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第22話 公爵という立場
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第22話 公爵という立場
その朝、公爵邸はいつもより早くざわめいていた。
中庭には馬車が並び、執事や文官たちが忙しなく行き交っている。 ノインはその様子を回廊の陰から眺め、胸の奥に小さな緊張を覚えていた。
(……今日は、公爵としての“仕事”の日)
フェルディナンドが正式に、王都の評議会へ出向く。 呪いが弱まり、表に出られるようになった今―― 避け続けてきた“公爵という立場”と、正面から向き合う日だった。
「ノイン」
声に振り向くと、正装に身を包んだフェルディナンドが立っていた。 深い色の外套に、家紋の留め具。 その姿は、誰の目にも“公爵”そのものだった。
けれど、金の瞳はどこか硬い。
「……顔色が、あまりよくありません」 「そう見えるか」 「はい」
ノインは、遠慮せず言った。
「逃げたい顔です」
一瞬、彼は目を瞬かせ―― そして、苦笑した。
「……鋭いな」
* * *
応接室には、側近のマリオンと数名の文官が控えていた。 彼らは皆、緊張と期待が入り混じった表情をしている。
「本日の評議会では、公爵家の今後についても問われます」 「呪いの件を理由に凍結されていた権限の扱いも、再検討されるでしょう」
マリオンの説明に、フェルディナンドは静かに頷く。
「……つまり」 ノインが言葉を継いだ。
「“フェルディナンド様個人”ではなく、
“フェルディナンド公爵”として、選ばれる場、ということですね」
その言葉に、彼の肩がわずかに強張る。
「……ああ」
公爵という立場。 それは、力であり、責任であり―― 同時に、“期待”の塊でもある。
「フェルディナンド様」
ノインは、一歩近づいた。
「私は、ついて行けません」 「……わかっている」
それでも、彼女は言った。
「でも、ここで待っています」
彼の視線が、ゆっくりとこちらに向く。
「帰ってくる場所は、あります」 「……」
「選ばれるのが怖くなったら、
選ばれなくてもいい場所が、ちゃんと」
ノインは、胸に手を当てる。
「――ここに、あります」
* * *
馬車に乗り込む直前。 フェルディナンドは、ふと立ち止まった。
「ノイン」 「はい」
「……我は、今日
“公爵として選ばれるかどうか”を試される」
その声は、低い。
「だが……それでも行く」 「はい」
「逃げない」 「知っています」
ノインは、微笑んだ。
「だって、あなたはもう――
“選ばれること”から、目を逸らさない人ですから」
フェルディナンドは、一瞬目を閉じる。 そして、確かに頷いた。
「……行ってくる」
馬車が走り出す。 ノインは、最後まで見送った。
* * *
午後。 屋敷は静まり返っていた。
ノインは、自室で針仕事をしながらも、集中できずにいた。 胸の奥が、微かにざわつく。
(……大丈夫)
そう言い聞かせる。
彼は、公爵として立つ。 それは――自分の居場所を、他人に委ねることでもある。
だが、以前とは違う。
(選ばれなくても……戻ってこれる)
その確信が、ノイン自身の“鎖”も、静かにほどいていく。
* * *
夕刻。
馬車の音が、中庭に響いた。
ノインは、思わず立ち上がる。
扉が開き、フェルディナンドが姿を現した。 外套を脱ぎ、いつもより深く息を吐いている。
「……お帰りなさい」 「ああ」
彼は、ノインを見ると―― はっきりと、微笑んだ。
「……選ばれたよ」 「!」
「だが、それ以上に――」
彼は、胸に手を当てる。
「選ばれなかったとしても、
我は、壊れなかった」
その言葉に、ノインの目が潤む。
「……それが、一番大切です」
フェルディナンドは、静かに頷いた。
角の根元に残る、最後の“重さ”。 それが、また一段、軽くなったのを――
ふたりは、同時に感じていた。
公爵という立場。 それは、彼を縛るものではない。
選び、選ばれ、
それでも“戻れる場所”を持った者が立つ席。
フェルディナンドは、もう逃げない。
そしてノインもまた――
