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第32話 「条件の提示」
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第32話 「条件の提示」
「――“取引”をしに来た」
その言葉が、応接室の空気を一段冷やした。
リオネル王弟は、肘掛け椅子にゆったりと腰を下ろし、指を組む。 まるで友好的な提案でもするかのような口ぶりだった。
「取引、とは」 フェルディナンドの声は低く、警戒を隠さない。
「簡単な話だよ」 リオネルは微笑んだまま、視線をノインに向けた。 「ノイン嬢。君の力を、王国のために“正式に”使ってもらいたい」
ノインの胸が、静かに鳴る。
(来た……)
予想していたはずなのに、言葉として突きつけられると、やはり重い。
「もちろん、無償奉仕とは言わない」 リオネルは続ける。 「公爵家の立場は盤石になる。君自身にも、身分と保障を与えよう」 「……保障?」 「そう。孤児としての過去も、エドラー伯爵家との関係も、すべて“整理”される」
それは、甘い提案だった。 ノインが長年、無意識に背負わされてきた“弱点”を、すべて消し去ると言っているのだから。
「さらに」 リオネルは、わずかに声を落とした。 「フェルディナンドの呪いも、優先的に研究対象にする。王宮魔術師団を総動員してね」
フェルディナンドの眉が、ぴくりと動いた。
「……条件は」 「君は、王家の管理下に入る」 あくまで穏やかに、しかし明確に。 「“必要なときに、必要な場所で”力を使う。それだけだ」
それだけ――。 その言葉の裏に、どれほどの拘束があるかを、ノインは理解していた。
「……私は」 ノインは、ゆっくりと口を開いた。 「“人を治す道具”になるつもりは、ありません」
室内の空気が、ぴんと張り詰める。
リオネルは一瞬、驚いたように目を瞬かせたが、すぐに笑みを深くした。
「道具、とは言っていないよ」 「でも……“管理”と言いました」 「それは、保護でもある」 「……誰の都合で、ですか?」
ノインは、視線を逸らさなかった。
フェルディナンドが、一歩前に出る。
「殿下」 「なんだい?」 「彼女の答えは、すでに出ている」
だが、リオネルは肩をすくめた。
「若いね。だが――」 彼の視線が、鋭くなる。 「拒めば、噂はさらに広がる。君を狙う者も増える。公爵家だけで、守り切れるかな?」
それは、脅しではない。 現実を突きつける、冷静な指摘だった。
ノインの指先が、わずかに震える。 ――怖い。 だが。
「……それでも」 ノインは、一歩、フェルディナンドの隣に立った。 「私の力は、私のものです」
彼女は、はっきりと言う。
「使う場所も、相手も、理由も……私が選びます」 「……ほう」
リオネルは、じっとノインを見つめた。 まるで、新しい駒の価値を測り直すように。
「では、条件を変えよう」 「条件……?」 「“強制”はしない」 彼は微笑む。 「ただし――王家からの“正式な要請”があった場合、協議の場には必ず出席してもらう。それだけでいい」
完全な自由ではない。 だが、完全な拘束でもない。
フェルディナンドは、ノインを見た。 判断を委ねる、という視線。
ノインは、少しだけ考え――そして、頷いた。
「……話を聞くことまでは、拒みません」 「賢明だ」
リオネルは満足そうに立ち上がる。
「では、今日はこれで。君たちの“覚悟”は、よくわかった」
王弟が去ったあと、応接室には静寂が戻った。
「……大丈夫か」 フェルディナンドが、低く尋ねる。
ノインは、ゆっくりと息を吐いた。
「怖いです。でも……」 彼女は、彼を見上げる。 「選んだのは、私ですから」
守られるだけの存在ではない。 利用されるだけの存在でもない。
その境界線を、自分の足で踏みしめた―― それが、今日の答えだった。
「――“取引”をしに来た」
その言葉が、応接室の空気を一段冷やした。
リオネル王弟は、肘掛け椅子にゆったりと腰を下ろし、指を組む。 まるで友好的な提案でもするかのような口ぶりだった。
「取引、とは」 フェルディナンドの声は低く、警戒を隠さない。
「簡単な話だよ」 リオネルは微笑んだまま、視線をノインに向けた。 「ノイン嬢。君の力を、王国のために“正式に”使ってもらいたい」
ノインの胸が、静かに鳴る。
(来た……)
予想していたはずなのに、言葉として突きつけられると、やはり重い。
「もちろん、無償奉仕とは言わない」 リオネルは続ける。 「公爵家の立場は盤石になる。君自身にも、身分と保障を与えよう」 「……保障?」 「そう。孤児としての過去も、エドラー伯爵家との関係も、すべて“整理”される」
それは、甘い提案だった。 ノインが長年、無意識に背負わされてきた“弱点”を、すべて消し去ると言っているのだから。
「さらに」 リオネルは、わずかに声を落とした。 「フェルディナンドの呪いも、優先的に研究対象にする。王宮魔術師団を総動員してね」
フェルディナンドの眉が、ぴくりと動いた。
「……条件は」 「君は、王家の管理下に入る」 あくまで穏やかに、しかし明確に。 「“必要なときに、必要な場所で”力を使う。それだけだ」
それだけ――。 その言葉の裏に、どれほどの拘束があるかを、ノインは理解していた。
「……私は」 ノインは、ゆっくりと口を開いた。 「“人を治す道具”になるつもりは、ありません」
室内の空気が、ぴんと張り詰める。
リオネルは一瞬、驚いたように目を瞬かせたが、すぐに笑みを深くした。
「道具、とは言っていないよ」 「でも……“管理”と言いました」 「それは、保護でもある」 「……誰の都合で、ですか?」
ノインは、視線を逸らさなかった。
フェルディナンドが、一歩前に出る。
「殿下」 「なんだい?」 「彼女の答えは、すでに出ている」
だが、リオネルは肩をすくめた。
「若いね。だが――」 彼の視線が、鋭くなる。 「拒めば、噂はさらに広がる。君を狙う者も増える。公爵家だけで、守り切れるかな?」
それは、脅しではない。 現実を突きつける、冷静な指摘だった。
ノインの指先が、わずかに震える。 ――怖い。 だが。
「……それでも」 ノインは、一歩、フェルディナンドの隣に立った。 「私の力は、私のものです」
彼女は、はっきりと言う。
「使う場所も、相手も、理由も……私が選びます」 「……ほう」
リオネルは、じっとノインを見つめた。 まるで、新しい駒の価値を測り直すように。
「では、条件を変えよう」 「条件……?」 「“強制”はしない」 彼は微笑む。 「ただし――王家からの“正式な要請”があった場合、協議の場には必ず出席してもらう。それだけでいい」
完全な自由ではない。 だが、完全な拘束でもない。
フェルディナンドは、ノインを見た。 判断を委ねる、という視線。
ノインは、少しだけ考え――そして、頷いた。
「……話を聞くことまでは、拒みません」 「賢明だ」
リオネルは満足そうに立ち上がる。
「では、今日はこれで。君たちの“覚悟”は、よくわかった」
王弟が去ったあと、応接室には静寂が戻った。
「……大丈夫か」 フェルディナンドが、低く尋ねる。
ノインは、ゆっくりと息を吐いた。
「怖いです。でも……」 彼女は、彼を見上げる。 「選んだのは、私ですから」
守られるだけの存在ではない。 利用されるだけの存在でもない。
その境界線を、自分の足で踏みしめた―― それが、今日の答えだった。
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