『身代わりに差し出された令嬢ですが、呪われた公爵に溺愛されて本当の幸せを掴みました』

鷹 綾

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第21話 選ばれるということ

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第21話 選ばれるということ

 午後の陽光が、公爵邸の回廊に柔らかく差し込んでいた。

 ノインは、窓辺に立ち、庭を見下ろしていた。  花々は穏やかに揺れ、使用人たちの足取りもどこか軽い。

 (……空気が、違う)

 呪いが完全に解けたわけではない。  それでも――屋敷全体が、どこか“安心”しているように感じられた。

 「ノイン」

 背後から、フェルディナンドの声がする。  振り返ると、彼はいつもより柔らかな表情で立っていた。

 「少し、時間をもらえるか」  「はい」

 短い返事。  だが、その一言に迷いはなかった。

 * * *

 ふたりが向かったのは、屋敷の奥にある小さな温室だった。

 硝子張りの天井から光が降り注ぎ、薬草や花が整然と並んでいる。  ここは、フェルディナンドが滅多に人を入れない場所だった。

 「……ここは、我が子どもの頃から手入れしている」

 彼は、ひとつの白い花の前で立ち止まった。

 「呪いが顕在化する前からな。
 ……触れれば枯れるのではないかと、誰も近づかなかった」

 ノインは、そっとその花を見る。  傷もなく、静かに咲いている。

 「枯れていません」  「……ああ」

 フェルディナンドは、少しだけ目を伏せた。

 「我は、ずっと“選ばれない側”だと思っていた」  「……」

 「人に避けられ、恐れられ、
 やがて“仕方のないことだ”と、自分に言い聞かせるようになった」

 その言葉に、ノインの胸が締めつけられる。

 「だが……」

 彼は、まっすぐにノインを見る。

 「お前は、違った」  「フェルディナンド様……」

 「恐れず、逃げず、
 それでも“選ぶ”と言った」

 彼は、はっきりと告げた。

 「……我は、あの瞬間から、
 “選ばれる”ということが、怖くなった」

 ノインは、息を呑む。

 「選ばれるというのは、
 期待されるということだ。
 信じられるということだ。
 そして――失う可能性を、抱えるということだ」

 静かな声。  だが、その奥には確かな震えがあった。

 * * *

 ノインは、一歩前に出た。

 「……フェルディナンド様」  「……何だ」

 「選ばれることは、怖いです」

 彼女は、否定しなかった。

 「私も、怖いです。
 だって……失うことを、知っていますから」

 孤児院。  伯爵家。  何度も、居場所を失った。

 「でも……」

 ノインは、そっと彼の胸元に手を当てる。

 「それでも、“選び合う”ことはできます」

 金の瞳が、揺れた。

 「一方的に、期待される必要はありません」  「……」

 「私も、あなたを選びます。
 あなたも、私を選ぶ。
 それだけで、十分です」

 フェルディナンドは、長く息を吐いた。

 「……簡単に言うな」  「簡単じゃありません」

 ノインは、小さく笑う。

 「だから、逃げないでください」

 その言葉が、深く刺さった。

 * * *

 しばらくの沈黙の後、フェルディナンドは、ゆっくりとノインの手を取った。

 「……我は、これまで
 “誰かに選ばれる”場面から、目を逸らしてきた」

 指先に、力がこもる。

 「だが……今は、違う」

 彼は、確かに言った。

 「ノイン。
 我は――お前を選ぶ」

 胸の奥で、何かがほどける音がした。

 ノインは、静かに頷く。

 「はい。……私もです」

 その瞬間、温室の空気がふわりと揺れた。

 角の根元に残っていた、最後の“重さ”。  それが、微かに、しかし確実に薄れる。

 完全ではない。  だが――逃げていない。

 「……変化が、あるな」  「はい」

 ノインは、確信していた。

 最後の鎖は、
 “誰かに選ばれたい”という願いではない。

 “選ばれ続けることを、恐れる心”だ。

 それをほどくのに必要なのは――

 特別な儀式でも、奇跡でもない。

 ただ、今日のように。  何度でも、選び合うこと。

 ノインは、フェルディナンドの手を握り返す。

 (……大丈夫)

 この人は、もう逃げない。  そして自分も、離れない。

 そう確信しながら、
 ふたりは静かな温室をあとにした。

 最後の鎖がほどける日は、
 もう――遠くなかった。
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