婚約破棄されたので、王太子はもう何も決めません

鷹 綾

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第十五話 責任を引き受ける者と、引き受けない者

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 王太子コンラートは、返書を何度も読み返していた。

 丁寧で、礼を失さず、拒絶とも服従とも取れない文章。
 だが、そこに含まれている意味は、あまりにも明確だった。

 ――あなたの判断を前提に、私は動かない。

 紙を置き、深く息を吐く。

「……そうか」

 声は、驚くほど静かだった。
 怒りも、焦りも、もう湧いてこない。

 代わりに胸を満たしていたのは、遅すぎた理解だ。

 自分は、責任を引き受けたことがなかった。
 決断の形だけを持ち、結果は誰かに委ねてきた。

 エヴァレットに。
 宰相に。
 状況に。

 その積み重ねが、今の立場を作っている。

「……ならば」

 彼は、ゆっくりと立ち上がった。

「ならば、今度こそ」

 声に、わずかな決意が宿る。
 だが、その決意は、誰かに支えてもらうためのものではない。

 ――自分で、引き受けるためのものだ。

 その日の朝、王宮に異変が走った。

「王太子殿下が、宰相府への正式な会談を要請なさったそうだ」 「内容は……“責任の所在について”?」

 噂は、瞬く間に広がった。
 それは、これまでのどの声明よりも、人々の注意を引いた。

 一方、宰相府。

「……会談の要請、ですか」

 補佐官の報告に、ヴォルフガング・ハルトマンは一瞬だけ考え込んだ。

「受けよう」

 短い返答。

「逃げ場のない話になる。彼に、その覚悟があるなら、だが」

 会談は、その日の午後に設定された。
 非公開。記録官同席。
 形式は整っているが、内容は極めて重い。

 重い扉の向こうで、二人は向き合った。

「……宰相閣下」

 先に口を開いたのは、コンラートだった。

「私は、これまで責任を引き受けてこなかった」

 率直な言葉。
 言い訳も、修飾もない。

 ヴォルフガングは、何も言わずに聞いている。

「支援を決めた。声明も出した。だが、その後の結果を、誰かに委ねた」

 拳を、ぎゅっと握る。

「その結果、私は象徴になり、国はあなたの判断で動いた」

 それは、事実の確認だった。

「……それで?」

 ヴォルフガングの声は、変わらない。

「私は、宰相府の暫定措置を、正式な方針として追認する」

 その言葉に、室内の空気が動いた。

「同時に、支援判断の責任は、すべて私が負う」

 コンラートは、目を逸らさない。

「失敗すれば、私の責任だ。批判も、処罰も、受け入れる」

 沈黙。

 それは、試される時間だった。

「……それは、権限を手放す宣言だ」

 ヴォルフガングが言う。

「分かっています」

 即答だった。

「だが、権限を握り続け、責任を引き受けないよりは、ずっとましだ」

 その言葉に、初めて、宰相の目が細められた。

「覚悟は、本物か?」

「結果で示します」

 短い答え。
 だが、逃げ道を塞ぐには、十分だった。

 会談は、長くは続かなかった。
 合意は、明確だった。

 ――実務は宰相府。
 ――最終責任は王太子。

 その決定は、同日中に重臣たちへ通達された。

 反応は、静かだった。

「……殿下が、責任を明示された?」 「追認、という形だが……」 「だが、逃げてはいないな」

 評価は、賛否ではなく、“確認”だった。

 ノクティア侯爵邸では、エヴァレット・ノクティアが、その報を受けていた。

「……ようやく、ですわね」

 机に置いた報告書を閉じる。

 遅すぎるかもしれない。
 だが、やらないよりは、はるかにいい。

「責任を引き受けるというのは、万能ではありません」

 エヴァレットは、静かに思う。

「けれど、それがなければ、何も始まらない」

 夜、コンラートは一人、執務室に残っていた。

 書類の山は、以前よりも少ない。
 だが、その一枚一枚が、重い。

 そこには、結果が記される。
 良くも、悪くも。

「……逃げない」

 自分に言い聞かせる。

 信頼は、すぐには戻らない。
 失ったものは、簡単には取り戻せない。

 だが、責任を引き受け続ける者にだけ、
 再び“判断を任せてもいい”と言われる日が来る。

 王太子コンラートは、
 ようやくその入口に立った。

 それが、
 失ったものを取り戻すための一歩になるか、
 あるいは、失敗を確定させる一歩になるかは――

 これからの結果が、すべてを語ることになる。
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