ルヴェを侮辱した義妹は宮廷を追放されました ― 王妃クシェは最高の名誉職です ―

鷹 綾

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第32話 最高の名誉職

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第32話 最高の名誉職

夜のアルヴェール宮殿。

王妃の棟は静かな灯りに包まれていた。

回廊の奥。

王妃の私室の前に、アデル・ド・モンフォールが立っている。

手には白い絹の寝間着。

王妃の夜の衣装。

それはクシェの役目だった。

扉を軽く叩く。

「陛下」

中から穏やかな声が返る。

「入りなさい」

アデルは静かに扉を開けた。

暖炉の火が部屋を柔らかく照らしている。

王妃は鏡の前に座っていた。

侍女が髪を整えている。

いつもの夜の光景。

アデルは近づく。

侍女が下がる。

そしてアデルが寝間着を差し出した。

王妃は微笑んだ。

「ありがとう」

それがクシェ。

王妃の夜の儀礼。

ただ寝間着を渡すだけ。

それだけの仕事。

だがそれだけではない。

王妃は衣装を受け取りながら言った。

「今日は静かな一日だったわね」

アデルは答える。

「宮廷も落ち着きを取り戻しております」

王妃は小さく笑う。

「嵐のあとですもの」

廃太子。

婚約騒動。

宮廷は大きく揺れた。

だが今は落ち着いている。

秩序は戻った。

王妃は椅子に座る。

アデルはそばに立つ。

王妃は言った。

「アデル」

「あなたは分かっている?」

アデルは少し首をかしげる。

「何をでしょう」

王妃はゆっくり言う。

「クシェの意味」

アデルは静かに答える。

「王妃の寝間着をお渡しする儀礼です」

王妃は笑った。

「それだけではないわ」

そして暖炉の火を見ながら言った。

「クシェは」

「王妃に最も近い貴族」

「王妃の私室に入れる人間」

「そして」

王妃はアデルを見る。

「王妃に願いを伝えられる人間」

アデルは静かに聞いていた。

王妃は続ける。

「王も私も」

「実はあまり世間を知らない」

「だから」

「近くにいる人の願いを」

「つい叶えてしまうの」

それは宮廷ではよく知られた話だった。

王の側近。

王妃の側近。

その言葉は重い。

時に国の決定すら変える。

王妃は言った。

「だから」

「クシェは慎重に選ぶ」

「欲深い人間では駄目」

「権力を欲しがる人間でも駄目」

「ただ」

「宮廷の秩序を守れる人」

王妃は微笑んだ。

「だからあなたなのよ」

アデルは深く頭を下げた。

「恐れ入ります」

王妃は軽く手を振る。

「そんなにかしこまらないで」

そして少し楽しそうに言う。

「それに」

「あなたはもう」

「宮廷の未来を支える人よ」

アデルは顔を上げた。

王妃は言った。

「王太子は変わる」

「王もいつか老いる」

「宮廷は続く」

「そのとき」

「秩序を知る人が必要なの」

アデルは静かに答えた。

「微力ながら」

「お支えいたします」

王妃は満足そうにうなずいた。

「ええ」

そして寝間着を受け取る。

儀礼は終わった。

アデルは一歩下がる。

それがクシェの作法。

王妃が寝室へ向かうとき。

その背中を見送る。

それだけ。

だがその立場は――

宮廷で最も王妃に近い場所。

王妃は扉の前で振り返った。

「アデル」

「はい」

王妃は微笑む。

「あなたは知っている?」

「この宮廷で」

「最も名誉ある役目は何か」

アデルは答えない。

王妃は言った。

「王のシャツを渡すこと」

「王妃の寝間着を渡すこと」

それは単純な仕事。

だが。

王の最も近く。

王妃の最も近く。

そこに立つ者。

それが――

宮廷で最も名誉ある地位だった。

王妃は静かに言った。

「それが」

「本当の名誉職なのよ」

扉が閉まる。

回廊には静けさが戻る。

アデルはゆっくり頭を下げた。

アルヴェール宮殿の夜は深い。

そしてその中心で。

王妃クシェは、静かに宮廷の未来を見守っていた。
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