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第1話 引きこもり聖女の一日
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第1話 引きこもり聖女の一日
スター公爵家の屋敷の最奥に、その部屋はある。
厚い石壁に囲まれ、重たい木の扉で閉ざされた一室。
その中で暮らしているのが、聖女ポーラ・スターだった。
――聖女、と呼ばれてはいるが。
ポーラは、人前に姿を見せない。
というより、見せられない。
幼い頃から、人と向き合うことが極端に苦手だった。視線が集まると胸が苦しくなり、声をかけられれば喉が締めつけられる。言葉を発しようとするほど、頭の中が真っ白になる。
外に出る。
誰かと話す。
そのどれもが、彼女にとっては恐怖そのものだった。
だからポーラは、部屋から出ない。
ベッドと机、簡素な椅子。
壁際には小さな本棚があり、読み古した本が並んでいる。
窓はあるが、分厚いカーテンが常に閉められており、外の光はほとんど入らない。
それが、彼女にとっては一番落ち着く環境だった。
ポーラはベッドの端に腰掛け、毛布を膝にかけていた。
胸に手を当て、ゆっくりと呼吸を整える。
今日も、誰とも会っていない。
その事実だけで、心が少し軽くなる。
外の世界との唯一のつながりは、扉だった。
部屋の外へ出ることはできない。
だから、代わりに紙を使う。
机の上には、白い紙とペンが常に置かれている。
ポーラはペンを取り、慎重に文字を書く。
――本日は、特に異常はありません。
それを書き終えると、紙を折り、扉の前にそっと置く。
使用人がそれを回収し、必要があれば王城へと届ける。
声は不要。
顔を合わせる必要もない。
それが、ポーラなりの「聖女の務め」だった。
しばらくすると、扉の外で足音が止まる気配がした。
紙が回収される音が、かすかに聞こえる。
それだけだ。
誰かが声をかけてくることはない。
それでいい。
それがいい。
少し時間が経ってから、ポーラは再びペンを取った。
今度は、少し迷う。
こんなことを書いてもいいのだろうか。
聖女として、ふさわしくないのではないか。
けれど、直接頼むことはできない。
だから、書くしかなかった。
――今日は、クラムチャウダーが食べたいです。
文字を書き終えたあと、しばらく紙を見つめる。
我がままだと思われるだろうか。
呆れられるだろうか。
胸が、きゅっと痛む。
それでも、紙を折り、扉の前に置いた。
やがて、また足音。
「……クラムチャウダー、だそうだ」
小さく呟く声が聞こえた。
困惑と、戸惑いが混じった声音。
「聖女様は……本当に、外に出られないんだな」
別の使用人の声。
ため息。
ポーラは毛布を強く握りしめた。
迷惑なのだろうか。
困らせているのだろうか。
でも、出られない。
出てしまえば、もっと怖い。
もっと苦しくなる。
それだけは、分かっていた。
しばらくして、扉の外に皿が置かれる気配がした。
クラムチャウダーの、温かい香りが、かすかに漂ってくる。
ポーラはそっと立ち上がり、扉をほんの少しだけ開ける。
誰もいないことを確かめてから、皿を中へ引き込んだ。
扉を閉める。
それだけのことなのに、心臓は早鐘を打っていた。
スプーンで一口すくい、口に運ぶ。
温かい。
その温度に、少しだけ肩の力が抜ける。
今日も一日、無事に終わった。
誰にも会わず、声も出さず、それでも生きている。
それでいい。
それが、今の自分にできる精一杯だ。
ポーラは、静かな部屋でクラムチャウダーを食べながら、
明日もまた、扉に紙を貼るのだろうと思った。
それが、
引きこもり聖女ポーラ・スターの日常だった。
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スター公爵家の屋敷の最奥に、その部屋はある。
厚い石壁に囲まれ、重たい木の扉で閉ざされた一室。
その中で暮らしているのが、聖女ポーラ・スターだった。
――聖女、と呼ばれてはいるが。
ポーラは、人前に姿を見せない。
というより、見せられない。
幼い頃から、人と向き合うことが極端に苦手だった。視線が集まると胸が苦しくなり、声をかけられれば喉が締めつけられる。言葉を発しようとするほど、頭の中が真っ白になる。
外に出る。
誰かと話す。
そのどれもが、彼女にとっては恐怖そのものだった。
だからポーラは、部屋から出ない。
ベッドと机、簡素な椅子。
壁際には小さな本棚があり、読み古した本が並んでいる。
窓はあるが、分厚いカーテンが常に閉められており、外の光はほとんど入らない。
それが、彼女にとっては一番落ち着く環境だった。
ポーラはベッドの端に腰掛け、毛布を膝にかけていた。
胸に手を当て、ゆっくりと呼吸を整える。
今日も、誰とも会っていない。
その事実だけで、心が少し軽くなる。
外の世界との唯一のつながりは、扉だった。
部屋の外へ出ることはできない。
だから、代わりに紙を使う。
机の上には、白い紙とペンが常に置かれている。
ポーラはペンを取り、慎重に文字を書く。
――本日は、特に異常はありません。
それを書き終えると、紙を折り、扉の前にそっと置く。
使用人がそれを回収し、必要があれば王城へと届ける。
声は不要。
顔を合わせる必要もない。
それが、ポーラなりの「聖女の務め」だった。
しばらくすると、扉の外で足音が止まる気配がした。
紙が回収される音が、かすかに聞こえる。
それだけだ。
誰かが声をかけてくることはない。
それでいい。
それがいい。
少し時間が経ってから、ポーラは再びペンを取った。
今度は、少し迷う。
こんなことを書いてもいいのだろうか。
聖女として、ふさわしくないのではないか。
けれど、直接頼むことはできない。
だから、書くしかなかった。
――今日は、クラムチャウダーが食べたいです。
文字を書き終えたあと、しばらく紙を見つめる。
我がままだと思われるだろうか。
呆れられるだろうか。
胸が、きゅっと痛む。
それでも、紙を折り、扉の前に置いた。
やがて、また足音。
「……クラムチャウダー、だそうだ」
小さく呟く声が聞こえた。
困惑と、戸惑いが混じった声音。
「聖女様は……本当に、外に出られないんだな」
別の使用人の声。
ため息。
ポーラは毛布を強く握りしめた。
迷惑なのだろうか。
困らせているのだろうか。
でも、出られない。
出てしまえば、もっと怖い。
もっと苦しくなる。
それだけは、分かっていた。
しばらくして、扉の外に皿が置かれる気配がした。
クラムチャウダーの、温かい香りが、かすかに漂ってくる。
ポーラはそっと立ち上がり、扉をほんの少しだけ開ける。
誰もいないことを確かめてから、皿を中へ引き込んだ。
扉を閉める。
それだけのことなのに、心臓は早鐘を打っていた。
スプーンで一口すくい、口に運ぶ。
温かい。
その温度に、少しだけ肩の力が抜ける。
今日も一日、無事に終わった。
誰にも会わず、声も出さず、それでも生きている。
それでいい。
それが、今の自分にできる精一杯だ。
ポーラは、静かな部屋でクラムチャウダーを食べながら、
明日もまた、扉に紙を貼るのだろうと思った。
それが、
引きこもり聖女ポーラ・スターの日常だった。
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