『身代わりに差し出された令嬢ですが、呪われた公爵に溺愛されて本当の幸せを掴みました』

鷹 綾

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第37話 「認められた事実」

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第37話 「認められた事実」

 応接室の空気は、重く張りつめていた。
 ノインの言葉に、エドラー伯爵夫妻は揃って視線を落とす。逃げ道は、もうない。

 沈黙を破ったのは、伯爵夫人だった。

 「……事実、ですか」

 声はかすれている。だが、震えは隠せていない。

 「あなたは……確かに、我が家で“家族同然”とは言えない扱いを受けていました」
 「……母上!」

 エミリアが思わず声を上げる。伯爵夫人は、それを制するように小さく手を上げた。

 「いいえ。ここで取り繕っても、意味がありません」
 「……」

 伯爵は、ぎゅっと拳を握りしめたまま、低く言った。

 「ノイン。お前は……婚約の“代替”として扱われた。それは否定できない」
 「……はい」

 ノインは、ただ頷いた。
 胸の奥が、きしむように痛む。それでも、目を逸らさない。

 「当時は……最善だと思った。家を守るため、エミリアを守るため――」
 「“思った”のですね」

 ノインの声は、静かだった。

 「でも、その判断で、私がどうなったかは……考えていなかった」
 「……ああ」

 短い肯定。
 それは、言い訳ではなかった。

 「私は、家族になりたかったわけではありません」
 ノインは、ゆっくりと言葉を選ぶ。
 「ただ……“人として扱ってほしかった”だけです」

 その一言が、伯爵夫人の肩を揺らした。

 「……ごめんなさい」

 初めて、はっきりとした謝罪が落ちる。

 「あなたを、都合のいい存在として扱った。傷つけた。……それは、事実です」

 ノインは、深く息を吸った。
 胸の奥に、冷たい塊があった。それが、少しずつ形を失っていくのを感じる。

 「……認めていただけたなら、それで十分です」

 その言葉に、エミリアが顔を上げた。

 「そんな……それで終わりなの?」
 「ええ」

 ノインは、まっすぐに彼女を見た。

 「謝罪を引き出すために、ここに来たわけではありません。事実を、歪めないためです」
 「……私たちと、縁を切るってこと?」

 ノインは、首を横に振った。

 「切る、切らないではありません。――距離を、選びます」

 その瞬間、フェルディナンドが静かに口を開いた。

 「本日の面会は、ここまでだ」

 その声は低く、だが明確だった。

 「謝罪と事実の確認は済んだ。これ以上は、互いに不要な傷を増やすだけだろう」

 伯爵夫妻は、言葉を失ったまま、立ち上がった。

 「……ノイン」
 去り際、伯爵が小さく呼ぶ。

 「お前が……幸せであることを、願っている」
 「ありがとうございます」

 ノインは、形式的に一礼した。
 それ以上の言葉は、もう必要なかった。

 扉が閉じる。
 応接室に残ったのは、ノインとフェルディナンドだけ。

 しばらくの沈黙のあと、ノインはぽつりと呟いた。

 「……思ったより、平気でした」
 「嘘だな」
 「……はい。でも」

 彼女は、胸に手を当てる。

 「逃げなかった。ちゃんと、向き合えました」

 フェルディナンドは、ゆっくりと彼女の前に立ち、視線を合わせた。

 「それでいい。もう、過去に証明する必要はない」

 その言葉に、ノインの目が潤む。

 認められたのは、価値ではない。
 被害でもない。

 ――事実だ。

 それだけで、十分だった。
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