『身代わりに差し出された令嬢ですが、呪われた公爵に溺愛されて本当の幸せを掴みました』

鷹 綾

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第11話 拒まれる記憶

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第11話 拒まれる記憶

 その夜から、フェルディナンドは目に見えて疲弊していった。

 呪いが強まったわけではない。
 むしろ、角や鱗はさらに薄くなり、確実に“解けつつある”兆しを見せている。
 それなのに――彼の表情から、余裕が消えた。

 「……閣下、昨夜も眠れていませんでしたよね」

 朝の執務室。
 ノインが差し出した紅茶は、ほとんど口をつけられないまま冷めていく。

 「……少し、考え事をしていただけだ」

 そう言う声は、どこか硬い。

 ノインは、それ以上踏み込まなかった。
 昨日、彼女が“触れた”もの。
 あれが、彼の中に眠る記憶への扉であることは、嫌というほど理解していた。

 ――あそこは、癒していい場所ではない。

 * * *

 その日の午後、異変は起きた。

 フェルディナンドが、突然、執務机に手をついた。

 「……っ」

 短く息を詰め、肩が大きく上下する。

 「フェルディナンド様!」

 ノインが駆け寄ると、彼は片手で顔を覆っていた。

 「……来るな」

 低く、拒む声。

 「今は……触れるな……」

 その瞬間、ノインの胸に、昨日感じた“重さ”が蘇った。

 (……あれが、暴れている)

 ノインは、一歩だけ距離を保ったまま、そっと声をかける。

 「……見えているんですね」

 フェルディナンドは、しばらく沈黙し――やがて、苦笑のような吐息を漏らした。

 「……ああ」

 覆っていた手を下ろす。

 その瞳は、金色でありながら、どこか遠くを見ていた。

 「……忘れたと思っていた」

 ぽつりと、言葉が落ちる。

 「呪いを受けて、角が生え、鱗が現れ……
 人の形を失ったとき、周囲は皆、恐怖した」

 ノインは、黙って聞いていた。

 「だが……一番早く、背を向けたのは――」

 彼は、言葉を切る。

 「……わたし自身だ」

 ノインの胸が、ぎゅっと締めつけられる。

 「鏡を見るたびに、吐き気がした。
 触れられることを想像するだけで、怒りと嫌悪が湧いた」

 彼の声は淡々としているが、その奥に、鋭い棘があった。

 「だから、誰にも触れさせなかった。
 近づかせなかった。
 ――拒み続けた」

 ノインは、ゆっくりと一歩近づく。

 「……それでも」

 フェルディナンドは、目を伏せたまま続けた。

 「昨日、君が“そこ”に触れたとき……
 わたしは、怖かった」

 初めて聞く、正直な告白。

 「見られると思った。
 わたしが……一番、見られたくないものを」

 ノインは、そっと膝をついた。

 彼と同じ目線になるために。

 「……拒んでいいんです」

 静かに言う。

 「無理に、全部を見せなくても……」

 フェルディナンドは、ゆっくりと首を振った。

 「……いや」

 その声は、微かに震えていた。

 「拒み続けてきた結果が、今の呪いだ」

 彼は、ノインを見る。

 「……だから、次は……」

 言葉が、詰まる。

 ノインは、そっと手を差し出した。

 「……今日は、触れません」

 彼女は、微笑んだ。

 「でも……逃げもしません」

 フェルディナンドの瞳が、わずかに見開かれる。

 「ここにいます。
 フェルディナンド様が……自分で向き合えるまで」

 しばらく、沈黙。

 やがて、彼は小さく息を吐いた。

 「……ずるいな、君は」

 「よく言われます」

 ノインは、少し照れたように笑った。

 そのとき。

 フェルディナンドの肩から、ほんのわずかだが――
 力が抜けた。

 拒絶で固められていた“中心”が、
 初めて、ほんのひびを入れた瞬間だった。

 ノインは、確信する。

 (……次は、きっと)

 呪いの核は、
 “拒まれる記憶”の奥にある。

 そしてそれは――
 彼自身が、最も向き合いたくなかった過去なのだ。
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