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第27話 「その背に、守られて」
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第27話 「その背に、守られて」
夜明け前の空気は、ひどく静かだった。
ノインは目を覚まし、しばらく天井を見つめていた。 夢を見ていた気がする。けれど、内容はもうほとんど思い出せない。ただ――胸の奥に、かすかな不安だけが残っていた。
(……嫌な夢)
そう思い、ベッドから身を起こしたときだった。
――遠くで、鈍い音がした。
ガシャン、と何かが崩れるような音。 続いて、低く抑えた怒号。
「……っ?」
ノインは息を詰めた。 屋敷が広いことは知っている。それでも、この時間に聞こえる物音は、明らかに異常だった。
(まさか……)
思考がまとまる前に、扉が勢いよく叩かれる。
「ノイン様! お怪我はありませんか!?」
侍女マリオンの切迫した声だった。
「は、はい……」 「急いで。フェルディナンド様が――」
その名を聞いた瞬間、ノインは迷わず立ち上がった。
「どこですか!?」 「中庭です。侵入者が……!」
――侵入者。
その言葉が、嫌な予感を確信に変える。 公爵の呪いが弱まっている今、それを良しとしない者がいる可能性は、以前から話に出ていた。
ノインは夜着のまま、外套を羽織って廊下を走った。
冷たい石床。 松明の光。 騎士たちの慌ただしい足音。
中庭に辿り着いた瞬間、彼女は息を呑んだ。
そこには、倒れ伏した黒装束の男と、 ――その前に立つ、フェルディナンドの背があった。
「……下がれ、ノイン!」
振り返らずに叫ぶ声。 だがノインの足は止まらなかった。
「フェルディナンド!」
男はすでに捕らえられていたが、地面には血痕が残っている。 そして、フェルディナンドの肩口からも、赤が滲んでいた。
「……怪我、してる……!」 「かすり傷だ」
そう言う声は、いつもより低く、硬い。
ノインは彼の前に駆け寄ろうとした。 その瞬間――
フェルディナンドは、反射的に彼女を庇うように一歩前へ出た。
「っ……!」
その動きに、ノインははっとする。
――自分が狙われている可能性を、一瞬も疑わず。 ――迷いなく、盾になる選択。
(……この人……)
騎士たちが侵入者を引きずっていく中、 フェルディナンドはようやくノインの方を向いた。
「……無事か」 「それは……こっちの台詞です……!」
ノインは震える手で、彼の肩に触れた。
「血が……」 「深くない」
だが、その言葉を聞いても、胸の鼓動は収まらない。
「……怖かった……」 思わず、声が零れた。
フェルディナンドの表情が、僅かに揺れる。
「……すまない」 「謝らないでください。怪我をしたのは、あなたなんですから」
彼は一瞬、言葉を失ったように黙り込んだ。 そして、ゆっくりとノインの肩に手を置く。
「……守ると決めた」 「え……」 「お前を」
短い言葉だった。 だが、その重みは、はっきりと伝わった。
ノインの視界が、じわりと滲む。
「……私、ずっと……守られる価値なんて、ないと思ってました」 「……」 「誰かの背に隠れていいなんて、考えたこともなくて……」
フェルディナンドは、静かに首を振った。
「価値があるから守るのではない」 「……?」 「守りたいと思ったから、守る。それだけだ」
その言葉は、理屈ではなく、感情だった。
ノインは、彼の胸元に額を預けた。
「……ありがとう……」 「ノイン……?」
彼女の声は、かすかに震えている。
「……あなたの背中、すごく……大きく見えました」
フェルディナンドは、一瞬戸惑ったように手を止め、 それから――そっと、ノインを抱き寄せた。
強くもなく、離れすぎてもいない。 ただ、確かに守る距離。
「……二度と、同じ思いはさせない」 「……はい」
夜明けの光が、中庭を淡く照らし始める。
侵入者は去り、 恐怖はまだ胸に残っている。
それでもノインは、確かに感じていた。
――この人の背に守られる場所が、ここにある。
利用でも、身代わりでもない。 恐怖でも、義務でもない。
ただ、「大切だから守る」と言われる場所。
ノインは、胸の奥でそっと誓う。
