世界の現実は、理不尽で残酷だ――平等など存在しない

鷹 綾

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第二十話 王位継承者が消えた日

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第二十話 王位継承者が消えた日

王都に、奇妙な静けさが広がっていた。

鐘は鳴らず、祝祭も行われない。だが、それでいて誰もが理解している。――この国にとって、取り返しのつかない出来事が起きたのだと。

王太子ルイスの廃嫡。

その事実は、一夜にして王国全土へと伝わった。しかし人々が感じたのは、激しい驚きではなかった。

「やはり、そうなったか」

そんな半ば覚悟していたかのような、冷めた納得だった。

王城では、即位準備が粛々と進められていた。王位を継ぐのは、第二王子フィリップ。これまで表舞台に立つことは少なく、穏健で実務的。「面白みはないが、危険もない」と評されてきた人物だ。

だが、その評価こそが、今の王国にとっては何よりも価値があった。

王家は、感情で動かない。
そう示す必要があった。

即位の儀は、驚くほど簡素に行われた。豪奢な装飾も、民衆への大々的な披露もない。教会、諸侯、王宮官僚――必要最低限の立会人だけが集められる。

それは祝典ではなく、政治的な修復作業だった。

フィリップは王冠を受け取ると、深く一礼する。

「この国は、均衡の上に成り立っている」

最初の演説は、極めて短い。

「王家は、その均衡を保つために存在する」

「誰であろうと、それを壊す者には、例外なく責任を負わせる」

諸侯たちは、静かに頷いた。彼らも理解している。王になった瞬間から、フィリップ自身がその現実を理解していることを。

――自分は、選ばれたのではない。
――残されたのだ。

即位から数時間後、最初の王令が発布される。内容は、婚姻契約に関する制度改定だった。

王族が関与する婚姻は、教会と貴族院、双方の承認を必須とする。誰かの「真実の愛」が、再び国家を揺るがすことを防ぐための措置だ。

同時に、王太子ルイスの処遇も正式に決定された。

幽閉。

処刑ではない。追放でもない。最も中途半端で、最も残酷な処分だった。

彼は王城北塔の一室に移された。窓はある。外の空も見える。だが、その世界に触れることは、二度と許されない。

ルイスは青い空を見つめながら、ようやく理解し始めていた。

――自分は、何を壊したのか。

一方、王都地下牢。

聖女マリアは冷たい石壁に背を預け、膝を抱えて座っていた。彼女の罪状は、あまりにも曖昧だ。

「学園内は平等であると、思い込んで行動した」

それだけ。

悪意はなかった。計算もなかった。だが、無知は免罪符にならない。

彼女は、アリエノールの言葉を何度も思い返していた。

――この世界は、平等ではありません。
――それを知らないまま善意で動くことは、誰かを傷つけます。

聞き流してしまった忠告。その言葉が、今では鉄格子となって彼女を囲んでいる。

王都の外では、別の動きも始まっていた。

エノー公爵領から届いた正式な通達。その内容は、たった一文だった。

――王国との関係を、白紙から再定義する。

忠誠の撤回ではない。だが、無条件の協力が終わったことを示す、明確な宣言だった。

新王フィリップは文書を読み、深く息を吐く。

「……間に合った、か」

いや、正確には――まだ戦争になっていないだけだ。

王国は、崩壊を免れた。だが、その代償として失ったものは大きい。

王太子という未来。
聖女という象徴。
そして、二度と戻らない信頼。

王位継承者が消えた日。

それは、王国が一段階、否応なく大人になってしまった日でもあった。
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