれど、二年前にはもう」
「婚約期間は」
「正式には三年半ほどです」
「では少なくとも、相当期間継続していたと」
「そうなります」
ヨアヒムは机上の紙へ視線を落とした。
指先で一枚めくる。その速度は遅い。読むためだけでなく、考えるための間をとっているのだろう。
「侯爵閣下」
「何だ」
「これらは写しだけではありませんな」
「一部原本だ」
父が答える。
「娘は捨てずに保管していた。結果として正解だったようだがな」
「賢明です」
短い称賛だった。
だがその一言が妙に重い。
サビーネは少しだけ居心地が悪くなった。褒められたからではない。自分が保管していた理由が、そんな立派なものではなかったからだ。
ただ捨てきれなかっただけだ。
腹立たしくて、情けなくて、でも自分がやったことを自分で消してしまうのが嫌で、引き出しの奥に押し込んでいただけ。
それが今、“賢明”として役に立っている。人生は少し皮肉だ。
ヨアヒムが次の紙へ目を落としながら言う。
「侯爵令嬢。昨夜の壇上で、あなたはかなり抑制的に話していたのですね」
サビーネは瞬きをした。
「……そう見えましたか」
「見えました」
即答だった。
「もっと多くを言えたはずだ」
その言葉に、胸の内がわずかにざわつく。
言えた。
たしかに言えた。もっと恥をかかせることもできたし、もっと具体的に暴くこともできた。けれど昨夜は、そこまでやると自分まで泥まみれになる気がして、踏み込まなかった。
それに何より――少し怖かったのだ。
本当に全部口にしたら、戻れなくなる気がして。
「場が公でございましたので」
サビーネは答える。
「侯爵家の娘として、言うべきことと言わぬ方がよいことの線引きはしたつもりです」
「適切ですな」
ヨアヒムはあっさり言った。
「それでいて十分に殿下へ痛打を与えていた」
父が咳払いをした。
たぶん“痛打”という表現に反応したのだろう。侯爵家当主の前で、娘の壇上反撃をそこまで率直に評価されると、さすがに微妙な顔にもなる。
だがサビーネは、少しだけ救われた気がした。
昨夜、自分は取り乱していただけではない。
少なくともこの男の目には、そう映っていない。
「ベルナール監督官」
父が口を開く。
「率直に聞こう。昨夜の件、王家はどう動くと思う」
ヨアヒムはすぐには答えなかった。
考えているというより、答え方を選んでいるように見えた。
「第一段階は、私的な感情のもつれとして矮小化を試みるでしょう」
「だろうな」
「第二段階として、侯爵令嬢の発言を“傷ついた女性の過剰反応”に寄せたいはずです」
サビーネの指先がわずかに冷える。
やはりそう来るか。
女が人前で理詰めに反撃した時、周囲がもっとも手軽に使うのは“感情的だった”という札だ。
「ですので」
ヨアヒムの視線が再びサビーネへ向く。
「あなたは今後、感情を否定する必要はありませんが、表に出す順番を誤らないことです。先に事実、後から感情です」
その言い方に、サビーネは少しだけ眉を上げた。
「感情を否定する必要はない、と?」
「当然でしょう」
ヨアヒムは淡々と答える。
「婚約者に公衆の面前で切られた人間が無傷であるはずがない。そこを無理に無色にしようとすれば、かえって不自然です」
父が静かにうなずく。
「だが順番は重要だ」
「はい」
「先に泣けば、“感情的な娘”で終わる。先に積み上げれば、“感情を抱くに至った理由がある娘”になります」
それはずいぶん厳しい言い方だ。人の心でさえ、社交界では順番を誤ると負け札になるらしい。
けれど、真実でもあった。
「もう一つ」
ヨアヒムが続ける。
「今後、王家側から接触がある場合、口頭で済ませようとする可能性があります」
「記録が残らぬように、ということね」
サビーネが言うと、彼は小さく頷いた。
「ええ。ですので、単独では会わないこと。面談するなら必ず同席者を置くこと。できれば、その場で要点を書面にすることです」
父が低く言う。
「娘にもそう伝えた」
「適切です」
またその一言だ。
適切。賢明。必要。無駄がなく、飾りもない。だがそれだけに信頼できる響きがある。
サビーネはふと気づいた。
この人は、たぶん誰に対しても甘い慰めは言わない。だがその代わり、使える言葉だけを置いていく。
それは冷たいようでいて、今の自分にはありがたかった。
「侯爵令嬢」
唐突に名を呼ばれ、サビーネは顔を上げる。
「はい」
「昨夜、壇上であなたは“精算”とおっしゃった」
「ええ」
「あれは、印象に残る表現でした」
そう言われると、少し気恥ずかしい。
「勢いで口にした部分もございます」
「それでも正確だった」
ヨアヒムは言った。
「関係が破綻した時、人は感情だけでなく、これまで曖昧にされてきた負担も精算しなければなりません」
父がわずかに口元を引き締める。
娘の婚約破棄の場で、監督官にそこまで整理されるのは複雑だろう。だが否定はしなかった。
「今の段階で、あなたがすべてを公開する必要はないでしょう」
ヨアヒムは続ける。
「ただし、“何を持っているか”を相手に過小評価させないことです」
