世界の現実は、理不尽で残酷だ――平等など存在しない

鷹 綾

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第四十話 それでも世界は続いていく

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第四十話 それでも世界は続いていく

王都に、穏やかな雨が降っていた。

強くもなく、冷たくもない。舗道を濡らし、埃を沈めるだけの雨だ。人々は足早に屋根の下へと入っていくが、誰も空を恨まない。この雨は、災厄ではないと直感的に分かっているからだ。

王城の塔から見下ろす景色も、同じだった。

新王フィリップは、窓辺に立ち、街の様子を静かに眺めている。即位からしばらくが経ち、王冠の重さにも、ようやく身体が慣れてきた頃だ。

王国は、表向きには安定している。

反乱は起きていない。
内戦も、戦争も回避された。
税は回り、法は機能し、人々は生活を続けている。

それだけを見れば、成功だと言える。

だが彼は知っている。

この安定が、どれほど多くのものを切り捨てた上に成り立っているのかを。

「……守れたのは、国だけだな」

呟きは、誰にも届かない。

人は救えなかった。
夢も、理想も、信頼も――完全には。

それでも、王は立ち止まれない。

立ち止まるという選択肢は、王位と引き換えに最初から失われている。

王都の外、エノー公爵領。

アリエノールは、馬車の中で書簡を読み終え、そっと封を閉じた。ブリテン王国からの最終確認だ。婚約は正式に成立し、近く発表される。

馬車の窓越しに見える景色は、変わらない。

畑があり、村があり、人が暮らしている。

かつて守ろうとした国と、今距離を置いた国。その違いは、感情の中にしか存在しない。

「後悔は、しておりませんわ」

彼女は、誰に言うでもなくそう言った。

選ばなかった未来に心を残すほど、彼女は幼くない。選び続けた結果が今なら、それを引き受けるだけだ。

それが、公爵家の娘として育った彼女の答えだった。

修道院では、マリアが礼拝堂の掃除を終え、静かに腰を下ろしていた。ステンドグラスから差し込む光が、床に淡い色を落とす。

彼女は、もう祈らない。

神に願いを投げることは、とうにやめた。

代わりに、自分の内側に問いかける。

――今日は、誰かを傷つけなかったか。
――自分の言葉は、誰かの立場を踏みにじらなかったか。

その問いだけが、彼女を前へ進ませている。

救われなかったとしても、続けることはできる。

それを知っただけでも、彼女にとっては大きな変化だった。

地方の修道騎士団領では、ルイスが剣を収めていた。息は荒いが、以前よりも動きは安定している。誰も彼を王子とは呼ばない。

それでいい。

呼ばれないからこそ、彼は初めて、自分の重さで地面に立っている。

「……世界は、俺がいなくても回るんだな」

その事実は、痛みを伴う。

だが、ようやく理解できた。

王であることも、正義を語ることも、選ばれた者にしか許されない役割だったのだと。

夜が来る。

王都にも、修道院にも、公爵領にも、同じように闇が降りる。

それでも、人々は眠り、翌朝を迎える。

選ばれなかった未来は、もう戻らない。
失われた信頼も、完全には戻らない。

それでも――

世界は続いていく。

誰かの失敗を踏み越え、
誰かの犠牲を飲み込み、
何事もなかったかのように。

それは、残酷だ。

だが同時に、唯一の救いでもある。

すべてが終わらないからこそ、やり直せる者もいる。

誰も救われなかった事件の、その先で。

今日もまた、世界は続いていく。
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