(……今度は、私も……あなたを支えたい)
夜が明けるころ、 二人の影は、寄り添うように庭に落ちていた。
夜明け前の空気は、ひどく静かだった。
ノインは目を覚まし、しばらく天井を見つめていた。 夢を見ていた気がする。けれど、内容はもうほとんど思い出せない。ただ――胸の奥に、かすかな不安だけが残っていた。
(……嫌な夢)
そう思い、ベッドから身を起こしたときだった。
――遠くで、鈍い音がした。
ガシャン、と何かが崩れるような音。 続いて、低く抑えた怒号。
「……っ?」
ノインは息を詰めた。 屋敷が広いことは知っている。それでも、この時間に聞こえる物音は、明らかに異常だった。
(まさか……)
思考がまとまる前に、扉が勢いよく叩かれる。
「ノイン様! お怪我はありませんか!?」
侍女マリオンの切迫した声だった。
「は、はい……」 「急いで。フェルディナンド様が――」
その名を聞いた瞬間、ノインは迷わず立ち上がった。
「どこですか!?」 「中庭です。侵入者が……!」
――侵入者。
その言葉が、嫌な予感を確信に変える。 公爵の呪いが弱まっている今、それを良しとしない者がいる可能性は、以前から話に出ていた。
ノインは夜着のまま、外套を羽織って廊下を走った。
冷たい石床。 松明の光。 騎士たちの慌ただしい足音。
中庭に辿り着いた瞬間、彼女は息を呑んだ。
そこには、倒れ伏した黒装束の男と、 ――その前に立つ、フェルディナンドの背があった。
「……下がれ、ノイン!」
振り返らずに叫ぶ声。 だがノインの足は止まらなかった。
「フェルディナンド!」
男はすでに捕らえられていたが、地面には血痕が残っている。 そして、フェルディナンドの肩口からも、赤が滲んでいた。
「……怪我、してる……!」 「かすり傷だ」
そう言う声は、いつもより低く、硬い。
ノインは彼の前に駆け寄ろうとした。 その瞬間――
フェルディナンドは、反射的に彼女を庇うように一歩前へ出た。
「っ……!」
その動きに、ノインははっとする。
――自分が狙われている可能性を、一瞬も疑わず。 ――迷いなく、盾になる選択。
(……この人……)
騎士たちが侵入者を引きずっていく中、 フェルディナンドはようやくノインの方を向いた。
「……無事か」 「それは……こっちの台詞です……!」
ノインは震える手で、彼の肩に触れた。
「血が……」 「深くない」
だが、その言葉を聞いても、胸の鼓動は収まらない。
「……怖かった……」 思わず、声が零れた。
フェルディナンドの表情が、僅かに揺れる。
「……すまない」 「謝らないでください。怪我をしたのは、あなたなんですから」
彼は一瞬、言葉を失ったように黙り込んだ。 そして、ゆっくりとノインの肩に手を置く。
「……守ると決めた」 「え……」 「お前を」
短い言葉だった。 だが、その重みは、はっきりと伝わった。
ノインの視界が、じわりと滲む。
「……私、ずっと……守られる価値なんて、ないと思ってました」 「……」 「誰かの背に隠れていいなんて、考えたこともなくて……」
フェルディナンドは、静かに首を振った。
「価値があるから守るのではない」 「……?」 「守りたいと思ったから、守る。それだけだ」
その言葉は、理屈ではなく、感情だった。
ノインは、彼の胸元に額を預けた。
「……ありがとう……」 「ノイン……?」
彼女の声は、かすかに震えている。
「……あなたの背中、すごく……大きく見えました」
フェルディナンドは、一瞬戸惑ったように手を止め、 それから――そっと、ノインを抱き寄せた。
強くもなく、離れすぎてもいない。 ただ、確かに守る距離。
「……二度と、同じ思いはさせない」 「……はい」
夜明けの光が、中庭を淡く照らし始める。
侵入者は去り、 恐怖はまだ胸に残っている。
それでもノインは、確かに感じていた。
――この人の背に守られる場所が、ここにある。
利用でも、身代わりでもない。 恐怖でも、義務でもない。
ただ、「大切だから守る」と言われる場所。
ノインは、胸の奥でそっと誓う。
(……今度は、私も……あなたを支えたい)
夜が明けるころ、 二人の影は、寄り添うように庭に落ちていた。
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