『身代わりに差し出された令嬢ですが、呪われた公爵に溺愛されて本当の幸せを掴みました』

鷹 綾

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第20話 残された鎖の正体

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第20話 残された鎖の正体

 夜明け前の公爵邸は、ひどく静かだった。

 鳥の声もまだ聞こえない薄闇の中、ノインは目を覚ます。  胸の奥に、微かな“重さ”が残っていた。

 (……昨日の反動、でしょうか)

 けれど、それは不快な痛みではない。  むしろ――何かが「まだ残っている」と知らせる感覚だった。

 * * *

 執務室では、フェルディナンドがすでに起きていた。

 机の上には古文書が広げられ、彼は黙々と目を走らせている。  ノインが入室すると、彼はすぐに気づいた。

 「……早いな」  「フェルディナンド様こそ……」

 視線が交わり、自然と笑みがこぼれる。  だが、すぐに彼の表情は引き締まった。

 「……昨夜の反応について、調べていた」

 机の上の文書を指し示す。

 「呪いの核が弱まるとき、最後に残るものがあると書かれている」  「最後に……?」

 「“呪いを成立させていた、最初の感情”だ」

 ノインの胸が、ひくりと鳴った。

 「それは……怒り、ですか? それとも、悲しみ……」  「いいや」

 フェルディナンドは、静かに首を振った。

 「……“願い”だ」

 ノインは、言葉を失う。

 願い。  それは、負の感情よりも、ずっと厄介なもの。

 「呪いとは、本来――
 強すぎる願いが、歪んだ形で固定されたものだという」

 彼は、文書を閉じた。

 「我の家系に残るこの呪いの始まりは……
 “誰かに、受け入れてほしい”という願いだった」

 ノインは、息を呑んだ。

 (それは……)

 あまりにも、切実で。  あまりにも、人らしい。

 * * *

 「……それは、悪いものではありません」

 ノインは、はっきりと言った。

 フェルディナンドは驚いたように彼女を見る。

 「孤独だったから、誰かを求めた。
 拒絶され続けたから、強く願ってしまった……」

 ノインは、胸に手を当てる。

 「それは……呪われるほど、必死だったということです」

 しばしの沈黙。

 やがてフェルディナンドは、低く息を吐いた。

 「……我は、その願いを“捨てる”必要があると思っていた」  「いいえ」

 ノインは、首を振る。

 「捨てる必要はありません。
 ただ……“形を変える”だけです」

 彼女は、一歩近づいた。

 「もう、“求める”必要はありません。
 だって……」

 そっと、彼の手を取る。

 「もう、受け入れられていますから」

 フェルディナンドの指が、わずかに震えた。

 * * *

 その瞬間だった。

 部屋の空気が、ふっと緩む。  圧迫感が、音もなく消えていく。

 フェルディナンドは、驚いたように胸を押さえた。

 「……軽い……?」

 角の根元に残っていた、微かな違和感。  それが、霧が晴れるように薄れていく。

 だが――完全には消えない。

 ノインは、はっきりと感じ取っていた。

 (……残っている)

 最後の鎖。  それは“誰かに受け入れてほしい”という願いが、  まだ「確信」に変わっていない証。

 「フェルディナンド様」

 ノインは、真剣な目で言った。

 「この呪いは……
 誰かに“証明されて”初めて、完全に解けます」

 「証明……?」

 「はい」

 ノインは、静かに、しかし確かに言い切った。

 「あなたが“愛されている”という事実を、
 あなた自身が受け取る必要があるんです」

 フェルディナンドは、しばらく黙っていた。

 やがて、かすかに笑う。

 「……それは、随分と難題だな」  「はい。とても」

 ノインも、小さく笑った。

 「だから……時間をかけましょう」

 彼女は、指を絡める。

 「急がなくていい。
 逃げなくていい。
 奪われる心配も、もうありません」

 フェルディナンドは、その手を強く握り返した。

 「……ああ」

 その声には、確かな温度があった。

 呪いは、もう暴走しない。  だが――完全には解けていない。

 最後に残った鎖の正体は、  “願い”という名の、臆病な希望。

 それをほどく鍵は、  戦いでも、犠牲でもなく――

 これから積み重ねる、日常そのものだった。

 そしてノインは、確信していた。

 この人は、いつか必ず――
 その願いを、受け取れるようになると。

 その日まで、隣にいる。

 それが、彼女の選択だった。
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