婚約破棄されたので、王太子はもう何も決めません

鷹 綾

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第十二話 言葉の検証は、容赦なく始まる

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第十二話 言葉の検証は、容赦なく始まる

 王太子コンラートの声明が出されてから、三日が経った。

 最初の一日は、静かだった。
 人々は様子を見ていた。
 あの言葉に、意味があるのかどうかを。

 二日目になると、慎重な確認が始まる。
 三日目には、それがはっきりとした“検証”に変わった。

 王都の商人組合では、朝から重苦しい空気が漂っていた。

「殿下は“全力を尽くす”と仰ったが……具体的な指示は来ていないな」 「支援の再開についても、何も聞いていない」 「仕入れの判断ができん。このままでは、動けないぞ」

 言葉は残っている。
 だが、それに続く“行動”が、どこにも見当たらない。

 結果として、商人たちは最も安全な選択を取った。
 ――動かない。

 流通量は抑えられ、在庫は温存される。
 それは暴動でも反乱でもない。
 ただの、慎重な自己防衛だ。

 同じ現象は、地方にも波及していた。

「殿下の声明は、ありがたい話だが……」 「だが、予算の裏付けがない以上、勝手に動くわけにもいかん」 「宰相府からの暫定措置は続いている。ならば、そちらを基準にするしかあるまい」

 領主たちは、感情ではなく、現実を基準に判断する。
 結果、選ばれたのは――宰相府だった。

 王宮では、その変化を示す報告が次々と集まっていた。

「商人組合は、声明後も態度を変えていません」 「地方も同様です。“具体策を待つ”との回答ばかりで……」

 側近の声は低く、慎重だ。
 だが、その慎重さが、すでに答えを含んでいる。

「……なぜだ」

 コンラートは、机に手をついた。

「私は、責任を引き受けると言った。全力を尽くすと誓ったではないか」

 だが、誓いは行動ではない。
 その事実が、彼の言葉を空洞にしていた。

「殿下……」

 側近の一人が、意を決したように口を開く。

「皆、“次の一手”を待っているのです。声明の続きとしての、具体的な施策を……」

「だから、検討中だと言っている!」

 声を荒げたが、室内の空気は動かない。
 検討中、という言葉は、もう十分に聞かされてきたからだ。

 一方、宰相府では、同じ現象を冷静に観測していた。

「声明後、三日。流通は慎重姿勢を維持。地方も宰相府基準を継続」

 補佐官の報告に、ヴォルフガング・ハルトマンは短く頷く。

「予想通りだ。言葉だけの誓いは、三日で効力を失う」

 彼は、机上の資料を一枚、脇に寄せた。

「人は、“検証できない言葉”を信じない」

 それは、非難ではない。
 単なる事実だ。

 ノクティア侯爵邸では、エヴァレット・ノクティアが、同じ流れを別の角度から見ていた。

「……検証段階に入りましたわね」

 机に並ぶ報告書には、明確な共通点があった。
 どれも、“待ち”の姿勢を取っている。

「声明を出した直後は、皆、少しだけ期待するのです」

 エヴァレットは、静かに分析する。

「ですが、その期待は、具体性によってのみ維持される」

 支援の再開時期。
 財源の内訳。
 責任者の明示。

 それらが示されない限り、期待は疑念に変わる。

「……殿下は、“象徴”から抜け出そうとして、逆に象徴を強化してしまいましたわ」

 言葉だけを出し、行動を伴わせない。
 それは、“決めない存在”としての印象を、より鮮明にする。

 午後、王宮では非公式の会合が開かれた。
 名目は、声明後の状況確認。

 だが、実際には――

「殿下。宰相府の暫定措置を、正式な方針として追認しては?」

 その提案が出た瞬間、室内の空気が変わった。

「それは……」

 コンラートは言葉に詰まる。

 追認。
 それは、自分が決める側ではなく、承認する側に回るという意味だ。

「殿下が声明で示された“全力を尽くす”という姿勢とも、矛盾しません」

 重臣の一人は、穏やかにそう言った。
 だが、その穏やかさは、逃げ場を塞ぐものだった。

 ――全力を尽くすなら、今動いている体制を支持するべきだ。

「……考えさせてほしい」

 絞り出した言葉に、誰も反論しなかった。
 だが、それは納得ではない。

 夜。
 コンラートは一人、執務室に残っていた。

 声明文の写しが、机の上に置かれている。
 そこには、力強い言葉が並んでいた。

「……なぜ、届かない」

 言葉は出した。
 覚悟も、示したつもりだった。

 だが、現実は動かない。

 同じ夜、エヴァレットは書斎で、静かに結論をまとめていた。

「言葉は、三日で検証されます」

 それは、政治における一つの法則だ。

「結果が伴わなければ、次に問われるのは“誠実さ”」

 そして、誠実さが疑われた瞬間、
 信頼は急速に失われる。

 王太子コンラートは、
 象徴であることを自覚した。

 だが、象徴であることを否定するには、
 あまりにも遅い一歩だったのかもしれない。

 彼の言葉は、今、
 静かに、だが確実に――
 検証され続けている。
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