“支えるだけの存在”ではなく、
隣に立つ覚悟を、静かに固めていた。
その朝、公爵邸はいつもより早くざわめいていた。
中庭には馬車が並び、執事や文官たちが忙しなく行き交っている。 ノインはその様子を回廊の陰から眺め、胸の奥に小さな緊張を覚えていた。
(……今日は、公爵としての“仕事”の日)
フェルディナンドが正式に、王都の評議会へ出向く。 呪いが弱まり、表に出られるようになった今―― 避け続けてきた“公爵という立場”と、正面から向き合う日だった。
「ノイン」
声に振り向くと、正装に身を包んだフェルディナンドが立っていた。 深い色の外套に、家紋の留め具。 その姿は、誰の目にも“公爵”そのものだった。
けれど、金の瞳はどこか硬い。
「……顔色が、あまりよくありません」 「そう見えるか」 「はい」
ノインは、遠慮せず言った。
「逃げたい顔です」
一瞬、彼は目を瞬かせ―― そして、苦笑した。
「……鋭いな」
* * *
応接室には、側近のマリオンと数名の文官が控えていた。 彼らは皆、緊張と期待が入り混じった表情をしている。
「本日の評議会では、公爵家の今後についても問われます」 「呪いの件を理由に凍結されていた権限の扱いも、再検討されるでしょう」
マリオンの説明に、フェルディナンドは静かに頷く。
「……つまり」 ノインが言葉を継いだ。
「“フェルディナンド様個人”ではなく、
“フェルディナンド公爵”として、選ばれる場、ということですね」
その言葉に、彼の肩がわずかに強張る。
「……ああ」
公爵という立場。 それは、力であり、責任であり―― 同時に、“期待”の塊でもある。
「フェルディナンド様」
ノインは、一歩近づいた。
「私は、ついて行けません」 「……わかっている」
それでも、彼女は言った。
「でも、ここで待っています」
彼の視線が、ゆっくりとこちらに向く。
「帰ってくる場所は、あります」 「……」
「選ばれるのが怖くなったら、
選ばれなくてもいい場所が、ちゃんと」
ノインは、胸に手を当てる。
「――ここに、あります」
* * *
馬車に乗り込む直前。 フェルディナンドは、ふと立ち止まった。
「ノイン」 「はい」
「……我は、今日
“公爵として選ばれるかどうか”を試される」
その声は、低い。
「だが……それでも行く」 「はい」
「逃げない」 「知っています」
ノインは、微笑んだ。
「だって、あなたはもう――
“選ばれること”から、目を逸らさない人ですから」
フェルディナンドは、一瞬目を閉じる。 そして、確かに頷いた。
「……行ってくる」
馬車が走り出す。 ノインは、最後まで見送った。
* * *
午後。 屋敷は静まり返っていた。
ノインは、自室で針仕事をしながらも、集中できずにいた。 胸の奥が、微かにざわつく。
(……大丈夫)
そう言い聞かせる。
彼は、公爵として立つ。 それは――自分の居場所を、他人に委ねることでもある。
だが、以前とは違う。
(選ばれなくても……戻ってこれる)
その確信が、ノイン自身の“鎖”も、静かにほどいていく。
* * *
夕刻。
馬車の音が、中庭に響いた。
ノインは、思わず立ち上がる。
扉が開き、フェルディナンドが姿を現した。 外套を脱ぎ、いつもより深く息を吐いている。
「……お帰りなさい」 「ああ」
彼は、ノインを見ると―― はっきりと、微笑んだ。
「……選ばれたよ」 「!」
「だが、それ以上に――」
彼は、胸に手を当てる。
「選ばれなかったとしても、
我は、壊れなかった」
その言葉に、ノインの目が潤む。
「……それが、一番大切です」
フェルディナンドは、静かに頷いた。
角の根元に残る、最後の“重さ”。 それが、また一段、軽くなったのを――
ふたりは、同時に感じていた。
公爵という立場。 それは、彼を縛るものではない。
選び、選ばれ、
それでも“戻れる場所”を持った者が立つ席。
フェルディナンドは、もう逃げない。
そしてノインもまた――
“支えるだけの存在”ではなく、
隣に立つ覚悟を、静かに固めていた。
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