『婚約者に売られましたが、買い戻したのは皇帝でした ――メイド扱いのはずが、なぜか溺愛されています

鷹 綾

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第20話 揺り戻しの夜

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第20話 揺り戻しの夜

 嵐の前触れのように、夜の空気は重かった。

 領主館の廊下を歩きながら、フェリス・リンクスは胸の奥に沈む違和感を否定しなかった。
 小さな裏切りを摘み取った。
 証言も押さえた。
 だからこそ――次は必ず来る。

「警備の配置は?」

 低く問いかけると、護衛が即答する。

「通常より厚くしています。ただ……」

「ただ?」

「町外れの倉庫周辺で、不審な動きが」

 フェリスは、足を止めた。

「封鎖中の倉庫ですね」

「はい」

 一拍の沈黙。

「……案内してください」

 即断だった。


---

 倉庫街は、夜霧に包まれていた。

 灯りは少なく、足音がやけに大きく響く。
 遠くで、木箱が擦れるような音がした。

「止まれ」

 護衛が合図を出す。

 次の瞬間――

 火が上がった。

「放火です!」

 炎が、倉庫の壁を舐めるように広がる。
 狙いは明確だった。

(証拠の焼却……)

 フェリスは、歯を食いしばる。

「消火! 周囲に延焼させないで!」

 叫びは、的確だった。
 護衛と駆けつけた兵が動く。

 だが――

「領主様、背後!」

 鋭い声。

 闇の中から、数人の影が躍り出た。

 覆面。
 武器を持っている。

「……私を狙っているわね」

 フェリスは、逃げなかった。

 護衛が前に出る。

「下がってください!」

「いいえ」

 フェリスは、一歩踏み出した。

「彼らの目的は、恐怖を与えること。
 ここで逃げれば、噂が独り歩きします」

 短い沈黙の後、護衛は歯を食いしばった。

「……承知しました」


---

 騒ぎは、ほどなく鎮圧された。

 覆面の一人が取り押さえられ、残りは闇に紛れて逃げる。
 倉庫は半焼で済んだ。

 フェリスは、燃え残った帳簿の欠片を拾い上げる。

「……間に合った」

 完全な証拠ではない。
 だが、意図ははっきりした。

「これは、偶発ではありません」

 フェリスは、周囲に告げる。

「私への牽制です」


---

 翌朝。

 町は、ざわめいていた。

「倉庫が燃えたらしい」 「領主様が現場にいたって?」 「無事だったのか……」

 不安と驚きが、噂になって広がる。

 フェリスは、あえて公に姿を見せた。

 焼け跡の前で、民に向かって言う。

「昨夜、倉庫が狙われました」

 どよめき。

「ですが、隠しません。
 私は、逃げません」

 静かな声だったが、よく通った。

「不正を正せば、反発は起きます。
 それでも、やめません」

 一拍、間を置く。

「この地を、再び闇に戻さないために」

 民の中から、ぽつりと声が上がる。

「……ついていくしかないな」

 それは、小さな声だった。
 だが、確かな変化だった。


---

 その日の夜。

 帝都から、急使が届いた。

 短い書簡。

> 想定より早い。
だが、対応は冷静だった。
これより、帝国としても動く。
単独で抱え込むな。



 署名――アーシュ・レーシャー。

 フェリスは、深く息を吐いた。

(……一線、越えたわね)

 反発ではない。
 妨害でもない。

 脅迫と暴力。

 だが同時に、理解していた。

 ここから先は、
 自分一人の戦いではない。

 フェリス・リンクスは、この夜、決意を新たにした。

 揺り戻しは、終わらせる。
 次は――
 徹底的に、根を断つ。

 それが、
 領主として、
 そして生き残った者としての責務なのだから。
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