その一言に、サビーネの背筋が自然と伸びた。
それはつまり、昨夜の自分のやり方は間違っていなかったということだ。
全部は見せず、しかし空ではないと知らせる。
あれでよかったのだ。
「……少し、安心いたしました」
思わず本音が漏れた。
ヨアヒムはそこで初めて、ほんのわずかに表情を動かした。笑ったわけではない。だが目の奥の硬さが一瞬だけゆるんだ気がした。
「そうでしょうな」
それだけだった。
それだけなのに、不思議と十分だった。
父が机の上の資料を見やりながら言う。
「ベルナール監督官。監査局として、この件にどこまで関わるつもりだ」
「寄付金管理に明確な影響が出た部分までは職務です。王家の婚約問題そのものへ踏み込むつもりはありません」
「だが」
「ただし」
ヨアヒムは父の言葉を継いだ。
「公的行事に私的便宜が混入していた形跡があれば、そこは確認します」
冷静な声音のまま、刃物みたいなことを言う。
父もそれを理解したのだろう。短くうなずいた。
「結構だ」
しばし沈黙が落ちる。
茶はすでに少し冷めていた。誰も手をつけないまま、話だけが進んでいたのだと今さら気づく。
その時、ヨアヒムが資料の束を整えながら言った。
「本日お預かりする必要はありません。ですが写しは後日いただきたい」
「用意いたします」
父が答える。
「原本は家に残す」
「それがよろしい」
話は終わりに近づいているらしかった。
応接室の緊張が、ほんの少しだけ緩む。昨夜のような劇的な決着ではない。だがこういう静かな確認の方が、あとになって効くことをサビーネはなんとなく感じていた。
ヨアヒムが立ち上がる。
父もそれに続き、サビーネも席を立った。
「本日はありがとうございました、監督官」
父が言う。
「こちらこそ」
それからヨアヒムは、サビーネの方へ視線を向けた。
「侯爵令嬢」
「はい」
「昨夜のことですが」
まだ何かあるのかと思い、サビーネは身構えた。
だが返ってきたのは、意外にも静かな一言だった。
「思った以上に、あなたは一人で王子を支えていた」
サビーネは、息を詰めた。
それは責任の確認でも、資料への評価でもない。
昨夜から今日までの間、誰かにそう言われたのは初めてだった。
“頑張った”でも、“かわいそうに”でもなく、ただ事実として。
あなたは一人で支えていたのだと。
胸の奥のどこかが、じんと熱くなる。
泣くな、と反射的に思う。こんなところで涙など見せたら、自分でも腹が立つ。
「……そう見えましたか」
声が少しだけ掠れたのがわかった。
「資料と昨夜の反応を見れば」
ヨアヒムは淡々と言う。
「殿下が最も困っていたのは、婚約を失うことそのものではなく、後始末をしていた手を失うことでした」
なんて嫌な分析だろう。
そして、なんて正しいのだろう。
サビーネは少しだけ笑ってしまった。嬉しいのか悔しいのか、自分でもよくわからない笑いだった。
「ひどい話ですこと」
「ええ」
ヨアヒムは平然と答える。
「ひどい話です」
そこで会話は切れた。
余計な慰めも、励ましもない。だがそれでよかった。むしろその方が、言葉がまっすぐ胸へ落ちる。
父が応接室の扉の方へ視線を向ける。
来訪はここまで、という合図だ。
ヨアヒムは一礼し、退出しようとして――扉の前で一度だけ立ち止まった。
「侯爵令嬢」
「何でしょう」
「今後、王家側が再び舞台を作ろうとしたら」
彼は振り返らずに言った。
「次は壇上に上がる前に、こちらへ知らせてください」
サビーネは目を瞬いた。
こちらへ、というのは監査局へ、という意味だろうか。
「監査局は、舞台装置の点検くらいはできますので」
さらりと言って、彼はそのまま出ていった。
扉が閉まる。
一拍置いてから、サビーネは思った。
……あの人、たまに地味におかしいのではないかしら。
父が咳払いをした。
「妙な男だな」
「はい」
「だが役には立つ」
「それも、はい」
父は娘の顔を見て、ほんの少しだけ口元をゆるめた。
「昼を食え。そのあと続きを整理しろ」
「承知しました」
応接室を出ると、廊下の少し先で待機していたマルゴがすぐに寄ってきた。
「いかがでしたか」
「……変な人だったわ」
「それは昨夜から存じております」
「でも、助かった」
そう言うと、マルゴはわずかに目を細めた。
「そうですか」
「ええ」
「では問題ございません」
何が問題ないのかはわからなかったが、今はそれでよかった。
サビーネは窓から差し込む昼の光を見た。昨夜の劇場の光とは違う、冷たくもまっすぐな昼の明るさだ。
もう一人ではない――とまでは、まだ言えない。
けれど少なくとも、昨夜の壇上で立ったことを、正しく見ていた人間がいた。
それだけで、次の一歩は少しだけ軽くなる。
見世物の代金を払わせる戦いは、まだ始まったばかりだ。
けれど今日、サビーネは初めて知った。
真正面から数を数える相手が一人いるだけで、戦い方はずいぶん変わるのだと。
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